053生徒連続突き落とし事件09
美術部の部室前に到着した俺と奈緒、日向、英二に結城の5人は、部員の悠美を呼び出した。
「何ですか?」
廊下に現れた悠美はおびえていた。自分が日向と英二、二人に『当日屋上にいた』ことを喋ってしまったため、どうやら窮地に立たされたことを肌で感じ取ったらしい。
英二の方が背が低いため見上げる格好となっている。それでも威圧感はあるらしく、悠美はたじろいだ。
英二は人差し指を突きつけた。
「お前が『生徒連続突き落とし』事件の犯人だな、柏木」
ずばり言い切った。柏木は目をしばたたいた後、その言葉の意味を理解して後ずさった。
「ち、違います!」
壁に背中が着く。それ以上後退できないと知って悠美はうろたえた。
「なんで私が犯人なんですか! 支離滅裂もいいところ……」
「もうお前しかいないんだ、美又先輩を突き落とせそうな人間はな」
「知りません! 私がそんなひどいことするわけないでしょう!」
「吐け!」
英二の声に熱がこもった。
「見苦しいぞ、今更じたばたするな! 今認めれば自白で罪が軽くなるんだぞ。この好機を逃すな!」
「いい加減にしてください!」
埒が明かない。俺はだんだん自分の考えに自信が持てなくなってきていた。こうまで否定されると、もしや間違いではないかとの疑念が胸中でとぐろを巻く。
「さっきから何を騒いでいるの?」
美術室の扉が開き、美術部顧問の金近先生が姿を見せた。その途端、悠美は涙を振りまいて金近先生の胸に飛び込んだ。けたたましく泣く。
「あらあら柏木さん、どうしたの?」
「先生、この人が私を犯人扱いするの!」
英二は悠美の背中を視線で焼き尽くそうとするかのようだ。
「最近はびこる突き落とし魔がその女なんですよ、先生」
「あらまあ」
金近先生はとぼけていた。
「でも勘違いでしょ? この子、そんな悪いことする子じゃないもの」
悠美を落ち着かせるようにその髪をなでる。
「君たちの考えは間違ってるから、また家に帰って検討してみて。女の子を泣かすなんて男として最低よ、君。反省しなさい」
英二は食い下がった。
「でも聞いてください、先生」
英二は自分の捜査の過程を端的に説明した。
「……というわけで、当日屋上にいたのは柏木だけなんです。彼女こそが犯人なんです」
「あら? でも……」
金近先生は頬っぺたに人差し指を寄りそわせた。
「その日は柏木さん、屋上からの風景画を描いてこの1階の美術室まで持ってきたわよ。突き落としの騒ぎはその後だわ。柏木さん、美術室にずっといたわよ」
英二は青ざめた。
「そんな馬鹿な」
「馬鹿も何も、それが事実だし」
金近先生は微笑んだ。
「捜査、頑張ってね。早く真犯人が見つかるといいわね」
泣きじゃくる悠美を保護するように抱え、金近先生は美術室の扉の向こうに消えた。
残された俺たちは愕然と佇立するより他になかった。
「彼女が犯人でないとすると……一体どうやって犯人は美又先輩を突き落としたんだ?」
英二の独語に俺は共鳴せざるをえなかった。
階段の踊り場に竹刀を突いて立っている先生方に挨拶しながら、俺たちは1階に下り、下駄箱で靴を履き替えた。駅までの短い距離を四人で歩く。
俺は慨嘆した。
「純架が前に言ってた『時には捜査の努力実らず』って言葉、どうやら今回は的中しそうだな。正直もう解決の見込みがない。確かにストレスがたまるな、これ」
奈緒はほぞを噛む思いのようだ。
「三宮君に負けはしなかったけど、勝ちもしなかったわ。やっぱり悔しいわね」
日向はカメラをいじっていた。
「とりあえず期末テストに向けて勉強ですね、私たちは。それが学生の本分ですし」
純架は紙飛行機を作っている。
「問題は犯人が次の凶行を犯す可能性さ。放課後は先生方が階段を見張ってくれているけど、昼休みや授業中はそういうわけにもいかないからね」
俺たちはぎょっとした。
「おいおい、犯人がまたやらかすってのか?」
「さあね」
純架は前方に紙飛行機を投げると見せかけて、またも俺の胸に叩きつけた。
「惜しい、3点」
的じゃないっちゅうに。
授業が期末テストを見晴るかす内容に切り替わり、生徒たちは真剣な表情で黒板に書かれるヒントをノートに書き留めていった。ここ最近天気がいいのは結構なことだが、その分暑さが身に染みて、教室には汗の匂いが充満していた。それを吹き飛ばしてくれるのは、開いた窓から注ぎ込まれる乾いた風だ。窓際の席の生徒たちは、熱い陽光と涼しい風のサンドイッチを腹いっぱい食べさせられ、羨ましいのと気の毒なのとで複雑な視線を浴びるのだった。
昼休み、純架は教室にいなかった。いつの間にか弁当も食わず出ていったらしい。何か用があったのだろうか? 一方英二は巨大なロブスターをカットしている。恵まれた奴だ。そういえば奈緒の姿が見えないが、1組で日向と昼食をとっているのだろうか。
まあとりあえず、まずのどかな昼下がりだった。
そう、甲高い悲鳴と、それに続く衝撃音が空間に亀裂を入れるまでは。
「何だ?」
いや、問うまでもない。誰かが階段から転げ落ちたのだ。英二が弾かれた虎のような俊敏さで教室を出て行く。俺もパンを放り捨てると、仲間を置き去りに階段へ駆けていった。
跳ぶように下りていくと、2階から1階への中間踊り場に二人の女がいた。片方は俺のよく知る人物だった。
「飯田さん!」
奈緒が女生徒を介抱しているようだ。英二は興奮のためか上ずった声で尋ねた。
「おい飯田! 何があった!」
「この人が突き落とされたのよ!」
女生徒は涙を流しながら、太ももを押さえて激痛にうめいている。奈緒はそのそばから英二に要請した。
「先生を、早く!」
「私が!」
結城が請け負って職員室へ走っていく。俺と英二は中間踊り場に靴裏を接吻させた。英二が女生徒を観察する。
「おい飯田、お前が第一発見者か? 犯人の姿を見なかったか?」
「分からないわ」
奈緒は気丈に振る舞っている。
「私は1階から2階へ上がる途中だったから。目の前の中間踊り場にこの人が転げ落ちてきたからびっくりして……。犯人はもう立ち去ったのか、姿は見なかったわ」
英二は驚くべきことを口にした。
「お前が犯人じゃないのか?」
俺と奈緒はそろって口を開けっ放した。
「何馬鹿なこと言ってるの?」
英二はとうとうとち狂ったか、俄然『飯田奈緒犯人説』を唱えだした。
「そういえばこの前美又先輩が落ちたとき、飯田はトイレに行っていていなかったな。あのとき何らかの詐術を使って、俺たちの目をあざむき、美又先輩を突き落としたんじゃないのか」
「詐術って、どんな詐術よ」
「分からない。ただそれなら今回お前が第一発見者となったのもうなずける」
「話にならないわ。最低ね。いい加減にして」
奈緒と英二は空中に火花を散らした。
音を聞きつけた生徒たちが野次馬根性丸出しに集まってきていた。その中に純架の姿もあった。
「また誰かが突き落とされたんだね」
俺は肝心なときに不在だった友人をなじるような口調になった。
「どこで油売ってたんだよ」
「2年2組に行って、まだ入院中の美又先輩について色々聞き込みをしていたんだよ。ああ、お腹空いた」
そこへ結城が長田先生を連れてやってきた。




