300秘密倶楽部事件04
こいつアホか。
「そんなんじゃ誰も首を縦に振ったりしないぞ。……純架、名案はあるか?」
純架は白いふんどし一丁で準備体操をしている。また健太に棒を持たせていた。性懲りもなくポールダンスをやる気だ。
いつからポールダンス部になったんだよ。
「そうだね、まず『自分も「秘密倶楽部」の新入部員になった』から入って、『部長から、あなたに聞けば部員たちの連絡先を教えてくれる、と知らされたので、ぜひ教えてほしい』と繋げるんだ。その上で何か聞かれても『新人なので分からない』とごまかせばいいと思うよ」
朱里は指を鳴らした。
「そう、それ! オレもそれだと思ってたんですよね」
絶対思ってなかっただろう。
その後、本格的にポールダンスの妙技を披露し始めた純架を無視し、部員たちは全員帰宅した――棒持ちに付き合わされている健太を残して。
翌日は雨模様だった。今年は梅雨明けが遅いようだ。俺は傘を差しながら純架と共に登校した。他の生徒たちが沈鬱な空を背負って歩くさまを見ていると、こっちまで暗い気持ちになってくる。昇降口で傘を畳み、上履きに履き替えていると、いきなり宮古先生に話しかけられた。
「おう、お前ら、ちょうど良かった。話がある。ちょっとついてこい」
純架は両腕を前方でクロスした後、思いっ切り左右に開きながら「NO!」と絶叫した。
何でだよ。
直後に宮古先生が鋭いローキックで純架を蹴りつける。
教師の体罰だったが、気持ちは分かったので俺は黙認した。
俺たちが宮古先生の後についていくと、彼はひと気のない廊下で立ち止まり、こちらに正対した。
「昨日乗田先生が聞いた話から、俺たち教師陣も『秘密倶楽部』について探っていてな。羽柴を初めとする卒業生たちから色々聞き込みをしているんだ。今のところお前らが話してくれた以上の成果はないがな。で、インテリ暴走族の古志慶介――2年3組だ――にも聞き取りをしてみたんだ」
古志といえば、弱いものイジメしたり純架から20万円せしめようとしたり、あんまり性質のよろしくない奴だ。
「それでどうなったんですか?」
「『知るかよ』と言われて電話を切られたよ。僕は怪しいと睨むがな」
純架は足をさすっている。
何効かされてんだよ。
「古志君は関係あるかどうかまだ分かりませんよ。いきなり聞き込んだら、そりゃ邪険にされるのも無理はありません」
「ううむ……」
「ともかく僕らは僕らで動きます。いずれ何かあったらまた連絡しますよ。先生方も頑張ってください」
「おう、頼むぞ」
放課後まで雨は降り続いた。ちょうどホームルームが終わった辺りで少し弱まってくる。2年1組にぽつぽつと『探偵部』部員が集まり始めた。
「あれ、朱里の奴はまだか?」
全員揃ったか、と思いきや、朱里だけが現れない。純架が俺に要請した。
「楼路君、柳君と一緒にちょっと見てきてくれたまえ。心配だ」
純架はバルーンアートで犬を作るのに夢中だ。
面倒くさがらず自分で行けよ。
健太は椅子に座って夕方の弁当を掻き込んでいる。俺は彼の肩を叩いた。
「行こうぜ、柳」
「はい!」
健太はまだ半分方残っている飯を名残惜しそうにしながら、その巨体を起き上がらせた。
俺は先に立って歩き出した。朱里は確か1年2組だったっけ。階段を上って3階に向かう。廊下に差し掛かったときだった。
「離せよ!」
朱里の声だ。切迫した、悲鳴のようなそれを耳にして、俺は1年3組に飛び込んだ。
「どうした朱里!」
「楼路!」
見れば一人の男子生徒が朱里の手首を掴み、引っ張り合いをしている。俺は駆けつけて男の手を払った。
