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077廃校の恐怖事件06

 純架は彼を切り裂くように踏み込んだ。


「所塚君、君はさっき、棺桶に入っていなかったね」


 辺りはしんとした。ややあって所塚が問う。


「さっきって、いつのことだい?」


「1-Bで火事が起きて、僕が久川君に消火器を持ってくるよう頼んだときさ。あのとき、僕は君の入っているはずの棺桶を足で小突いたんだよ。でもそれは人間の重量を備えていなかった。中は空っぽだったんだ」


 そういえばあのとき、棺桶の中にいるはずの所塚は、なぜか久川の声かけに無反応だったっけ。純架は続けた。


「1-Bのボヤのとき、所塚君は棺桶の中にいなかった。じゃあどこにいたんだろう? 職員用階段には皆がいて、誰も所塚君の移動する音を聞いていない。かといって1-Bには当然いるわけもない。更に2階の廊下には辰野さんがいて、その視線は通路を貫いている。つまり……」


 純架は所塚の顔貌(がんぼう)を視線で一撫でする。


「所塚君は残る一箇所、すなわち1-Aの教室に潜んでいたんだ。というより、他にない」


 所塚は答えない。純架の言葉に(むち)打たれ、痛みのあまり口を開く気さえないようだった。


 そこへ外を調べていた英二たちが戻ってきた。


「純架、あったぞ。爆竹の残骸だ。確かに茂みに隠れていた。小雨のせいですぐに火が消えたようだな。……それにしても、何で3-Aの外にあると分かったんだ?」


「1-Aの外でもあるからだよ」


 純架は滑らかに唇を動かした。


「なぜ所塚君は棺桶を離れ、1-Aに入っていたのか? それは、所塚君がそこに用事があったからだ。すなわち、爆竹に火を点けて窓外に投げ捨てたり、スマホの音量を最大にして女のうめき声を再生するためだ」


 生徒たちがどよめいた。所塚は床の一点を見つめたまま微動だにしない。純架は推理のナイフで謎を切り刻む。


「だから所塚君はダンボールの棺桶に潜む役を切望したんだ。棺桶なら他人が近くで見ても、中に入ってるんだか入ってないんだか分からないからね。そう、本当なら悠々(ゆうゆう)と1-Aとの間を出入りして、1年3組のクラスメイトたちを怪奇現象で怖がらせることができたはずなんだ。『棺桶の中で寝てた』という言い訳を用意してね」


 純架は人差し指を立ててみせた。


「誤算だったのは1-Cの矢原君の動きだ。彼は『探偵同好会』の挑戦者が来るのに対し、持ち場の1-Cから出て1-Bの廊下をコーンで塞いだりしていた。所塚君は警戒したが、まあ注意深くすれば矢原君に見つからずに1-Aに出入りできないわけでもない。ところが……」


 純架は矢原を一瞥(いちべつ)した。


「矢原君は1-Bで火災を起こしてしまう。それは焦げ臭さや僕と辰野さんの切羽詰った声でそうだと知れたんだろう。所塚君は階段を駆け上がってくる僕たちをやり過ごすため、1-Aに隠れたままだった。そして僕らが1-Bに入室して消火活動に取り掛かると、後から何食わぬ顔で現れたんだ」


