299秘密倶楽部事件03
何だ、分かってみれば大した集まりでもなさそうだ。純架も探偵心をくすぐられなかったのか、少し渋い顔をしている。
羽柴OBは続けた。
「悪いことだとは知っていたけど、付き合いもあってさ。やめられなかったんだよね。今でも続いてることは承知してたけど、まさか15人に膨れ上がっているとは思わなかったな。その情報は誰が言ってたんだい?」
おっと逆質問だ。純架は正直に答える。
「2年3組の男子です。誰かは特定できませんでしたが」
「ふうん、多分そいつは『秘密倶楽部』の成員だな。『探偵部』に目をつけられるなんて、ガードの緩い生徒だ。……俺が参加してたときは、先輩後輩合わせて8人ぐらいだったんだけどな」
羽柴さんは手刀を切った。
「まあ、勘弁してやってくれよ。今までそれで不祥事を起こしたことはないんだからさ」
純架は納得したようだ。腕時計をちらりと見やる。
「もう遅くなりました。羽柴さん、夜分遅くすみませんでした。僕たちは帰ります」
「ああ、もういいのかい? それじゃあな」
俺たちは一礼し、自宅に帰還した。
「……というわけなんだよ。『秘密倶楽部』の正体は、単なる飲み会だったということさ」
純架は放課後の2年1組で事のあらましを説明する。英二があくびをした。
「馬鹿馬鹿しい。体を害する酒や煙草に手を出して、自身の健全な成長を妨げるなんて……。ま、これでこの事件も一件落着だな。馬鹿が集まって馬鹿をしているだけなら、周りの迷惑にもならないしな」
日向が猛然と立ち上がった。その可愛い顔に怒りがにじんでいる。
「いいえ、探し出して根絶すべきです!」
その語気の強さに、恋人の純架が引け目がちでまぶたを開閉した。
「どうしたんだい、辰野さん。そんな怒鳴って……」
「私、酒飲みは許せないんですよ!」
こんなに激憤する日向は初めてだ。部員一同が呆気に取られていた。奈緒が彼女の袖をつまんで引っ張る。
「落ち着いて日向ちゃん。酒飲みに嫌な経験でもあるの?」
日向は奈緒の顔を見下ろした。ようやく普段の面影が戻ってくる。しかし口調は厳しかった。
「私の父に酒乱の癖があるんです」
英二がほう、と息を漏らした。
「初耳だな。お前の父親はそんな情けない奴なのか」
「はい。母は父の酒癖の悪さで大変苦労しています。殴られる蹴られるは日常茶飯事です」
思い出すだけでも腹立たしいとばかり、拳を固めて震わせる。
「私も酔った父にぶたれたことがありました。酔いが醒めると謝ってくるんですが、それでも酒に手を出すことをやめたりはしないんです。全部酒のせいにして正当化して……本当に本当に最低です」
かかったものを溶かしそうな、怒気を込めたマグマの溜め息。
「『秘密倶楽部』が酒飲み会なら、探し出して根絶すべきです。当人たちのためにも、周りの人たちのためにも、それは必要なことですから」
そこで自分が熱くなり過ぎていることに気付いたのか、恥ずかしそうにうつむいた。
「桐木さん。そういうわけですので、私は捜査を続行したいです。駄目でしょうか?」
朱里が全面的に支持した。
「続けましょう、桐木先輩。『秘密倶楽部』に迫って、解体まで持っていきましょう!」
夕方の弁当を頬張りながら、健太も同意した。
「いざというときはおいらが守りますよ。やりましょう、桐木先輩!」
純架はL字型の針金を両手それぞれに持ち、渋い表情で室内を歩いている。どうやらダウジングらしい。
いや、何も埋まってねえよ。
「しょうがないなあ。じゃあ『秘密倶楽部』の発見と撲滅に全力を注ぐことにしようか。反対意見は?」
誰も何も言わない。純架はうなずいた。
「よし、決まりだね。……ただ、僕らが動く前に、まずは教師陣がこの『秘密倶楽部』の実際を認識しているのかどうか調べるべきだ。していないなら認知させよう。じゃ、僕と楼路君で今から職員室に向かうとしようよ。他のメンバーはちょっと待ってて」
「『秘密倶楽部』? 何だそれは」
対応に当たったのは数学教師の乗田大介先生だった。学者風の痩身で、末広がりな細い眉毛に膨らんだ鼻をしている。顎が割れていた。1年3組担任でもある。
「我々『探偵部』が目下捜査中の、生徒たちの酒飲み会でして……」
「酒飲み?」
乗田先生は顔をしかめた。
「それは知らないな。ちょっと詳しく聞こうか。生徒指導室が空いてるからそこにしよう」
壁から鍵を取り先導する。俺たちは後についていった。教師は部屋に入ると、椅子を勧めて自分も座る。そして純架から聞かされる詳細な内容で、こめかみに青筋を立てた。
全て聞き終わると、長く息を吐く。
「なるほどな。知らなかった。そいつは非常に問題だ」
純架に対し、ゆっくりとうなずいてみせた。
「由々しき事態だ。校長や教頭、他の先生方にも伝達しておくよ。情報を提供してくれてありがとうな」
「それは良いのですが……。ちょっと調べさせてほしいことがあるんです。渋山台中学から上がってきた渋山台高校新1年生の生徒がいるかどうか」
俺は羽柴OBの台詞を思い出していた。そういえば『渋山台中学の子も混じっていて、何度か見かけたことがある』と言っていた。純架は『秘密倶楽部』成員に直接当たってみたいと考えているのだ。
しかし乗田先生は乗り気じゃなかった。
「ええと、それはなあ……。プライバシーに関わることだしなあ」
「そこを何とか」
純架の平身低頭が炸裂する。教師は渋々決断した。
「分かったよ。何しろ『探偵部』だからな、悪いことには使うまい。じゃ、職員室に戻ろうか」
その後、先生に渡された名簿を元に、5人の元渋山台中学生を割り出した。1年1組の菅田慎二、雅奈々、1年2組の石森灘雄、1年3組の芹沢圭亮、小松豊――
結局30分ほどかかってしまった。俺と純架が2年1組に戻ると、残りの『探偵部』8名から総すかんを食った。
誠が痺れが切れたとばかり、足を神経質に鳴らす。
「どこが『ちょっと』だ、全く」
彼の手を英二が平手で押さえた。とたんに誠は大人しくなる。
「英二……」
ふん、バカップルが。奈緒が純架に尋ねた。
「今日はもうみんな下校しているか部活に出ているかしてるから、5人の1年生に当たるのは明日以降ね。誰が担当するの?」
純架は椅子に腰を落ち着けると、両足を組んで背もたれに身を預けた。
「僕はこの顔のせいで、『探偵部』部長として新1年にも知られまくっている。ちょっと動けないな。それに1年生に聞くなら1年生が適任だ――というわけで朱里君、君に聞き込みをお願いしたい。できるかな?」
朱里は大きく、自信たっぷりに首肯した。
「任せてください。オレが成果を出してきます」
俺は彼女に問いかけた。
「じゃあ、具体的にどんな感じで聞いていくんだ?」
朱里は悩んだ。悩んだ。悩みまくった……
「どうしよっか? 『お前、「秘密倶楽部」の部員か?』とか……?」