「いてえな、何しやがる!」
「お前こそ何だ、女に暴力を振るいやがって!」
1年生の男子は舌打ちすると、鞄を拾って足早に立ち去っていく。健太が「追いますか?」と尋ねてきたが、俺は首を振った。
朱里は恐怖と緊張からの解放で脱力し、その場にへたり込んでいる。泣くまではいかなかったが、それに近い震え方をしていた。
「何だ朱里、今のは一体……」
彼女は心臓を押さえて呼吸をなだめている。
「聞き込みだよ。桐木先輩から教えられたやり口で、今の芹沢圭亮にも当たってみたんだ。何しろそれまで元渋山台中学の新1年生4人から何の成果もなかったんでね。それで最後の5人目、今去っていったあいつこそはと思って気合入れてぶつかったんだ」
「それが何で腕を掴まれたんだ?」
「あいつ、芹沢は、オレが話し終えると唐突にこう話してきたんだ。『俺、兄弟がいないんだ』ってな」
何だそりゃ。脈絡ない告白だな。
「オレが返事に窮していると、あいつは態度を急変させたんだ。『俺に何か用があるらしいが、俺には答える義務はない』。そう突っぱねると、オレを憎々しげに見つめて、逆に『お前こそ何者だ、「秘密倶楽部」とは何だ、言えるものなら言ってみろ』と問いかけてきたんだ。それはもう怒りに満ちて、オレの手首を握り締めて離さなくて――そこへ楼路たちが躍り込んできたってわけさ」
結構大ピンチだったわけだ。朱里は俺を見上げた。
「助かった。ありがとう、楼路」
俺は手を差し伸べた。朱里は少し頬を赤らめながら、その手を取る。俺は彼女を引き起こした。
帰ってみると、純架はバルーンアートの犬が即行破裂して、いたく不機嫌だった。俺はことのあらましを彼に話す。純架はその目に犀利な光を走らせた。
「合言葉だね」
「合言葉?」
「そうさ。『俺、兄弟がいないんだ』と言われたら、適切な答えを返さなきゃいけなかったんだよ。昔の人がよくやった奴で、例えば『山』と言われたら『川』と返す、みたいなね。朱里君が詰まったため、芹沢君は彼女が偽の『秘密倶楽部』部員だと断定し、激怒したというわけさ」
朱里は腑に落ちたらしく何度もうなずいた。英二が指摘する。
「純架、それならもう芹沢は決まりみたいだな」
純架は微笑した。
「うん、彼は『秘密倶楽部』の人間だ。間違いない。……というわけでこれからは芹沢君に張り付くことにする。みんなで手分けして、ね。初日は藤原君と台さんに芹沢君の尾行を任せるよ。目標は彼の家を突き止めること。出来るよね?」
大役にも2人は怖気づかなかった。
「大船に乗ったつもりでいろよ」
「桐木様のお役に立ちますです!」
この2人の探偵としての能力って、そういえばよく分からなかったな。まあそれを言ったら他にも分明でない人間はいるけど。
なお、純架の方針で朱里は今後この事件から外されることになった。また芹沢に暴行されたらことだからだ。彼女には常時待機が命じられた。
その後、誠と真菜は上手くやり切り、芹沢の住所を突き止めていた。真菜は尻尾があったら大きく犬のように振っていたことだろう。それぐらい得意げであった。
「褒めてくださいです、純架様」
純架は彼女の頭を撫でてやった。
「うん、よくやってくれたよ。台さん、藤原君」
「へへ……」
「まあざっとこんなものさ」
純架はプリントアウトした地図を広げた。
「これからはメンバーを日替わりで入れ替えつつ、遅い時間まで尾行及び張り込みをすることになる。目的は『秘密倶楽部』の会合を突き止め、その内情を探るためだ。そして、出来れば『俺、兄弟がいないんだ』の正しい返事を探り出したいと思う。まあ、これに関しては後でもいいや」




