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075廃校の恐怖事件04

 冗談では済まされない事態に、黒服たちさえおののいている。


「英二様、ここは帰りましょう。何も自分からよくない出来事に首を突っ込むことはございません」


 英二はそれでかえって引くに引けなくなったようだ。


「馬鹿を言うな、同好会メンバーから笑いものにされる」


 更に、日向のものとは違う女の悲鳴が廊下から届いてきた。


「何だ?」


 それは(きぬ)を裂くような、恐怖に(いろど)られた叫びだった。1年3組のクラスメイトたちがパニックを起こす。


「帰ろうよ! 怖いよ!」


「たたりだ! 地縛霊(じばくれい)がたたってるんだ!」


「俺は関係ありません! 久川たちがやったんです!」


 責任転嫁(せきにんてんか)まで含め、皆んな心底震え上がった声を放つ。すでに幾人かは駅の方へ逃げ散らかしてしまった。


 異変はまだ続く。久川が鼻をひくつかせた。


「焦げ臭いぞ」


 肝試し中の純架が、職員用階段から一人で駆け下りてきた。鋭く発する。


「大変だ、1-Bで火事だ! 消火器はないかね?」


「1-Bで?」


 久川は一瞬いぶかしんだが、純架の必死さに事態の深刻さを悟ったらしい。それどころでないと理性が告げたようだ。


「消火器ならここにあるぞ!」


「よし、もう肝試しは中止だよ、久川君。それを持ってついてきてくれ」


「お、おう」


 二人は階段を上る。俺も危機感と好奇心から彼らの後に続いた。


「こっちです、桐木さん! 久川さん、朱雀さん!」


 1-Bの――あの、人魂が浮遊していた忌まわしき場所だ――出入り口に日向が青白い顔でたたずみ、泣きながら中を指差していた。室内からの明かりが彼女の五体と赤いコーンを照らし出している。


 久川がやけになったように叫んだ。学校中に伝播(でんぱ)するような大声だった。


「ああもう、どうなってんだまったく! 中止だ! 肝試しは中止だ! 仕掛け人の皆は出てこい!」


 所塚の入った棺桶にも声をかける。


「出てこい所塚、もう終わりだ!」


 そのまま返事も待たず、俺たちは1-Bに雪崩(なだ)れ込んだ。見れば、何かの塊が教室後方に打ち捨てられており、紅蓮の炎を吹き上げている。だがサイズ自体はそれほどでもなく、またよそに燃え移ってもいないようだ。


「はずされたカーテンみたいだね」


 純架がのん気に言う。久川が消火器を噴霧すると、火災は抵抗も見せずたちどころに鎮火した。一気に暗くなった室内で、俺は黒煙を吸ってむせ返った。


「火事かい?」


 後ろからのんびりした声が聞こえてきた。振り返ればゾンビメイクの所塚が頬をかいて立ち尽くしている。久川が非難した。


「おせえよ、所塚」


「ごめん、ちょっと棺桶の中が居心地(いごこち)良くてね。ついつい眠ってしまったんだ」


 火事には心底驚いているようで、くすぶり泡立つカーテンの残骸を興味深そうに眺めている。その後ろから生徒たちが続々と集まってきていた。


 久川が消火器を床に置いた。


「それにしても何で1-Bの代物が急に燃え上がったんだ? ここには仕掛け人も配置されていないってのに……」


 俺は耳を疑った。


「人魂はやっぱり仕掛け人の仕業じゃないのか?」


 久川が片眉を吊り上げた。


「人魂? そんなもの今日の出し物にはないぞ」


 俺は怖気(おぞけ)をふるった。


「いや、俺と飯田さんは見たぞ。青白い火の玉が、暗い中、宙を舞っているのを……!」


 さしもの噂好き・お祭り好きで楽天家の久川も、この事実に血の気が引いた。


「それがカーテンに火を点けたってのか? おい桐木、そこら辺はどうなんだ?」


 純架は後ろの黒板にチョークで相合傘(あいあいがさ)を書いている。傘の下に『すざくろうじ』『いいだなお』と書き込んでいるのを見て、俺は奴の後頭部を全力ではたいた。すかさず黒板消しで一掃する。


「何やってるんだ、この馬鹿」


「馬鹿とは何だい、楼路君。せっかく君のいつまでも進展しない恋愛を後押ししようと、頭をひねっておまじないを考え出したってのに」


 どこがおまじないだ。そのまんまじゃねえかよ。


 久川が咳払いした。


「で、どうだったんだ、桐木」


 純架は「ウッキー!」と猿の咆哮(ほうこう)を真似してから答えた。


「どうも何も、僕と辰野さんが1-Bに差し掛かったときには既にカーテンが燃えていたんだ。それで水か消火器が必要だと思って、君たちの元に向かっただけさ。人魂なんて見なかったよ」


