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331神田ドリームランド事件02

「夏休みでこの快晴なら、相当混んでるだろうしな」


 日向は紅色のデジタルカメラを首から提げている。


「私はここに行くの初めてなので、オススメを回りたいです」


 純架が日向と視線を合わせる。日向も十分見栄えが良くなったのに、それでも純架の超絶的美貌には追いつかない。彼の彼女になるとはかくも大変なのだ。


「僕も初めてだよ。一緒に楽しもう」


「はい!」


 こうしてダブルデートは始まった。




 俺たち4人が意気揚々と乗り込んだ電車は、朝のラッシュアワーのピーク時だったらしく、混雑して立錐(りっすい)の余地もなかった。それでも乗り換えの駅で無事に降り立ち、次の列車に乗り込む。俺たち同様、行き先が『神田ドリームランド』である客が多いのか、家族連れ、子供の集まり、大学生らしいカップルらが押し合いへし合いしていた。


 やがてそのものずばりな『神田ドリームランド駅』に到着すると、乗客たちは雪崩をうったようにホームへと降車していった。もちろん俺たちもそれに巻き込まれるように、開いたドアから吐き出される。


 人の波にとどまることを許されず階段を下りると、早くもはしゃいでいる様子の利用客らが自動改札を抜けて、広い空間へと躍り出ていた。俺たちも高かった切符を通し、戸外に出る。ぎゅうぎゅう詰めの連発に、俺は心身共に疲労していた。


「ああ、くたびれた」


 奈緒が俺の手首を掴んで引っ張る。


「何言ってるのよ楼路君。これからじゃない」


 純架が青白い顔で俺に激しく訴えた。


「楼路君、君、ここで全裸になりたまえ。急いで!」


 その切羽詰った様子に、俺は異常なものを感知した。


「何でだよ。なるわけねえだろ。それとも何か意味があるのか?」


 純架は首を軽く振った。


「いや、何となく」


 何となくで人に脱衣を要請するな。


 駅に隣接した高い塀に沿って、老若男女(ろうにゃくなんにょ)の大小の行列が出来ていた。さすが地方では最大級のテーマパークだ。『最後尾・入場までおよそ20分』と書かれたボードを持った職員が、早くも待つことを強制している。俺たちは他の人々同様、文句を言うことなく最後尾に並んだ。


 俺はじりじり進む蟻の行列に紛れながら、昨日醸成(じょうせい)したある決意を胸に燃やしていた。それが表に出ていたのだろう、隣の奈緒がこちらの顔を覗き込む。


「どうしたの楼路君。真剣な顔しちゃって」


 俺は少しうろたえた。


「あ、いや、何でもないよ」


 奈緒は疑念を抱いたように首を傾げたが、すぐまた元に戻った。


「変な楼路君」


 俺は心に決めていた。奈緒に不本意なファーストキス――藤原誠を諦めさせるためだけに行なった、ムードもへったくれもない俺とのキス――をさせてしまったことへの罪悪感は、今日まで消えることなくしこりとなって、俺の胸中深くにへばりついていた。


 これを解消する。今度こそいい記憶となる、やり直しのファーストキスを奈緒とするんだ。


 俺は昨日、『神田ドリームランド』のアトラクションの中から、それにふさわしい場所を既に見当つけていた。大観覧車――。これに乗り込み、二人きりとなって、誰にも邪魔されることなくそのもくろみを達成してやるんだ。俺の野望は純架にも奈緒にも日向にも知られることなく、胸の奥底で渦を巻いていた。


「よし! やるぞ!」


 思わず出てしまった声を、日向がしっかり聞いていた。


「何だか知りませんが、気合入ってますね、富士野さん」


 純架も俺の後ろで軽く笑う。


「空回りしないようにね」


 奈緒が俺の袖を引っ張り、小声でささやいてきた。一瞬大志を悟られたかと、俺は少し(ひる)んだ。だが彼女は俺を安心させる言葉を紡ぐ。


「私たちが上手く立ち回って、今日こそ桐木君と日向ちゃんを接近させるのよ、楼路君」


 俺は安堵しながらしっかりうなずく。


「ああ、そっちも頑張らないとな」


「手を繋ごうよ」


「おう。見せ付けるんだな?」


 俺と奈緒は、後ろの二人に良く見えるように手と手を、指と指を絡み合わせた。とはいえ、ひさしで日陰とはいえ、衣服を全部脱ぎ捨てたくなるような夏の熱気である。手汗がお互いの手の平から噴き出して、かなり暑苦しかった。


 ここまで苦労しているんだ、お前らも手を繋げよな――と、そんな押し付けがましい思いを胸に振り返ると、純架がいつの間にか用意したダンボール紙に黒マジックで『僕は馬鹿です』と書き込んでいる。


「何やってるんだ、純架?」


 純架は何らの罪悪感も見せずに答えた。


「いや、これを楼路君の背中にこっそり貼ろうかと思ってね」


 ふざけんな。


 入場口がゆっくりゆっくり近づいてくる。天気がいいのは嬉しいが、熱中症にならないよう水分補給が欠かせなかった。


 俺は鞄から天然水が詰まったペットボトルを取り出す。声を低めて奈緒に耳打ちした。


「奈緒、これを純架に与えてみよう。ひょっとしたら辰野さんと関節キスするかもしれないぞ」


 奈緒は難しい顔をしたが、やがて俺に耳打ちし返す。


「この際何でもありね。やってみたら?」


 俺は振り向いて純架にボトルを渡そうとした。


「ほれ純架、倒れる前に水を……」


 純架は平手で押し留めるように謝絶する。


「いや、僕は水筒を持ってきてるよ。アボカド玉ねぎジュースがぎっしり詰まってる」


 前にも思ったが、それ美味いのか?


「そのペットボトルは辰野さんにあげてくれたまえ」


 俺は渋々日向にあげた。彼女はハンカチで額の汗を押さえながら、俺に頭を下げる。


「ありがとうございます、富士野さん」


 奈緒は舌打ちしそうな勢いだった。


「失敗か……」


 純架が水筒の中身を裏返した蓋に注ぐ。口をつけて悲鳴を上げた。


「熱っ!」


 相変わらず温める意味が分からん。


 それから10分、とうとうゲートまで辿り着いた。俺たちは飛んでいくお金に心で落涙しながら、手続きを終えてチケットを手にする。そしてとうとう、ようやく、『神田ドリームランド』内に足を踏み入れることとなった。




 奈緒が見晴らしのいい開放的な空間を眺め渡し、俺の腕にしがみつく。何気にこれは初めてだ。柔らかい胸の感触にどきりとする。


「やっと着いた! まずはどこに行こうか、楼路君、桐木君、日向ちゃん!」


 人が行き来し、アトラクションに列をなし、マスコットキャラの着ぐるみとハグする。それを写真撮影して、立ち去った後へ、また次の客が入場してくる。混雑は時間と共に過熱していくようだった。うかうかしていたら一つも楽しめない、なんてことも冗談抜きでありそうだ。


 俺たちは受け付けでもらった地図を参照した。奈緒が景気のいい声を発する。


「今なら開場して30分と経ってないからね。3つあるローラーコースターのうちの一番人気、『ブルーサンダー』を目指そうよ。まだ行列はそれほどでもないはずだし」


 俺は何だかプロレスの技みたいな名前だな、と思った。一番人気ならさぞかし楽しいのだろう。日向が同調する。


「賛成です! 桐木さんはどうですか?」


 純架は了承の意を示した。


「僕も昨夜調べていて乗ってみたいな、と思っていたんだ。じゃあ決まりだね」

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