 鋭い舌鋒で所塚の胸に風穴を開ける。


「だから所塚君はあのとき棺桶の中にいなかったんだ。どうだね? 証拠として爆竹のゴミが出てきたけど、それでもしらばっくれるかい?」


 所塚は抗弁した。


「確かに僕は棺桶を離れた。でもそれは皆を驚かす仕掛けを作動させたかったからじゃない。ちょっと気分が悪くて、1-Aで休みたかったからさ」


「棺桶で横になっているんだからその必要はないはずだけど」


「風、そう、風に当たりたかったんだ」


「火事に遅れて駆けつけたのは?」


「ちょっとぼうっとしてたからさ」


「爆竹は?」


「知らない。1年3組の生徒に限らず、他の誰かが過去に遊んだんだろう」


「これはしぶといね」


 純架もさすがに呆れ気味だった。


 そこへ可愛らしい声が鳴り響いた。猫のものだ。


「ね、猫よ!」


 綾香が未来(みき)に抱きつく。彼女を失神させた黒猫が、いつの間にか1-Bの教室に潜入していたのだ。


 黒猫は闇の中を迷うことなく突き進み、目当ての人物の足にすがりついた。


 そう――所塚の足に。


 純架が微笑んだ。


「どうやらご主人様を見つけて喜んでいるようだね」


 所塚はしがみつく黒猫の足を振りほどこうとした。


「僕はこんな猫知らないぞ。僕は無関係だ」


 純架の目が鋭利に輝いた。


「まだしらばっくれる気かい、所塚君。それならその猫を保健所へ連れて行って処分してもらおうか?」


 鋭鋒は所塚の最後の壁を刺し貫いた。彼は生きながら固められた氷像のように強張る。そして数秒後、肩を落とした。


「……そいつは勘弁だよ、桐木君」


 所塚は黒猫を抱き上げた。


「ブラックを殺させるわけにはいかないよ。……認めよう。僕が怪奇現象の犯人だ」


 ブラックとは黒猫の名前らしい。純架は腹から息を吐き出した。


「まだ分からない点もある。あのうめき声はもともとは誰のものだったんだい?」


「僕の姉貴さ。僕が今回の計画を話したら進んで協力してくれたよ」


「その猫は家から持ってきたのかい? それはいつ頃?」


「ブラックは5年来の親友だよ。連れて来たのは今日の昼さ。この学校の自転車置き場だった物陰に繋いでおいたんだ。そんなに鳴く子じゃないんだよ」


 久川が割って入った。


「結局所塚、何でお前は俺たちを驚かそうとしたんだ? 動機が分かんねえよ」


 所塚の久川を見る目に侮蔑(ぶべつ)が宿っている。


「この学校は祖父が教壇に立っていた、まさにその職場だったんだ。それを愚弄(ぐろう)する行為が我慢できなくてね。仕掛け人たちを、主催した久川君を、色々やって恐怖のどん底に突き落としたかったんだ。悪かったよ」


「ふざけんなよお前! 怖かったじゃないか!」


 久川は率直な感想を叩きつけた。


「……しかしまあ、爺さんの思い出のある校舎だっていうなら、前もって教えてくれれば良かったのに。そうすれば肝試しなんか決行しなかったぜ」


「そうなんだけどね。他人を怖がらせるのは面白かったから。発端はともかく、向いていた目は君たちと同じ方角を差していたわけさ」


「いい根性してるぜ、所塚。ま、みんな、そういうわけだからよ。所塚を許してやってくれ」


 生徒たちは皆安堵の表情でため息をもらしあった。


「やっぱり俺の言った通り、幽霊なんかの仕業じゃなかっただろ?」


「よくいうぜ、小便ちびりそうな顔してたくせに」


「それにしてもすっかり(だま)されたわ。やるわね、所塚君」


「怖かったなあ。叫びすぎて喉が痛いわ」


 こうして肝試し大会は幕を閉じた。最後に純架は胸に手を当てた。


「以上がこの事件の全貌だね」



 その帰り、俺はクラスメイトたちに混じって夜道を歩いていた。英二は自らの失態に屈辱を感じてか仏頂面(ぶっちょうづら)だった。結城は半歩遅れて彼の後に続いている。奈緒と日向はこの暗い山道に恐怖しているのか、手を組んで寄り添い合っていた。


 そんな中、純架はようやくズボンのチャックを上げた。


 社会の窓を開けたまま事件に取り組んでいたのか……


「どうだい楼路君、本当に怖いのは人間だったじゃないか。矢原君や所塚君の執念たるや、そこらの幽霊なんかちょっと太刀打ちできないよ」


 俺はぐうの音も出ずうなずくのだった。

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