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083無人島の攻防事件06

「ガキのくせに度胸があるなと思っていたが、こんなちゃちな駆け引きに失敗するとはな。やはりガキはガキか……」


 俺は横たわっている胡麻塩頭に拳銃を向けた。


「純架を撃つなら俺もこいつを殺すぞ」


 精一杯のはったり。無精髭は意に介さない。


「その震える腕では説得力がないな。お前はそっちのガキとは違って、人を撃つことはできない。断言してやる」


 俺は歯噛みした。その通りだった。引き金を引けば人が死ぬ、その事実を前にして指に力を込められるはずがない。


 純架が諦念(ていねん)に満ちた言葉を(つむ)ぐ。


「僕らを殺すんだな」


 無精髭は勝ち誇っていた。


「ああ」


 純架は万歳した格好で恐る恐る切り出した。


「それなら一つお願いがある」


「何だ? 頭をぶち抜いて即死させてくれ、という要望なら残念ながらお断りだ。俺は屈辱を忘れん。お前はあちこち撃って散々苦しませてから殺す」


 純架が無慈悲な死刑宣告に体を震わせている。


「……なら、処刑を始める前に教えてほしい。さっきの質問に答えてほしいんだ。それぐらいいいだろう?」


 無精髭は優越感を吸い込んだ。


「時間稼ぎなら無意味だ。ここには誰も来ない。サラはどこかに隠したようだが、それは後々吐いてもらおう。……だが」


 白い歯を見せる。


「いいだろう、答えてやる。まず俺たちは富豪のリチャード・タウンゼントの娘サラを誘拐し、身代金を要求する計画を立てた。チームは4人。俺の名は高山、そいつの名は嶋尻(しまじり)だ。あと佐々木がリーダーの小坂井と共に身代金受け取り役として動いている。ここへはボートで来た」


 独演会は続く。


「サラをさらうのは比較的簡単だった。タウンゼント夫妻は日本の治安に慣れきっていて、娘がすぐ近くの公園で遊ぶのをほったらかしていたんだ。俺たちは彼女を誘拐し、海を渡ってこの鎖挽島に監禁した……」


 高山は得々として語る。


「身代金は全て宝石で要求した。サラの命を盾に受け取り、船に乗って逃走する予定だ。宝石は別の耐水性の高い袋に詰め替えて海に沈める。ほとぼりが冷めたら引き揚げに戻る予定だ。サラの居場所は俺たちの安全が確保されてから教えるつもりだ。乗っていた船は捜査撹乱(かくらん)の意味も込めて爆破し、証拠は残さない」


 純架は上ずった声を出した。


「身代金の受け渡しはいつだい?」


「明日の朝だ」


「サラ君はどうするつもりだ?」


「そうだな……」


 高山は熟考した。


「大企業の幹部の娘ということで巻き込んだ。どうも口が利けないようだから、生かしておいても支障あるまい。だからこの島に置き去りにする。助けが来るまで生き延びられるかどうかはそいつの運任せだ」


