296誠の決着事件05
誠は真面目な顔で否定した。
「まさか。……三宮は男っぽい性格をしている。好漢って奴だ。何事にも割りきりがよく、さっぱりしていて、でも頑固なところも持ち合わせていて……。それが俺の好みによくあった」
好きな人の好きな箇所を話す誠は生き生きとしていて、俺は何だか悲しくなった。英二には結城がおり、振られることは確実であるのに、誠は饒舌に喋っていた。それがたまらない哀愁を誘うのだ。気づけば俺は涙を流していた。
誠はまだまだ言い足りない、とばかりに英二を褒めちぎる。
「顔も好みだ。俺が奈緒を落とそうと必死になっていたときには気付かなかったが、英二は本当に整った顔をしている。花見の喧嘩で殴りあったときは、手を出しながらもちょっと罪悪感に包まれていたんだ。これは嘘じゃない」
英二は真剣に拝聴していた。
「他には?」
誠は更に持ち上げる。その声は嬉しそうに風に乗った。
「背が低いのもいい。俺よりやや小さいぐらいの背丈なのは――将来抜かれるとしても――俺のどストライクだった。喋り方も気持ちいい。はっきりはきはきしていて、鈴が鳴るような清涼感がある。それから……」
英二が音を上げた。
「も、もういい」
誠は一歩前進し、英二との距離を詰める。やや前のめり気味に、想い人へ改めて告白した。
「三宮、もう一度言う。俺はお前が好きだ。俺は男だけど、付き合ってくれないか」
英二の目線が水平に誠のそれと交錯する。俺と純架は固唾を飲んで2人のやり取りを見つめた。
しかし英二は別の話をする。
「……実は、俺は今年の1月が始まる頃に父上からさとされたんだ。自分の身は自分で守れるように、と」
俺も純架も誠も、いきなりの話題転換に面食らう。しかし英二は気付かないそぶりで続けた。
「それで1年生時代の3学期から、俺は家に招かれた講師のもと、柔術を学び始めたんだ。きつくて苦しい修練だったが、俺はめきめき腕を上げ、いっぱしの格闘術をこの身に刻み込んだ」
それで最近体つきがたくましくなっていたのか。英二はややふてくされたようにうつむく。声に諦念が混じりこんでいた。
「そしてつい最近だ。父上――彼も護身術を体得している――から命じられたんだ。『もう己の身は自力で何とかなるだろう。……菅野結城をお前の護衛から外す。あいつはメイドとしては残すが、英二、これからはなるべく自力・単独で行動せよ』と」
夕日の舐める屋上で、力なき言葉が紡ぎ出されていく。
「父上はこうも言った。『それから菅野結城との恋愛関係も解消しろ。三宮家と菅野家は表裏一体、あくまで主従の位置づけだ。お前と結城が結ばれたら縁戚関係となり、その格差が崩れてしまう。お前には将来別の許婚をあてがう。分かったな、別れるのだ。いいな』」
英二がこうまで弱々しく話す姿は見たことがない。ナイフで心臓を刺されてもこんな苦しそうな顔はしないだろう。
「俺は当然抗議した。俺は本気で結城が好きなんだ、離れたくないんだ、と。だが父上は『それなら三宮家の跡は継がせぬ。菅野結城と共に飛び出して、どこか遠くでひっそり生きていけ。以後一切面倒は見ない』と厳しく発せられた。そして俺は、苦悶煩悶の挙句――」
両の拳を握り締めた。
「俺は、結城との仲を断ち切る道を選んだんだ。情けないことにな」
俺と純架、誠は無言のまま立ち尽くした。英二と結城が別れた――その事実が重くのしかかってくる。つかず離れずの関係は解消されたのだ。
英二の目元に悔し泣きの涙が浮かんだが、彼は天を仰いでごまかした。大きく息を吐き、誠を見据える。
「だから藤原。俺は今、愛する女より家の名跡を継ぐことを選んだ、とてつもなくだらしない男というわけだ。……どうだ、失望したか?」
誠は自分の喉を掴んで英二を凝視した。
「知らなかった。俺が花見でお前を殴ったことも関係しているのかな。そうだとしたら、すまない、三宮。……お前に失望なんかしないよ。するわけがないさ」
この問いと答えに、俺は清々しいものを感じた。純架が手を叩く。
「それじゃ英二君。藤原君の告白に対して、君の返事を聞かせてもらおうか」
英二は慎重に言葉を選ぶ風だった。
「藤原がゲイであっても、本当に、心から俺を好いてくれるなら、別段断ることはない。今の俺には結城はいないからな。それにお前とは血を流すぐらいに殴り合った仲だ。気心も知れている」
「つまり?」
「オーケー、ということだ」
誠は文字通り飛び上がって喜んだ。歓喜を爆発させてはしゃぎ、英二の差し出した手を両手で握る。
「やったっ! ありがとう、三宮!」
俺はまさかカップルが成立するとは思ってもみなかったので、この展開には心底驚いた。純架は腕を組み、予想外の事態に微苦笑するばかりだ。
誠はひとしきり喜ぶと、あまりの感激からか、鼻をすすり上げて泣き始めた。英二がティッシュペーパーを渡す。
「そんなに嬉しかったか? 面白いやつだな、藤原――いや、誠」
誠は涙がこぼれ落ちるに任せた。
「だって、なあ、お前……。三宮――じゃなくて、英二」
誠はいつ果てるともなく慟哭した。
純架は彼がひとしきり泣くのを待ってから、その肩を叩く。
「藤原君、英二君と付き合うことになった以上、隠し事は良くないと思う。かつて飯田さんに告げた秘密を、英二君にも語るんだ。自分の口でね」
誠はようやく泣き止むと、真っ赤な目元を腕でこすった。
「ああ、そうだな。……英二、これはお前も知らなかっただろうが……俺は性同一性障害者なんだ」
英二がいきなりの報告に首を傾げる。
「何だって? ええと、それは、つまり――」
純架はそっと言い添えた。
「藤原君が女の体を持った男ってことさ」
誠が点頭し、英二に真面目に語った。
「そういうことだ。色々複雑ですまん」
さしもの英二もこれには言いよどんで、理解がなかなか追いつかないらしい。これもまた初めてのことだった。
「あ、ああ……」
どうにかそれだけ言った。
差別に走らず真摯に向き合ってみたいと思うし、話も聞きたいと思う――かつての英二の言は、適切に履行された。
純架が下校の道すがら、胸に手を当てる。
「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君。菅野さんは英二君のメイドを続行するだろうし、これで誰かが退部する恐れはなくなったわけだ。2人の行く末に幸あれ、だね」




