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339失われた刀事件05

「北国からこの県まで、トラックは高速道路をフル活用しても、恐らく10時間以上はかかったはず。そうですよね?」


 俺は片眉を上げた。数字に疑問を感じたからだ。


「そんなにかからないだろ。せいぜい6時間ぐらい……」


 瀬古さんがさえぎる。


「我が『白犬タケル』社は法定速度を遵守して安全安心をモットーにしているんだ。僕もそれにならって、低速で運んできたんだよ。高速でも追い越し車線は一切使わず、時速80キロで走行したぐらいさ」


「ああ、なるほど」


 純架がその場でジャンプして、両足を打ち合わせた。高い音が鳴る。着地した。


「はい皆の衆、今の曲芸に感動いたしましたらこの缶におひねりをば、投げ込みくだされい」


 今の、誰でも出来るだろ。


「10時間。さすがに休憩なしで運べる距離じゃないですよね。途中でサービスエリアに立ち寄って、食事やトイレのために20分ほどトラックを離れたことが1、2回あったに違いありません。どうですか、瀬古さん?」


「ああ、その通りだ。ええと……1回はサービスエリアで食事とトイレと喫煙に25分、1回はパーキングエリアでトイレと喫煙に15分ぐらいだったかな」


 純架はその両目に炎を燃やしている。


「あちっ! あちっ!」


 彼はまばたきして目元を押さえた。


 燃やし過ぎだ。


「となると、その間トラックは施錠状態で駐車場に無人停車していたことになります。……その際に、何者かが勝手に荷台の鍵を開け、中の刀を箱ごと盗み去ってから、元通りにしてゴムベルトを締め、ドアを閉めた。そういう可能性が考えられますね」


 安原さんが暴論だとばかりに異議を呈した。


「ちょっと待ってください。それじゃ犯人はサービスエリアで瀬古さんの到来を待っていたというんですか? 瀬古さんが寄るかどうかも分からないのに……」


 確かにその通りだ。しかし純架は簡単に打ち破った。


「いえ、犯人一味は瀬古さんのトラックをつけてきていたんです。瀬古さん、渡部夫妻の実家からここまで、直後を走っていた不審な車はありませんでしたか?」


 瀬古さんは落雷に打たれたように目を丸くした。


「そういえば、高速道路で左車線を走っていたとき、後ろをずっと黒いキャラバンがつけてきていて、うっとうしいなと感じたことがあったよ。まさか……」


「やっぱり。そいつが犯人の蓋然性が高いですね。……僕の推理はこうです。多分犯人は複数名で、まずは荷物を積み込んでいるトラックに何気なく近づき、ナンバーを隠し撮りした。そして黒いキャラバンに乗り込み、高速道路の入り口付近で待ち構えた。そして瀬古さんの車両が目の前を通過するや否や、その後を追いかけ始めたんです」


 安原さんの顔を夕陽の反射が滑り落ちる。


「まさか……」


「速度制限を遵守(じゅんしゅ)する瀬古さんのトラックだから、追いつくのは簡単です。そして瀬古さんが食事やトイレといった休憩のためにサービスエリアに入り、車から離れると、ここぞとばかりに犯人たちはダッシュした。多分周囲に不審がられないよう作業服でも身にまとっていたのでしょう。そして背面カメラを何かで塞いでおいて、ピッキングで荷台を解錠し、虎徹が入った桐の箱を盗み出して、元通りにゴムベルトを引っ掛け、扉を閉めた……」


 純架はまとめに入った。


「犯人たちの中には恐らく鍵に精通した人間がいたのでしょう。鮮やかな手並みです。何せ1000万円の美術品の窃盗ですから、博打(ばくち)を打ちたくもなったのでしょうね。完敗です。ここは警察に通報して、高速道路に乗ったりサービスエリアに駐車したりした黒いキャラバンが、監視カメラなどの画像に映っていないか確認してもらうのが最善最後の策でしょう」


 純架の推理に、『白犬タケル』の安原さんと瀬古さんは同時に青ざめた。一方渡部夫妻はといえば激怒に耳朶まで赤くなっている。何なら完さんはこめかみに青筋まで立てていた。


「これは盗難、窃盗です。盗んだ犯人が一番悪いものの、『白犬タケル』さんにも責任を被ってもらわなければなりませんぞ!」


 奏さんは卒倒寸前だ。


「ああ、虎徹が……究極の傑作が……! これは笑って済ませられる事態じゃありません。『白犬タケル』さんはどう賠償してくださるのですか?」


 安原さんは追い詰められて逃げの一手を打つ。


「それは会社と相談してから……」


 純架が手がかりを求めて瀬古さんの脳を掘り返そうとした。


「瀬古さん、キャラバンの情報は何かありませんか? ナンバーとか」


 瀬古さんは顔をしたたる脂汗を腕で拭った。完全に追い詰められている。


「いや、さすがに覚えていないよ。でも確かに、とあるサービスエリアでいきなり尾行をやめたね。そうか、迂闊(うかつ)だった……」


 完さんがその言葉に噛み付いた。まるで猟犬のようだ。


「迂闊で済まされるものか!」


 俺はヒートアップする一方の老夫妻をなだめすかそうと試みた。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。冷静に、冷静に……」


 しかし奏さんはおさまりがつかなかった。


「どうしてくださるのよ!」


 安原さんは劣勢の立場でも、守るべきは守った。


「現時点では何も確約できません。せめて社に持ち帰らせてください。もう日も暮れかかっていることですし……」


 その後も『白犬タケル』社員と被害夫婦の小競り合いは続いた。しかしさすがに暗くなってきたため、渡部夫妻は渋々帰社を許可した。


「明日、もっと話の分かる人を連れてきてちょうだい。わたくしたちは泣き寝入りはしませんよ! 警察にあなた方の失態を訴えるのはその会談結果次第です」


 そうして2人は新居に引き上げていった。窓から明かりが漏れる。これから荷物の整理を始めるのだろう。辺りはとっぷり暮れていた。残された俺と純架、安原さんと瀬古さんは、夕闇の中気落ちした溜め息をついた。


 安原さんが純架に尋ねる。


「君たちは何なんですか? どうもただの高校生じゃないようですが……」


 部長は胸を張って得意げだ。


「僕たちは渋山台高校で『探偵部』として活動しているんです。……ちょっと気になることがあるのでここに残ります。安原さんと瀬古さんは会社にお帰りください。後で相談しますから、電話番号を交換しましょう」


「相談も何も、キャラバンの行く先が分からない以上、お手上げじゃないですか」


 瀬古さんもうなだれた。


「『探偵部』ねえ。そんなものが流行るとは、世の中せち辛くなったものだ」


「まあまあ、いいじゃないですか」


 その後、安原さんは乗りつけていた会社の軽四で、瀬古さんはトラックで、それぞれ『白犬タケル』渋山台支店目指して走り去っていった。


 取り残された俺たちは、渡部夫妻の新居の庭で相談する。


「おい純架。安原さんたちは帰ったし、老夫婦は新居の片付けで忙しい。何で俺たちがここに残らなきゃいけないんだ?」


 純架は俺の手首を掴んで引っ張った。小声でささやく。


「別にこの庭で待つわけではないよ。出よう」


 そして彼は、渡部邸が覗ける物陰に移動した。まるで張り込みのような状況を作ると、暗闇の中、緊張を解いて俺に耳打ちする。


「せめて終電までここに残るよ、楼路君」


 俺は聴覚を疑った。

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