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063バーベキュー事件05

 純架と俺は山林へ踏み込みながら大声で英二の名を呼んだ。


「三宮! どこだ! 返事しろ!」


「三宮君! 今なら身長が8センチ伸びるシークレットブーツを50万で(ゆず)るよ!」


 こんなときに図々しい。


 俺は考えた。英二はどんな道筋を辿るだろう? 車を見張っている凶漢二名にむざむざやられるような行動は取るまい。恐らく森の中へ逃げ込んで、反撃できる場所を探すはずだ。身を隠せて、俺がやったように石でも投げて反撃できそうな場所……


「山小屋だ!」


 ボーガンの矢から身を守るに山小屋はうってつけだ。沢渡さんが言っていたではないか。三宮財閥が建てた山小屋がある、と。


 俺の独語(どくご)に純架は敏感に反応した。


「山小屋があるんだね。どこだい?」


「確かこっちを指差してた」


 俺は十分くたびれきった体に鞭打ち、走り出した。そのときだ。ガラスの割れる甲高い音が響いてきたのは。


「あっちだ!」


 重たい足を緩慢(かんまん)に繰り出しつつ走ると、程なく丸太を組み立てて出来たログハウスが視界に飛び込んできた。またガラスが粉砕される高音が鼓膜をノックする。俺たちは足音を殺しつつ、慎重に玄関をのぞいた。


「もう逃げられないぞ、ガキが」


 低い、しかし余裕たっぷりな声が聞こえてきた。純架が俺に静かにするよう目顔(めがお)で告げ、奥へと忍び足を伝わせる。俺も後に続いた。


 開いているドアからのぞいたそこは、広い応接間だった。窓を背にした英二がこちらを向いている。それに正対するように、二人の男がボウガンを構えていた。


「よくも俺の顔を腫らしてくれたな。何個も石を投げつけやがって……。だがこれでおしまいだ」


 もう一人がけたけた笑う。どこか一本ねじが外れていた。


「山小屋で応戦するとは気が利いていたが、かえって袋小路に追い詰められたな。もう逃げられんぞ。覚悟しろ!」


 英二は両腕を組んでほとんど傲然(ごうぜん)と仁王立ちする。死から自在であるその姿は不屈の威厳(いげん)さえともなっていた。いつの間にか毒の影響から脱したらしく、その顔は血の気がみなぎっている。


「観念するのはそっちの方だ。今頃桐木と朱雀が仲間を呼んで戻ってきているはずだ。さっきの呼び声を聞いただろう? もう逃れられないぞ、お前ら」


 どっちが追い詰めているのか分からなくなるような、そんな台詞だった。男たちは一瞬ひるみ、そうした自分を叱咤(しった)した。


「このガキ、こんな状況でも勝ち誇ってやがる」


 自暴自棄の粉に塗れた声音だ。


「ふん、どうせ逮捕されるなら、せめて目的を達してやる。ガキめ、胸を張って死ねや」


 英二は俺たちに気付いているようだ。片目を閉じてみせる。


 次の瞬間、俺と純架はそれぞれ男たちに(おど)りかかっていた。


「何っ!」


 俺と純架が相手のボウガンを蹴り飛ばしたのはほぼ同時だった。俺は拳で、純架は投げで、各々相手を攻撃する。


「こ、こいつらっ!」


 男たちは虚を突かれた上、日頃運動していないのかろくに反応も出来ず、俺たちの強襲にあっけなくひねり潰された。純架が床に叩きつけるのと、俺がノックアウトするのとは、数秒の誤差もなかった。


 視界の端で英二がボウガンを拾い上げる。男たちにその鋭鋒(えいほう)をことさら誇示した。


「残念だったな、お前ら。動いたら殺す。俺は本気だぞ」


 男たちは敗北を悟ったのか、両手を挙げて降参の意を示した。


 純架がため息をつく。そして胸に手を当て、いささか場違いな台詞を発した。


「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」



 かくしてバーベキューに関わる今回の事件は収束した。名づけるなら『バーベキュー』事件か。命懸けだったわりに、なんとも気の利かない題名だ。


 犯人四人は警察に御用となり、一命を取り留めた沢渡さんも回復を待って逮捕となる予定だ。


 一方今回の暗殺計画を企てた「能面みたいな男」の行方は(よう)として知れず、警察は特定に手間取っている。「成功すれば見っけもの、程度の感覚だったんだろう」とは純架の推測だ。


 一時期気力で毒の効果をねじ伏せていた英二だったが、さすがに無理がたたって入院を余儀なくされた。それでも回復は早かったようで、数日経って退院したとの報せを結城がもたらした。



 事件から一週間後、『探偵同好会』はバーベキューの仕切り直しに、俺の家に集まっていた。何をするでもなくただ喋るだけだったが、意外にも英二は顔を見せた。奴の性格なら「くだらん」と一蹴するのが自然なのに。


「私、本当に怖かったんですから!」


 日向は当時を思い返すたび背筋が凍るという。今も脳裏に再生しただけで涙ぐんでいた。


「まあ、命を狙われるなんてこと、あんまりないからね」


 奈緒は勇敢なのか鈍いのか、今回の一件にさして恐怖を抱かなかったようだ。


「それより三宮君がスタンガンで結城ちゃんを打ったときの方が驚いたよ」


 結城は気品あふれる手つきでティーカップを傾ける。うっすら笑みを浮かべていた。


「さすがは我が主、英二様です。必要とあらば私をも黙らせる。なかなか半端(はんぱ)なご主人様ではございません」


 純架は英二に楽しそうに切り出した。


「そういえば楼路君から聞いたよ。三宮君、君は楼路君にこう言ったんだってね。『親睦ってのは、結城みたいに、命を差し出す覚悟で向き合って初めて深まるものだ』と」


 英二は黙然(もくねん)とアイスコーヒーをすする。純架はその顔をのぞき込んだ。


「僕らは命懸けで助けを呼びに行ったし、命懸けで君の窮地を救ったんだ。それでもまだ、親睦って奴は深まらないかね?」


 純架がいたずらっぽく笑った。


「どうなんだい、『英二』君」


 英二はあからさまに不機嫌な顔をしてコーヒーを飲み干した。


「馴れ馴れしくするな」


 そして深々と息を吸い込むと、時間をかけて吐き出した。頬を赤らめる。


「ま、助かったよ。ありがとな、『純架』。それから『楼路』」


 俺は苦笑しつつ、英二の肩に肘を載せた。


「『英二』、改めてよろしくな。『探偵同好会』、頑張っていこうぜ」

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