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313二人の投手事件05

 岡田が後輩の言葉を聞きとがめた。こちらも汗をかいているが、流れるままに任せている。


「三上、知らないのか? 俺と同じクラスで『探偵部』の部長、桐木純架だ。そっちは同じく富士野楼路」


 俺はなるべく愛想良さそうな笑みを作った。


「よろしくな」


 純架が頃合いを見て本題に入る。何気なさそうに撃ち出した。


「実はこの野球部の、県予選決勝における八百長事件を追っていて……」


 三上も岡田も顔色をさっと変えた。これは噂を知っているようだと、愚鈍な俺でも分かる。岡田が苛立たしげに顔を手で拭った。


「俺と三上のどちらかが八百長をした、とかいうくだらん話だろう? 『探偵部』はずいぶんつまらないことに関わるんだな。誰の指示だ?」


「それは言えないよ。で、本当のところはどうなんだい?」


 あまりにも直球過ぎて、俺は冷や冷やした。三上がしかめっ面で答える。


「自分も岡田先輩も、八百長なんかしていません。お帰りください」


 まあそう答えるだろうな。真実がどうであれ……


 純架は当然ながら食い下がった。


「じゃあこの噂の発生源は? そっちの突き止めも任されているんだよね。何か心当たりは?」


 岡田は内心の不満を躊躇(ちゅうちょ)なく叩きつけてきた。


「俺が知るわけないだろう」


 三上が同調する。


「自分も知りません。酷い噂だと思います」


 純架はぬけぬけと別の質問に切り替えた。


「お二人は先発を争う、野球部投手陣の2大エースだよね。相手の足を引っ張ったり、出し抜いてやったりとかは考えなかったかね?」


 岡田はぐっと詰まった。純架の顔を火の噴くような両目で睨みつける。


「……そんなこと考えるわけがない。馬鹿をぬかすな」


 純架はひるまずたたみ掛ける。


「確か1年生の三上君は、中学でも名の知れた名投手だったそうだね。一方岡田君についてはよく知らないんだ。君はいつから野球を始めたんだい? 正直に話してくれないか?」


 岡田は質問の意図を(はか)りかねたか、少し守勢で応じた。


「この高校に入ってからだ。最初はルールを覚えるのも大変だったな」


「投手として固定されたのは?」


 クラスメイトの野球部員は、その目に追憶の光をまたたかせる。


「去年の秋季大会からだ。宇治川監督に起用されたんだ」


 純架は容赦なく言い放った。


「なら、今年から岡田君を抜き去ってエースになった三上君を、君は憎んだりしなかったかい?」


 岡田は一瞬言葉の意味を理解できなかったらしく、ぽかんと口を開ける。だがその直後、怒髪天をつくように大声で抗議してきた。


「ふざけるな! それじゃまるで、俺が嫉妬深い男のようじゃないか!」


 これには三上も腹に据えかねたのか、言葉を添えて純架をたしなめた。


「桐木先輩、岡田先輩はそんな人じゃありません!」


 叫ぶように言い放つ。


「自分は先輩後輩の上下関係を堅持しつつ、一緒に競い合うライバルとして岡田先輩を見ています。自分らは足を引っ張り合うことなく尊重し合ってます。これは絶対です!」


 純架は二人の憤然とする姿に、さすがに語気を弱めざるを得なかった。


「分かった分かった、悪かったよ」


 それでも気圧(けお)された様子もなく、『探偵部』部長は今までの会話をまとめた。


「じゃあこういうことだね? 二人とも八百長はしていないし、噂の出所でもなく、またお互い友好関係にあるってことだね」


「そうです」


「そうだ」


 二人の投手は言葉を揃えた。気がつけば、野球部部員が走り終えて部室に引き上げ始めている。純架は二人の労をねぎらった。


「うん、分かった。忙しいところ邪魔をしたね。また話を聞きに来ることがあるかもしれないけど――」


 三上と岡田が嫌そうな顔をする。完全にうざがられていた。


「――そのときはよろしくね。じゃ、行こう楼路君」


 純架は二人が走り出すのを見届けつつ、俺と共に野球部部室に直行した。俺はささやいて尋ねる。


「今度は野球部部員に聞き込みか?」


「もちろんだよ」


 俺はさっきの聴聞(ちょうもん)を回想した。


「なあ、最後の質問は、岡田が自分のポジションを奪った三上に嫉妬しているかもしれない、って内容だったよな。それが今回の八百長疑惑と関係あるのか?」


 純架は腕を組んで眉間に(しわ)を寄せた。


「さあ。ただ確認しておきたかっただけだよ。そのことはとりあえずグレーの箱に収めておこう」


 野球部部員たちは、早くも帰り支度を済ませて下校の途についていた。純架は少し焦って、手当たり次第に『噂』に関して聞き込みを行なう。だがかえって「真相はどうなの?」と問い返される始末だった。やはり彼らのこの情報に対する熱量は半端なものではない。


 甲子園強奪の戦犯――


 もし投手が八百長をしていたなら、殴る蹴るじゃ済まさない、とまで言い切る2年生もいた。物騒な話だ。


 そんな中、最後に部室を後にしたのが2年3組の井上陽真(いのうえ・ようま)だった。試合では左を守っていて、2番打者としてヒットを放っている。


 ここまで噂の真偽(しんぎ)に通じる具体的な話は出てきていない。今日の調べの最後の相手として、純架は彼を捉まえた。


「やあ、井上君だね。試合見てたよ。僕は桐木純架、こっちは富士野楼路君。『探偵部』だよ」


 純朴そうな丸刈りは、あどけなく微笑した。


「ああ、『探偵部』ね。で? 僕に何か聞こうってのかい?」


 純架は今日だけで何回口にしたか分からない言葉をぶつけた。


「三上君と岡田君、2人の投手のどちらかが八百長したっていう噂についてなんだけど。出所を知らないかな?」


 井上はまるではばかりあるかのごとく周囲を見回してから、ささやくように返答した。


「それなら僕も聞いた。岡田からね」


 俺と純架は顔を見合わせた。俺は勢いづいて井上に問いかける。


「岡田から?」


 井上は記憶を辿るように頭を上向けた。ややあって元に戻す。


「最初は確か、『三上は八百長したのかもしれない』とかいう話だったな」


 どちらか、ではなく「三上は」なのか。


「僕はふうん、そんなこともあるものかなと半信半疑だったけど、いつの間にかそれが『投手のどちらかが八百長した』って形に変化して広まっていて……。何だかよく分からないや」


 純架はこの新事実に、小虫のルアーを求める魚のように食いついた。


「ふうむ。最初は岡田君が三上君をおとしめようとしていたのかな。井上君、このことは誰かに話したかい?」


 井上は不安そうに返す。


「いいや。岡田の立場を無理に悪くすることもないかと思って、あとちょっと怖かったこともあって、今初めて話したんだ」


 俺は宇治川外部顧問の配慮に感心した。


「やっぱり監督の予想通り、外部の人間じゃないと聞き出せないことってあるもんだな」


 純架は井上の肩を掴んで揺さぶった。


「他には何かあるかい? 全て吐き出したまえ」


 井上は怒涛(どとう)の勢いに気圧(けお)されつつ、首を振った。


「いや、僕が知ってるのはこれぐらいだよ。悪いけど、後は別に何もないな」


 純架は落胆を巧みに隠し、微苦笑した。


「そうかい。ありがとう、参考になったよ。……あ、最後に一つ。三上君の家庭は裕福なのかい?」

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