032ふられた真相事件03
休み時間、純架は事のあらましを聞いて首を傾げた。
「これはおかしいね。なんで山川先輩は、橘先輩を振った理由を口にできないんだろう?」
「頭きちゃうわよね、同性としては」
奈緒はむくれていた。行くときは「緊張している」と言っておきながら、いざ尋問となると彼女の勢いは凄いものがあった。やはり女子としては山川先輩の煮え切らない態度に不快感を覚えるのだろう。
俺はふと思いついたことを口にした。
「ひょっとして山川先輩、ゲイなんじゃないか?」
驚いたことに、純架は俺の戯言を真面目に考慮した。
「その可能性はあるね。うん、うん。それなら話はすっきり解決する。自分がゲイであることを表明できないから、『俺が駄目』と回答する、か……。いい線突いたね、楼路君」
思い付きをほめられても嬉しいどころか恥ずかしいだけだ。俺は耳朶を熱くしながらよそを向いた。
俺の赤面に気づかず、奈緒は興奮していた。
「凄い! それよ、それに間違いないわ。朱雀君、お手柄ね」
好きな人に賞賛されて、俺はまんざらでもなかった。まるで自分が天才になったかのような錯覚さえ感じる。
「それほどでも……」
俺が鼻の下を指でこすっていると、予鈴が鳴った。
「ゲイなの?」
報告を受けた早々、橘先輩は卒倒しそうだった。
「山川君、同性愛者だったんだ」
「確証はありませんが、蓋然性は高いと思います」
昼休み、俺と純架、奈緒の三人は2年1組へ捜査の結果を伝えに行った。友達と昼食をしたためていた橘先輩を廊下まで引っ張り出し、窓から深緑の香りが流れる中、小声で洗いざらい話す。
その最中、純架が室内をのぞき込みながら俺に質問した。
「山川先輩は誰?」
「ほら、あの人だ」
山川先輩は友達と窓際で食事していた。
「ふうん。ごく普通の人だね」
俺は橘先輩に試みに尋ねた。
「山川先輩にゲイの傾向は見られましたか?」
橘先輩はあごをつまむ。
「今までの二ヶ月、特に男色の気はなかったように思うけど……。本当なの?」
俺は不安になった。
「一応その可能性がある、ということでして……」
「はっきりしないのね」
橘先輩はやや不満げだ。
「でもまあ、もうどうでもいいわ。私、新しい好きな人ができちゃったし」
奈緒が噴き出した。
「立ち直るの早過ぎですよ、先輩」
「これが私のいいところなのよ」
橘先輩は白い歯をむき出しにした。
「色々ありがとね、『探偵同好会』さん。いつかきっとお礼するから、楽しみに待っておいてね」
こうして事件は解決した。俺と奈緒は純架なしでやり遂げられたことに満足し、純架も俺たちを祝福した。
「君たちのおごりで高級寿司としゃれ込もうよ」
なんでお前におごらなきゃいけないんだ。
あくる日の授業は午前中までだった。俺は純架と長い放課後をゲーセンで過ごした。テレビゲーム好きの俺としては、外で実力を試すのはこの上ない喜びだったのだ。
「ちょっと、楼路君」
狭い通路を歩き、対戦格闘ゲームの台に着こうとしていた俺を、純架が袖を掴んで引き止めた。
「何だよ、急に」
純架は目顔である一角を指し示した。俺はその先を見て、あっと声を上げそうになった。
山川先輩がUFOキャッチャーを楽しんでいる。それも一人ではない。とても可愛い女の子を連れていたのだ。彼女は卵形の輪郭と大きな瞳を有し、見ているだけで元気が湧いてくるような少女だった。
俺と純架は物陰から二人を見守った。
「あの子、高校生かな。年はそんなに離れてないな。ずいぶん仲睦まじい……」
純架は首を振った。
「こりゃ山川先輩がゲイだって話、だいぶ信憑性が薄れたね」
山川先輩が黒猫のぬいぐるみを獲得すると、少女は手放しで喜んだ。その様子を見て山川先輩も微笑む。少女の頭を撫でると、二人仲良く店から出て行った。
