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306秘密倶楽部事件10

 朱里は帰し、俺と純架は健太と合流して発信源に向かった。もちろん自転車である。GPSの反応には誤差がつきものだが、今回は目印となるカバーをかけられた車が近くに停車していたため、間違えるということもなかった。


 今度のマンションはレンガ色の10階建てだった。見ていると、前回の高校生やOBらしき男たちが303号室に入っていくのが分かる。やはり『秘密倶楽部』の会合だ。前回よりほとんど日を置かずに開催しているということは、それなりに金が動いていることの証左だと言えるだろう。


……てなことを考えていると、誰かに背後から肩を叩かれた。振り向けば、そこには麻薬取締官の胡桃沢さんが立っていた。


「君たち、ここで何をしている?」


 純架は麻薬Gメンの突然の登場にも、さして驚かなかった。


「張り込みをしているんですね?」


「いいから来なさい」


 俺たち3人は、胡桃沢さんの後に続き、路肩に停車している車に乗り込んだ。自転車はすぐ近くに放置する。柳生さんが運転席で呆れた顔をしていた。


「やっぱり桐木君たちか。君はまだ彼らを捜査していたのかね? 俺たちが内偵をしていたこのマンションを知っているだなんて……」


 純架は点頭した。


「何、別のルートでここに辿り着いただけですよ。それよりそちらはどこまで進んでるんですか?」


 胡桃沢さんは紙切れを見せた。


「昨日裁判官に逮捕状を発付してもらって、今はここで踏み込むタイミングを狙っていたんだよ」


 柳生さんがマンションを見ながら怒りを吐露する。


「『秘密倶楽部』は最悪だ。大の社会人が、将来売人の金づるとなる生徒を育成しているわけだからね。桐木君たち渋山台高校だけじゃない、もっと他にも色んな学生たちが大麻の味を身に染み込ませている。一刻も早くやめさせなければならない……!」


 熱くなる自分を抑える風に溜め息を吐き出した。


「捜査としては少し拙速なんだが、『秘密倶楽部』が集まっているこの機会を逃すわけにはいかない。……僕としては、高校生の君たちに動いてもらってもありがたくないんだよ。余計なお荷物になってしまうからね」


 純架は素直に謝罪した。


「すみません。……今日の逮捕は2人で行なうんですか?」


「まさか。別々の車をあちこちに配置して、都合7人で取り掛かることになってるよ」


 303号室を訪れる人間が絶えてから30分ほどが経過した。胡桃沢さんがスマホをいじる。


「そろそろだな。桐木君たちは見学がてら、うちの大沢(おおさわ)と一緒にこの車に残ってなさい。本当はすぐにでも帰ってもらいたいところだけどね」


「すみません」


 Gメンたちはテキパキと動き出した。『秘密倶楽部』の脱出を阻止すべく、全ての逃走可能な経路をおさえ、何重にも303号室を取り囲む。アリの子一匹逃さない、という執念がうかがえた。車の中から外を覗くと、彼らは電話で連絡を取り合って、そのうち3名が303号室の前に集った。管理会社からもらったのであろう合鍵を使ってドアを開ける。怒鳴りながら内部へと踏み込んでいった。


 純架が感慨深げに言った。


「これで『秘密倶楽部』もおしまいだね、楼路君。最期が見れて良かったよ」


 だがここで不測の事態が起こる。俺は大声を出してしまった。


「あっ、見ろ純架! 一人逃げ出したぞ!」


 体格のある男が捜査員を振り切って玄関から飛び出し、階段へと疾走した。そこで待ち構えていた別のGメンと取っ組み合い、これも蹴り飛ばす。下まで下りてきて、更に立ちはだかった麻薬取締官を殴打して転ばせた。


 こ、こいつ、強すぎだぞ。純架が叫んだ。


「柳君、行こう! あいつを逃さないで!」


「分っかりました!」


 大沢さんが慌てて制止する。


「えっ、おい、ちょっと! 待ちなさい!」


 大男が全力疾走するのを追いかけた健太は、難なくタックルして相手を押し倒した。暴れ回る男を、健太と純架、俺がどうにかこうにか押さえ込む。


「これは僕と楼路君の恨みだ!」


 純架が大男の後頭部を踏みつけ、そのまま足型が着くぐらいまで踏みにじった。大沢が駆けつけてくる。困ったように口にした。


「やれやれ、まあ仕方ないか。見なかったことにしておくよ」


 こうして『秘密倶楽部』は完全な壊滅の憂き目に遭ったのだった。




 そんな大捕り物があった翌日の昼休み。久々に登校した俺と純架は、奈緒と日向相手に食事をしていた。


 純架がご飯の固まりを箸に取って見つめる。


「しかしやっぱり、僕ら『探偵部』はあくまで高校の部活動なんだね。麻薬取締官や警察官のように、犯人を逮捕する権限はないし、捜査自体も貧弱だ。何というか、今回は自分たちの無力さを思い知らされたよ」


 奈緒が目をしばたたいた。


「何よ、『探偵部』を解散でもするつもり?」


 純架は咀嚼(そしゃく)していた白米を喉奥へ飲み込む。


「まさか。むしろこれまでより燃え上がってるぐらいさ」


 日向がほっとしたように紙パックのコーヒーをストローですする。


「びっくりさせないでくださいよ」


「大麻は現行法では違法薬物なんだ。そこからうちや他の高校の生徒を多数救い出すという結果に繋がって、僕は思ったね。やっぱり『探偵部』は必要なんだ、と。渋山台高校『探偵部』は、なくてはならない存在なんだ、ってね」


 まあ俺たちがいなくても、麻薬Gメンの皆さんがやってくれてたけどな。最後の逃走犯の確保は健太の手柄だし。


 純架は食事を進める。


「たとえ無力であっても、今回は皆の結束で事件解決の一助となりえた。クラブ対決では僕らが勝ったんだ。秘密の共有という、連中の脆弱(ぜいじゃく)な連帯感を木っ端微塵に打ち砕いた。それは僕らの――こう言っては恥ずかしいけど――絆の強さの勝利だったように思うよ」


 奈緒がからかった。


「確かに恥ずかしいわね」


 純架は頬に血をのぼせた。




 今回の『秘密倶楽部』会合では渋山台高校他いくつかの学校から生徒8人が大麻使用を認めて補導された。また大麻取締法違反(所持)で5人が、渋山台高校OBの男3人が同法違反(譲渡、営利目的栽培)で逮捕された。


 ここに『秘密倶楽部』は瓦解したのだ。もっともそのことが『探偵部』に知れ渡るまで、若干の時間を要したが。




「以上がこの事件の全貌だよ、みんな」

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