表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
312/343

310二人の投手事件02

 純架は俺のゲーム機を指差した。


「脈絡なくて悪いけど、これ貰ってもいいよね?」


 駄目に決まってんだろ。


「でもそんな速球派でもないし、狙いを定めればいけそうだけどね」


 実況が車のエンジンもかくやとばかり、その饒舌(じょうぜつ)をふるった。


『渋山台高校先発、三上譲治。中学ではエースピッチャーとしてチームを県大会優勝に導いた新人です。そのときの監督が宇治川さんで、彼の元で投げたいと、後を追うように渋山台高校に入学したそうです』


 俺はつまみの菓子を口に放り込む。


「へえ、そうなんだ。経験者ってわけか。それも、かなりトップクラスの……」


 三上は虎のような外見で、端正な相貌は日焼けしており、歯の白さが際立っていた。


 解説のしゃがれた声が室内に響く。実況に比べればのんびりとした喋りだった。


『三上君の武器は速いストレートですね。最速155キロとか。時折チェンジアップも混ぜますが、これはあくまで相手を揺さぶるためのものらしいです』


 ほう、剛腕か……。俺はパリパリに乾いている嗜好(しこう)品を咀嚼(そしゃく)した。純架がポテチを麦茶に浸し、デロデロにしてから食べる。


「うーん、美味い!」


 いや、不味いだろ、それ。


『三上、最初のバッターをノーボール・2ストライクと追い込みます!』


 ここまで放った2球はどちらも140キロ台後半の速度だった。まるでプロ並だ。このまま押し切れるか?


 だが……


『おーっと、ホームラン! 先頭打者本塁打を打たれてしまいました、三上!』


 何とど真ん中に投げたボールをバッターが打ち返し、それはスタンドに飛び込む先制の一打となってしまった。純架がスコアボードに表示される『1』の文字を見つめる。


「あらら……」


 夏真っ盛りのマウンドで、帽子を取り額の汗を拭う三上。その背後を打者が悠々と走っていく。快晴に照り映えるホームベースが無情にも敵手に踏まれた。笑顔に包まれる敵陣とは対照的に、三上の表情は暗い。


 その後、三上は投げる球をことごとく打たれ、ノーアウト1、2塁になった。俺はテーブルを挟んで純架と菓子を奪い合う。


「おいおい、(しょ)(ぱな)からやばいぞ」


「立ち上がりが悪いね」


『また打たれました! これは星降の立川(たちかわ)、一気にホームを狙う!』


 三上は2ベースヒットを献上し、一挙2得点を許した。相手応援団の大歓声が球場にこだまする。


「あちゃー……」


「何やってるんだい、三上君……」


 これで3失点。更にノーアウト2塁。我らが渋山台高校は、早くも窮地(きゅうち)に立たされた。純架が生真面目に言う。


「こりゃ100失点もあるかもね」


「観たことねえよ、そんな試合」


 てっきり純架の奇行だと思っていたら違った。彼は指を振って俺を(いまし)める。


「高校野球で122対0の試合がかつてあったんだよ。何でも奇行扱いしてもらっちゃ困るね」


 そう言いながらチップスの欠片(かけら)を鼻の穴に詰め込む。


 奇行しながら言われてもな。


 三上は奮起したのか、その後は安定したピッチングでこれ以上の被安打を阻止。試合は0対3で1回裏を終えた。


 俺はティッシュで鼻を掃除している純架に尋ねた。


「三上はここまでずっと先発だったのか?」


「そうみたいだね。それによる疲労でもあったのかな。これは途中降板、投手交代も視野に入れないとまずいだろうね」


「宇治川監督の判断はどうなんだろうな」


 2回表の渋山台高校の攻撃。4番の3年生倉内(くらうち)がお返しのソロホームランを放った。


「よっしゃあ! さすが4番!」


「景気づけにちょうどいいね!」


 5番は背番号3、渋山台高校野球部主将の桃山卓志(ももやま・たくし)


『今大会では打率4割を超える桃山の出番です』


 俺はテレビの液晶画面の向こうへ祈願した。


「頼みますよ桃山キャプテン!」


 空振り、ファウルであっという間にツーストライク。しかし3球目のボール球をこらえると、ぐっと精悍(せいかん)な顔になった。


 そして4球目はレフトへ。豪快な3塁打だ。純架が興奮して手を叩いた。


「やったね!」


 6番、福田(ふくだ)が三振に倒れた後、7番の副主将西神(にしがみ)が痛烈な二塁打! 桃山主将が悠々とホームを踏んだ。


 俺はあまりの歓喜に(くう)へ拳を打ち振るった。


「凄いぞ西神先輩!」


 純架が(つつ)ましやかに拍手した。


「さすがだね。これで1点差、分からなくなってきたよ」


 続く8番は、投手でもある三上。しかし彼は積極的なスイングを見せず、見逃し三振に倒れる。俺はさすがに不安になった。


「おい純架、三上ってバッティングは駄目な方なのか?」


「いや、結構打ってる方だけど……。何だか今日の三上君は精彩を欠いているね」


 純架はそう言って死体のようにごろりと寝転んだ。顔面蒼白(そうはく)で唇は紫色だ。


 お前も精彩を欠いているぞ。


 9番のキャッチャー白永(しろなが)はレフトフライに倒れ、スリーアウトで攻守交代。2回裏、星降高校の攻撃になった。


 純架は元気良く起きて菓子を噛み砕く。


「まあ三上君はこれからだよ。ちょっとエンジンのかかり具合が遅かっただけで、この2回からは本来の投球に戻ってくれるはずさ。何といっても決勝まで渋山台高校を導いたエースなんだからね」


 しかし俺たちだけじゃない、我が校を応援する全ての人々は悪夢を見ることとなった。


 何と三上はここでも甘い球を乱発し、一挙3失点を(きっ)してしまったのだ。両軍の得点は2対6と4点差に開き、更に2アウトながら満塁の危機を迎えた。


 これには俺たちもテレビの前で、三上以上に打ちのめされた。純架が麦茶を飲もうとして、既に空っぽになっていることに気付く。


「もう三上君はボロボロだ。あんな酷い投球じゃ打たれて当然だよ。控えの投手を出してあげた方がいいね」


「宇治川監督、動いたみたいだぞ」


 本当に投手交代となった。今まで酷使され続けてきた三上がベンチに戻り、代わってマウンドに上がったのが――


「おお、岡田(おかだ)だ。あいつ、県大会決勝まで来たってたのに、俺に教えてくれなかったな」


「君も疫病神扱いされてるんじゃないの」


「ほっとけ」


岡田優作(おかだ・ゆうさく)はこれまで登板の機会がありませんでしたが、三上がよほど調子が優れないのでしょう。ここまで出ずっぱりで投げてきた疲労が蓄積したのか。あるいは張りや怪我といったハプニングでも起きたのでしょうか。ここでマウンドを譲ります』


 俺は投球練習をする、狐のような面構えの男――岡田を注視した。目が細く、本当に見えているのか疑問に感じる顔つきは相変わらずだ。


 純架がエアコンの涼しい風に黒髪をなぶらせる。


「岡田君は僕らのクラスメイト、2年1組の同輩だからね。こりゃ応援しないとね」


「知ってるか? 英二(えいじ)ほどじゃないけど、岡田もいいところの坊ちゃんなんだぜ」


「へえ、それは初耳」


 バッターボックスに相手打者を迎え、岡田は華麗なチェンジアップ、スライダーの変化球を投げ込んだ。5球目でキャッチャーフライに切って取る。ここに苦しい2回裏がようやく幕を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