 ふと、高山は何かに勘付いたように舌の動きを緩めた。


「いかんな、俺の悪い癖だ。どうも喋りすぎるんだよな……」


 男は左手の人差し指に力を込めた。


「さ、もういいだろう。悪いが右手は指を折っていて、生憎左手で撃たせてもらうしかない。急所に当たるか外れるかは俺も保証できん」


 高山はにやりと笑った。


「まず一発目だ。食らえ!」


 引き金が引かれた。


 静寂。


 弾を射出するはずの銃は沈黙したままだった。


「何……?」


 高山は焦って何度も引き金を引く。だが轟音が空間を制圧する未来は訪れなかった。


 純架が手を下ろし、見下すように言った。


「それ、あらかじめ弾を抜いておいて、二発しか入ってなかったんだよ。つまり僕が使った二発で打ち止めなんだ」


 これが、純架の考案した「一計」の全てだった。情報を引き出すため、俺も純架も打ち合わせ通りに芝居したのだ。それは大成功に終わったわけだ。


 高山は山の頂上から谷底へ転落するように顔色を変化させた。純架は走り出し、両足の自由が利かない高山の頭をサッカーのように蹴り飛ばした。


「ぐえっ」


 そして、改めてその両腕を後ろ手に縛った。


「さあ高山、ボートの位置を教えるんだ。この島の地図か何かあるんだろう? そいつはどこにある」


「誰が糞ガキごときに教えるか……!」


「そう、それじゃこうだ」


 純架は高山の右手人差し指をつまんで振った。骨折しているその箇所は、さぞや激痛を男の神経に送り込んだことだろう。彼は絶叫した。


「ひいっ、や、やめろ! やめてくれ!」


「じゃあ教えるんだ」


 高山は他人の痛みに鈍感なくせに、自分の痛みには敏感だった。あっさり吐き出す。


「じ、GPSだ! スマホのGPS機能でボートの位置を調べられる!」


「ならスマホの暗証番号だ。さっさと言いたまえ」


「い、1301だ!」


「上出来だ」


 純架は指を離した。そして高山の持ち物からスマホを探り当てると、それをしばらく操作した。


「あった、地図機能だ。この赤い点がボートだな。うん、うん。これなら僕でも分かる」


 俺に振り返る。


「行こう、楼路君。その足じゃ辛いだろうが、ボートに乗ればもう歩かなくて済む。身代金を海に沈められる前に、サラ君を連れて戻るんだ」


「こいつらはどうする?」


「このまま置いていこう。きつく縛ってあるからもう僕らを追ってはこれないはずだしね。……一刻を争うよ。急ごう」


 俺は足の痛みに耐えながら、純架に寄りかかって外へと歩き出した。



「ドントムーブ」と言い渡してあったサラは、洞窟の外に身を隠して俺たちを待っていた。俺と純架が姿を見せると、満面の笑みで駆け寄ってきた。心細い思いをさせちまったか。


 三人そろって夕闇濃い森の中を進んでいく。空に星が輝き出し、暗紫色(あんししょく)絨毯(じゅうたん)が頭上に展開された。懐中電灯の光を頼りに、草木を掻き分けて先を急ぐ。


「波の音だ」


 純架が指摘した事実を、俺の聴覚が追認する。木々の間から砂浜が見えた。しかし……


「波が高すぎだろ、これは」


 俺はうんざりした。雨はないものの、波濤(はとう)が白く海岸線を猛打している。近づくものを寄せ付けない大自然の力だった。とても()ぎ出せる状況ではない。


 目立つ位置にあったボートは俺たちが乗っていたものと同じタイプだった。こっちは壊れないだろうな。


「でも身代金を奪われるわけにはいかないし……」


 純架は激しく揺れる波を恨めしそうに眺めていた。そうこうするうち、周囲は急速に夜の侵食を受けていく。


 俺は純架の迷いを断ち切った。


「行こう、純架。スマホが繋がる場所まで行けば事足りるんだろう? サラを置いて、俺とお前だけで……」


 言葉は分からずとも、雰囲気で察したのだろうか。サラは俺の左足を掴んできた。


「サラ……」


 彼女をこの島に残して行くことはできない。曲がりなりにも彼女の安全を保障してきた高山と嶋尻は、遠く離れた洞窟で身動きできずに転がっている。今の彼女の保護者は俺たちなのだ。


 純架は決断した。


「仕方ない、三人一緒に行こう。とりあえず目指すは正面にある陸地だ。星の位置で迷うことはないと思う」


「よし、そうするか。波も穏やかになるかもしれないし」


 純架は火事場の馬鹿力を発揮して、数分でボートを浸水させた。辺りはすっかり闇だ。懐中電灯の明かりだけが頼りだった。


 俺たちはボートに乗り込むと、暗夜の海原(うなばら)へ繰り出した。


 波は強く、岸から離れるのさえ手こずる。純架はオールをさばきながら、酷く揺れる舟上で悪戦苦闘した。やがて手を止めると、舟の縁から顔を外に出し、盛大に吐いた。


「うえぇ……」


 船酔いだ。俺は苦笑した。


「『探偵同好会』会長の弱点が発覚したな。揺れに弱い」


「笑い事じゃないよ、楼路君。……ああ、胃液しか出ない」


 そういえば俺たちは食事もとっていないのだった。俺は空きっ腹を撫でた。


「交代しよう。サラを頼む」

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