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072廃校の恐怖事件01

   (四)『廃校の恐怖』事件




 夏休みも半ばを過ぎて、俺は真剣に宿題へ取り組まねばならなくなった。何しろ一つも手をつけていない。一学期の期末テストは純架に辛勝を収めた俺だが、低次元であることに変わりはなく、もし夏の仕事を放擲(ほうてき)すれば一挙に追いつかれてしまうだろう。それもあって、俺はこの問題集の山に誠実に対峙しなければならなかった。


 気合を入れて学習机に向かう。音声がないと何となく寂しいのでテレビは点けっぱなしだ。それならラジオをオンにすればいいだろうという話だが、今は真昼。トラックの運転手や子育て中の奥さんが楽しむようなものばかりで、深夜番組のような若者向けのそれはやっていないのだ。


 冷房の効いた涼しい我が部屋で、こつこつと集中して勉学に励む。しかし俺の神経は長期の苦行に耐えうるほど太くはない。1時間ほど経過した辺りで早くも飽き飽きして、テレビのリモコンを取ってチャンネルを変えた。今の時間は主婦向けのワイドショーが幅を利かせている。


『怪奇! 写ってはならないものが写った恐怖の写真!』


 ある局では夏の風物詩、幽霊ものを特集していた。司会の中年男性が大型モニターを手で指し示す。


「映像出ますでしょうか。はい、はい。毎年この時期になるとどの局もこぞって心霊写真という奴を取り上げますが、うちも負けてはいられません。スタッフが熱中症でもうろうとなりながら日本全国を駆けずり回り、かき集めてきた最新の恐怖画像の数々。これからたっぷりとお見せしたいなと思います」


 そのときドアをノックする音と共にお袋の声がした。今日は夏風邪を引いて仕事を休んでいるのだ。


「楼路、楼路。桐木君が来たわよ」


「純架が?」


 俺は一階に下り、玄関に向かった。純架が白いふんどし一丁の半裸で立っていた。


「やあ楼路君。前から思ってたけど、君の普段着はセンス悪いね」


 お前にだけは言われたくない。


「何の用だか知らないが、とりあえず上がれよ」


「お邪魔します」


 純架を部屋に通した俺は、一階から茶菓子を持っていった。扉を開けると、純架は体育座りで腕をさすり、全身を震わせていた。


「寒いよこの部屋。温度低すぎだよ」


 その格好ならな。


 俺は冷房の設定温度を高く合わせながら問いかけた。


「で、何だ?」


 純架は器に盛られたどら焼きを一つつまんだ。


「実は久川君から連絡があったんだけど、今度1年3組の皆で肝試し大会をやろうってことになってね。参加者を集めてるらしいんだ。それで楼路君にもぜひ挑戦してほしいと思ってね」


「久川がそんなことを? 俺には連絡なかったぞ」


「君と久川君は中学校が同じだったんだろう? 彼は言ってたよ。『楼路の鈍感ぶりには参る。肝試しをやっても悲鳴の一つも上げやしない。つまらない男だ。あいつを誘っても(きょう)()がれる』とね」