「追うよ、楼路君!」
「えっ、あ、ああ……」
俺たちは山川先輩たちの後を追った。二人はコーヒーショップで休憩すると、今度は洋品店を巡った。純架は他人の尾行が趣味だというだけあってそつがなく、俺はたびたび叱られた。
「そんなことじゃ見つかるよ、楼路君」
「うるせえな、分かってるよ」
夕方の陽光が万物の表皮を滑る中、山川先輩たちは買い物に満足したか、電車に乗り込んだ。純架が俺にささやく。
「君は山川先輩に面が割れている。隣の車両にいたまえ。僕が彼らの車両で監視して、降りるときはメールを送って合図するよ」
俺は混雑する車内でスマホを片手に合図を待った。黄昏どきが音もなく舞い降りて、空には早くも月が輝き出している。停車が二度空振った。
三度目のときスマホが震えた。俺は文面を確認する。
『降車せよ。繰り返す、降車せよ』
繰り返す必要がない。
俺は駅に降りた。山川先輩たちはこちらを背に、改札へ向かって歩いている。その後を追う純架に、俺はぴたりと張り付いた。
「どうやら帰宅するみたいだな」
「そのようだね。ここら辺りはデートスポットに程遠いし」
山川先輩たちはお喋りを楽しみながら歩いていく。その様は恋人同士という他なく、俺は奈緒とああなれたらいいな、などと馬鹿なことを考えた。日没が深々と山の稜線にかかる頃、彼らは一軒家に辿り着いた。
あれ? 恋人同士の関係じゃないのか? 俺は混乱した。
一方純架はいたって冷静だ。スマホでこっそり動画撮影している。
山川先輩たちはドアを開けた。二人はほぼ同時に言った。
「ただいま」
そうして中へとその姿を消した。
純架はカメラを回しながら表札を確認した。『山川』とある。
「どうやら二人は兄妹らしいね」
翌週早々、純架は俺と奈緒を同行させ、山川先輩を直撃した。しとしと雨が降る昼休みのことだった。
純架は廊下の端で他に誰も居ないことを確かめると、いきなり切り出した。
「山川先輩は妹さんが好きなんですね」
秘中の秘を暴かれた山川先輩は見ものだった。顔色はどす黒く染まり、手足をわななかせて息を止める。次に吐き出したとき、彼は処刑場に出された死刑囚そのものの目つきだった。
「何で分かった」
純架はうなずいた。
「そう、それは山川先輩の長所でしょうね。嘘をつかない、正直に話す、というね。お認めになられるんですね?」
山川先輩は自分の喉を鷲掴みにした。しかしそれで撃ち出した言葉が戻ってくるわけでもない。
「……ああ。認めよう。で、何でだ?」
「単純にこの前、妹さんとデートしているところを目撃したからです。まるで恋人同士のようでした。実は山川先輩にはゲイ疑惑があったのですが……」
「ゲイ? 俺が?」
山川先輩の視線が俺や奈緒を一撫でする。縮こまるしかなかった。
純架は咳払いをした。
「それはともかく、山川先輩が女子を振った理由が不鮮明でした。しかしそれも今回の事実で片が付く。好きな人はいた。だけどそれは自分の妹だった。山川先輩は近親愛を隠さねばならない。だからここだけは『答えられない』と返すのが精一杯だった。最終的には自分自身の至らなさに持ち込んでおのれをもあざむいた……」
「だって、しょうがないだろ!」
断ち切るような鋭い声。放った山川先輩自身が驚いて、取り繕うように語を繋げる。
「……しょうがないだろ。俺は妹が、歩美が好きなんだ。どんな女より、歩美の方が大切なんだ」
奈緒は了解と軽蔑のないまぜとなった視線を山川先輩に集中させた。
「そのこと、歩美さんはご存知なんですか?」
「いや、知らない。気づいてさえいないことが分かってる」
「ならあきらめてください」
奈緒はほとんど命じるようだった。