 仕掛け人たちが一人、また一人と1-Bに到着する。彼らもまた、当番の場所でスタンバイしながら、女の悲鳴や別の女のうめき声、破裂音といった予定にないものを耳にしたのだろう。それは恐ろしい体験だったに違いなく、彼らの顔からは快活さや闊達(かったつ)さが雲散霧消(うんさんむしょう)していた。


「さっさとずらかろうぜ、久川。どうもおかしい。やばい。ここには何かある」


 クラスメイトたちが「恐怖」の二字を共通項としている中、久川は冗談めかして純架に依頼した。


「こういうときは『探偵同好会』の出番だろう? なあ桐木」


 奈緒が自分を抱き締めている。


「嫌よ、幽霊の調査なんて。お断りよ」


 日向が目尻を拭った。


「帰りましょうよ」


 英二は強張った作り笑いを完成させた。


「ここは変に首を突っ込まなくてもいいだろ。なあ結城?」


 結城はその冷徹さに(ほころ)びを生じさせたままうなずいた。


「英二様の御心のままに」


 英二は結城をネタに動機を創造する。


「別に幽霊が怖いわけじゃないからな。ただ面倒なだけだ。結城も怖がっていることだしな、仕方なく、仕方なくだ」


 『探偵同好会』の全員が乗り気でなかった。俺もその流れに逆らわない。


「どうする純架? 俺もなんか怖くなってきた」


 純架は懐中電灯で自分の顔を下から照らし出した。


「そうだね、とりあえず調べてみようか」


「ええっ?」


 純架を除く『探偵同好会』メンバーは驚きと反対の意を短く放った。純架はズボンのチャックを下ろすとトランクスをチラ見せし、両手を広げた。


「おかしいと思わないかい?」


 お前がな。


「さっきまであれほど起きていた珍事が、カーテンの炎上を境に全く発生しなくなったじゃないか。まるでその余裕がなくなったかのように」


 久川が首肯する。


「ホントだ。幽霊の仕業にしては妙だな。でも、たまたま今は手を休めているだけかもしれない。すぐまた怪奇現象を起こしてくるかもしれない。楽観はできないな」


「もしあの世からの使者が僕たちをたたっているなら、それは僕にもどうにもできないよ。ただ、全てがここにいる誰かの――人間のやったことだとするなら、真相を暴き立てる余地はありそうだ」


 どうやら純架はやる気らしい。


 彼は久川に仕掛け人のリストを要求した。久川は応じ、スマホのほの明るい画面を純架に提示する。俺ものぞき込んだ。


『3-B  :壱塚雄大(いちづか・ゆうだい)――髑髏のメイクで大声で脅かす

 3-D  :長山俊太(ながやま・しゅんた)――ガラスが割れる音をラジカセで再生

 生徒用階段:相良綾香(さがら・あやか)――幽霊の格好で後ろから追いかける

 空き教室 :三好則之(みよし・のりゆき)――濡れたコンニャクをうなじに触れさせる

 1-C  :矢原宗雄(やはら・むねお)――いきなりフラッシュ

 職員階段前:所塚翔(ところづか・しょう)――死体役で棺桶内から突然起き上がる』


 純架は人垣(ひとがき)に通告した。


「仕掛け人は前に出てきてくれたまえ。もし悲鳴や破裂音が人為的な脚色だとするなら、それを行なえたのは仕掛け人たち以外にありえないからね」


 リストのメンバーが全員出てきた……と思いきや、5人しかいない。


「あれ? 相良さんは?」


 仕掛け人たちはお互いの顔を見合わせる。


「そういえばいないな」


「持ち場の生徒用階段にはいたのかい?」


 壱塚も長山も首を振る。


「いや、俺たちはあんまり怖かったんで、久川の『中止だ』の声に職員玄関へ直接逃げ出したんだ。生徒用階段は使ってない。だから相良がどうしているのかは分からないんだ」


 純架は少し焦ったようだ。


「彼女の身に危険が及んだかもしれないな。行ってみよう。……ああ、いや、僕と楼路君、仕掛け人5人の7人で行く。他の人はここで待っていてくれたまえ」


 純架は仕掛け人たちの中に犯人がいると考えている。その犯人を蠢動(しゅんどう)させないために、同行を強制しているらしかった。

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