 ずいぶんな言われようだ。しかし……。


「実際問題、俺、幽霊とか全然平気だからな。霊感とやらも備えてないし。たとえば……」


 俺はテレビを見た。ちょうど今、『素人の集合写真に写り込んだ長髪の女』という作品を紹介していた。


「これなんか、全く怖くない」


「僕もだよ」


 純架はアイスコーヒーを傾けてお菓子を胃に流し込んだ。


「本当に怖いものは人間だよ。幽霊なんて恐ろしくも何ともない」


「そこまでは思わないが」


 俺はふと心づいて純架を見た。


「それで、どうしてその『鈍感な朱雀楼路』を無理に誘うんだ? 久川が嫌がるだけだろうに」


「僕らは『探偵同好会』なんだよ」


 純架は両手を広げた。


「僕も他のメンバーも全員参加を決めている。そこでいくら鈍感とはいえ、楼路君を外すわけにはいかないじゃないか」


「全員参加? 辰野さんは1組だろ?」


「彼女にこの話を持ちかけたら、『ぜひ心霊写真というものを撮影して生徒新聞に掲載したい』と乗り気でね。久川君も了承して参戦が決まったんだ」


「なるほどな。それで、いつどこでやるんだ?」


「今日の夜7時、久賀野(くがの)駅に全員集合って話だよ」


 まあ暇潰しにはちょうどいいか。俺は宿題を放り出す口実を手に入れたような気がして、なんとなく嬉しかった。こんなことだから成績が伸びないんだろうな。


「よし、分かった。参加するぜ」


 純架はふんどしの影からDVDを取り出した。


 どこに隠してるんだよ。


「ほら、日本映画の最高峰・『L change the WorLd』だよ。これを観ない手はないさ」


 俺は押し返した。


「手間と暇の浪費だ」




 午後7時、久賀野駅前に1年3組の男女二十数名と、1組の日向とが一堂に会した。普段制服かジャージを着ている姿しか知らないから、彼らの色取り取りの私服は珍しかった。


「あれ、朱雀も来てやんの」


 久川浩介(ひさかわ・こうすけ)が軽口を叩く。おちゃらけた態度と衣服は性格にフィットしている。黄色が好きで、何でも黄色でそろえたがる癖があり、今夜も自分の哲学に従っていた。くっきりしたまなこと矢印のような鼻を持ち、頬骨が出っ張っている。美形とはいえなかったが、その反対とも決め付けられない。彼が今夜の肝試し大会の主催者だった。


「朱雀、現れたものは仕方ない。俺たち幽霊役の波状攻撃で必ず悲鳴を上げさせてやるからな」


 俺は頬をほころばせた。


「そいつは楽しみだ。せいぜい趣向を()らすんだな。……で、舞台はどこだ?」


「裏山の廃校だ。もう仕掛け人たちはスタンバイして、手ぐすね引いて俺たちを待ってるよ。さあ、楽しい肝試しに出発だ!」


 懐中電灯を持った久川の先導で、俺たちはぞろぞろと裏山への道を歩いていった。


 奈緒が俺の側に近寄ってくる。その顔は暗闇の中、明らかにおびえていた。


「ねえ朱雀君、怖いの大丈夫?」


 俺は男らしくうなずいてみせた。


「どうせそれっぽい廃墟で仕掛け人が大声出してくるだけだろ。問題にならないね」


 一方、純架は――さすがにきちんと服を着ている――日向をなだめていた。


「まだ現場に到着さえしてないのに、辰野さん、そんなに怖がってどうするんだい」


「だって……」


 心霊写真を撮ってやろうと息巻いていたはずの彼女は、早くも半泣き状態だった。


「こんな化け物の出そうなところだとは思わなかったんです。幽霊に取り()かれでもしたら、どんなたたりにあうか……」


 実際に始まるという段になって泣き言を言っても遅いという感じだ。


 黒服三人に護衛されている英二がしわがれ声を出した。


「絶対呪われる。絶対呪われる……」


 彼も日向同様、こういった方面の話には弱いらしい。それでも隠れずやってきたのは、彼の矜持(きょうじ)が敵前逃亡を許さないためか。


 結城が半歩遅れてついてくる。


「ご安心ください英二様、私がついております。どんな幽霊が危害を加えてこようとも、私が身をていしてお守りし、返り討ちにしてくれましょう」


 肝試しではなくなってしまう。




 到着した廃校は、本来の名を私立久賀野高校という。7年前に打ち捨てられてからは、取り壊されるでもなくその鉄筋コンクリートの校舎を風雨にさらしていた。窓ガラスは不心得ものの手で全て割られているらしい。あちこちが(いた)み、()びて、埃にまみれている。内部は()して知るべきか。


 小雨がぱらついていた。久川が1階職員用玄関の中で停止し、校内に入った全員に振り返った。良くも悪くも、1年3組独特の不真面目な空気感はこいつが形成している。


「ここは久賀野高校、かつては由緒正しき学び舎だったが、ある女性教師が教室で服毒自殺してからは凋落(ちょうらく)の一途をたどったという。今でもその女は化けて出ることで有名らしい」


 嘘か本当かは知らないが、効果はあった。生徒たちの間から恐怖に震えた声がもれ聞こえる。久川は満足そうに二度点頭した。


「じゃ、ここから真っ暗な廃校内部へ、懐中電灯片手に侵入してもらう。コースはこの職員玄関から1階廊下へ進み、反対側の階段で2階へ。その後手前側へ引き返し、最後は職員用階段で一階へ下りて終了、だ。お札を取って来いとかいった目的はない」


 生徒たちがざわつく。彼らに共通していたのは「意外に簡単そう」という安堵感らしかった。


 久川が爆弾を投下したのはその直後だ。

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