297秘密倶楽部事件01
(五)秘密倶楽部事件
「最近この渋山台高校に流れてる噂、ご存知ですですか? 桐木様」
真菜が放課後の2年1組で、他の部員にも聞こえる大声で尋ねた。純架は『実話ナックルズ』を熟読しながら、流すように受け答える。
「僕は噂なんて興味ないよ」
言ってることとやってることが間逆だろ。
真菜は純架の気を引きたい様子で、めげずに訴えた。
「その噂とは『秘密倶楽部』という謎の部活動についてですです」
純架はようやく本を閉じる。面を上げると自分の秀麗な顔をひと撫でした。
「『秘密倶楽部』? 僕ら『探偵部』みたいな、教師・生徒会公認の部活動かい?」
「違いますです」
真菜は純架が反応してくれたことが嬉しかったらしく、勝ち誇った表情で説明した。
「何をやっているかは文字通り秘密ですが、この渋山台高校で数年前に内緒で結成され、以後ひっそりと活動を続けているらしいですです。その規模は現在15人を超えるとか……」
英二が結城から缶コーヒーを受け取った。そこに微笑みはない。この2人が恋人関係に戻ることはもうないのだろうか。
「15人とはずいぶんな数だな。俺たちでさえ10人なのに」
誠が英二のすぐそばで彼の顔を眺めている。まるで展覧会で巨匠の絵画を謎解きする一般客のようだった。彼らが付き合い始めたことは既に公然の秘密である。
「それで台、その噂の出所はどこなんだ?」
真菜は心もとなさそうに答えた。
「それが、授業の合い間の10分休憩のとき、風に乗って聞こえてきただけなんですです。うちのクラスの男子だってことは間違いないんですですが……」
奈緒は閃くものがあったのか、スマホを取り出してどこかにかけ始めた。俺はまばたきする。
「おい奈緒、学校じゃスマホ禁止だぞ」
「いいじゃない、ここには『探偵部』部員以外いないんだし」
どこにかけているのだろう? ……と思っていると、奈緒はすぐにそれを吐露した。
「ああ、久川君? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
なるほど、うちのクラスの噂好き・祭り好きの久川浩介から情報を引き出そうってわけか。
「渋山台高校に伝わる噂、『秘密倶楽部』について何か知ってない?」
LINEなどのSNSでやりとりするのではなく、いきなり直接電話で当たってみることで、一気に真相深く切り込もうとする、か。なかなかあなどれない。彼女もすっかり探偵ぶりが板についてきた。
少し話して、奈緒は電話を切った。日向が喉奥から強い興味を言語化して撃ち出す。
「それで、久川さんは何て?」
奈緒は少々落胆していた。
「『俺は良く知らないけど、2年3組の宇治川速人なら詳しいって聞いたことがある』だってさ。噂に噂で返されてもねえ……」
健太が放課後飯を頬張りながら、巨体を揺すって純架を見た。
「どうしますか、桐木先輩」
純架はヘルメットのような髪を窓からの風になぶらせている。
「どうせ事件相談も解決依頼もなくて暇だし、ちょっと洗ってみようか。ま、噂が流れてる時点で大したことはないよ」
朱里が首をひねった。
「というと?」
「『秘密倶楽部』なんて名前でありながら、その存在についてまことしやかな話が伝わってるってことは、部員の誰かが得意げに他人に漏らしたからに決まってる。秘密の共有による連帯感なんてもろいものさ。ま、明日にでも宇治川君に聞いてみよう。彼と同じクラスの藤原君と台さん、どっちがやる?」
誠は挙手した。
「俺が質問してみるよ」
「じゃ、決まりだ」
その後、話題は別の方向に逸れていった。
翌朝、純架はパッキャオとメイウェザーについて俺に薀蓄を披露した。何をやっているかは知らないが、相当な金持ちらしいという。
いや、ボクシングやってるに決まってんだろ。
俺がそう教えると、純架はびっくりした。
「へえ! ボクサーだったんだ、2人とも。知らなかった……」
この情報化社会で、そこだけ回避して知ることが出来るとは、どんな毎日を送ってるんだろうか。
純架は肩をすくめた。
「ま、噂なんてそんなものだよ。伝達中に尾ひれがついて、それが原因で実相が見えなくなるわけさ。それで、2人は闘ったりしたのかい?」
俺は溜め息をついた。メイウェザーが勝ったよ。
放課後、誠はさっそく宇治川との会話内容を俺たちのクラスに持ち込んできた。
「よく知らない、ってよ」
純架は肩透かしを食って苦笑いする。
「何だ、収穫はなしかね」
「いや、それがそうでもない」
誠は全員集合している『探偵部』部員たちに成果を伝えた。
「宇治川の奴、何でも2年2組で同じテニス部の菊池誠也から噂を聞いたらしいんだ。あいつに尋ねれば分かるんじゃねえの、と言ってたぜ」
結城が――最近は失恋により元気がない――言った。
「どうなさるのですか、桐木さん。毒を食らわば皿まで、といきますか?」
「そうだね……」
純架は両手の指をつき合わせた。
「じゃあ楼路君と菅野さん。今から早速テニス部にお邪魔して、菊池君から情報を引き出してきてよ。僕はここでポールダンスを披露しているから」
いつ覚えたんだよ、そんなの。
こうして俺は結城と共に昇降口に向かった。その道すがら、ついつい問いかけてしまう。
「菅野さんは英二と別れたんだよね?」
ギクリ、と彼女の足が止まった。その目が潤んでいる。
「……はい。別れました。その話題は、もう……」
「ご、ごめん」
さすがにデリカシーがなさ過ぎたか。俺は反省して下履きに履き替え、外に出た。
日はまだ高い。玉拾いで中腰の1年生に囲まれながら、菊池と宇治川がラリーを繰り広げていた。なかなか上手い。
菊池が1セット取ったところを見計らい、俺は彼に声をかけた。
「おい、菊池。ちょっといいか?」
照りつける陽光で額に汗をかきながら、菊池は宇治川を手で制してこちらにやってきた。
「何だ、富士野」
菊池とは1年のときクラスメイトだった。特別親しい付き合いがあったわけではないが、さすがに脳が回転した。
「『探偵同好会』の活動か?」
「今は10人揃って『探偵部』だよ」
「あっ、そうだったっけ。そういや三宮が言ってたな」
首にかけたタオルで顔を拭う。コートから離れて木陰に入った。他の部員が宇治川の相手をする。
「で、何だ?」
結城が進み出た。
「実は渋山台高校『秘密倶楽部』についておうかがいしに来たのですが……。何かご存知ですか?」
菊池はああ、と了解したようにうなずいた。
「宇治川から聞いたんだな。最近あいつに話したし。……『秘密倶楽部』っていっても去年3年生の羽柴条先輩に教えられただけなんだけどな。よくは知らない」
俺は耳に新しい名前に俄然興味を抱いた。
「去年3年ってことは、今はOBか。その羽柴さんって人は……。その人は『秘密倶楽部』の部員だったのかい?」
「ああ。表向きできないような非合法な行為を、皆で集まって楽しむ。それが目的らしくて、だから部活動じゃないんだ。名前どおり、秘密の集団なんだよ」




