322ダイヤのネックレス事件06
誠も日向も沈黙で許可を与えた。
「じゃ、決まりだね。……ちょっと立ち上がりたまえ」
そういって純架が掴んだのは、誠の肩だった。
「藤原君、ちょっといいかな。英二君に最後の質問をぶつけに行こう」
誠は疲れ切っていた。
「いや、もう諦めたよ、俺は。質問でも何でも勝手にすればいい」
「そうはいかないよ。君がいないと駄目なんだ。大人しく来たまえ」
誠は一瞬純架を睨んだが、不承不承身を起こした。部長は俺と誠を先導し、1階への階段を下りる。食堂で優雅に紅茶を喫している英二と結城のもとへやって来た。
英二が氷の浮かぶグラスを置く。純架は連峰に絞殺されかかっている太陽の悲鳴を浴びた。
「英二君、五番目の質問、いいかい?」
「ああ、構わないぞ。もう日暮れだし、その質問の内容次第では、どうやら俺たちの勝ちが決まりそうだな」
ここで純架は誠の耳元で何やらささやいた。誠が得体の知れないものを見たかのように目を丸くする。純架が肩を押した。誠は英二に相対した。
「英二、じゃあ俺から言うぞ。『ダイヤのペンダントを持っているのは、三宮剛さんだな?』」
英二と結城が目を見開き、感嘆の色を露わにした。
「よく分かったな。答えは『はい』だ」
俺は仰天した。あの冷酷無比な三宮財閥の長が、英二の提供する娯楽に協力してたっていうのか? 純架はビンゴに声を弾ませる。
「よし、それじゃ取りに行こう。英二君、剛さんの部屋へ案内してくれたまえ。目指すは2階か3階か……」
剛は愉快そうに笑っていた。その手でダイヤのネックレスが掲げられている。今しがた自分のポケットから取り出したものだ。
「誰が気付いたんだ?」
純架は誠を指し示す。
「ここにいる藤原誠君です」
誠は純架の顔を見上げた。部長は小声で「いいからそうしたまえ」と背中を押した。誠が一歩前に出る。
「俺です。俺が見破りました」
剛は屈託なく笑った。
「降参だな」
書斎は電灯のまばゆい光で白く照らされている。窓ガラスの先ではちょうど日没だった。
「私は息子に対して常に厳しくあろうとするが、こういうはかりごとだとついつい協力してしまう。今回は英二が部に昇格した『探偵部』を初めて連れて来た記念すべき日だ。誰が最初に謎を解くのか、ちょっと見ものだなと思いつつ、英二と結城と共に仕掛けさせてもらった。最初1階の奥の部屋にライアンと共にこもり、後に2階のこの部屋に移動したのも、英二との打ち合わせどおりだった。それにしても、英二の恋人の藤原君が真っ先に辿り着くとは思わなかったがな」
剛は椅子から身を起こし、ダイヤのペンダントを誠の首にかける。
「これは君のものだ。君には酷いことを言った。でもああしないと、私が仕掛け人の一人だと見破られてしまう可能性があったからね。悪かった、謝罪するよ」
再び腰を下ろした。
「高校を卒業するまでのしばらくの間、英二は君に預ける。その知謀なら息子のパートナーとしてふさわしいだろう。その後のことはまたそのときになってから相談するとしよう」
誠は感激し、剛に侮辱された恨みも吹き飛んだらしい。晴れ晴れとした笑顔で頭を下げた。
「あ、ありがとうございます!」
剛は信じられないくらいの笑みで拍手した。
「さあ、今宵はバーベキューだ。腹いっぱい食べよう」
「はい!」
純架も拍手した。
「良かったね、藤原君」
英二が嬉しそうな、残念そうな微妙な顔で手を叩いた。
「ちぇっ、もうちょっとだったのにな。まあいい余興だったか。どうだ、純架?」
「うん、楽しかったよ」
星空の下、俺たちは去年未遂に終わったバーベキューを、今年こそはと楽しんだ。川原で牛肉や野菜、魚を焼いて口いっぱいに頬張る。剛や黒服たちも食事を満喫していた。
奈緒が誠の首にかけられているダイヤのペンダントを、穴が開くほど見つめている。
「ふうん、じゃあ結局売らないんだ、そのペンダント」
「ああ」
朱里が肘で誠の腕をつついた。茶化すように言う。
「オレはいいですよ。何せ愛する三宮先輩からプレゼントされたようなものですからね、それ。藤原先輩も大事にしたいでしょうしね。台先輩も柳も構わないんでしょう?」
「はい。結局あたしは何の役にも立てませんでしたですし」
「肉、肉……。熱っ、あつっ……」
奈緒は誠のペンダントから目をもぎ離した。
「あーあ、私も欲しかったのになあ。ま、いっか」
英二が燻製の肉を並べた。
「食え食え、美味いぞ」
結城がカレーライスを作っている。
「もう少しで出来ますから。期待していてくださいね」
俺と純架はちょっと離れたところでその様子を眺めていた。もちろん俺が純架に聞きたいことがあったためだ。
「おい、何で剛さんが持ってるって分かったんだ? あんな仲悪そうな親子に見えたのに」
純架は気楽にコーラの注がれたコップを傾ける。
「1階奥の部屋に黒服さんたちが出入りしていたんだろう? もし中にいるのがシェパードのライアンだけなら、そんな慌ただしいことにはならないはずさ。そこには全ての主人である剛さんがいたと考えるべきだよ。そして剛さんがそんなところで何をしていたのか、なぜ僕らにあんな冷たい態度を取ったのか。英二君や菅野さんとひと芝居打ち、僕らの目から真相を遠ざけるために決まってる。つまり3人はグルだったと、こう結論付けられるわけだよ。英二君が黒服さんの一人にダイヤのペンダントを持たせたという可能性もなくはなかったけど、彼がそんなつまらないことをするとは信じられなかった」
俺は頭をがりがり掻いた。
「英二の奴、俺たちが一番想像もつかない方法で隠していたんだな。危うく煙に巻かれるところだった」
純架は遠くで並んで笑顔を見せる親子にコップを掲げた。
「家業の継承についてはシビアだけど、それ以外はあれで結構、仲のいい二人なんだよ。親子に乾杯。以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」




