295誠の決着事件04
電話が壊れたのかと思うほど長い沈黙があった。
「そうだったのか……」
共感を得た響きだった。
「奈緒は好きな人に告白して振られたんだ。藤原だって奈緒を口説き落とそうとしてた時期があっただろ。あの頃みたく、同じ勢いで英二に迫ってみたらいいんじゃないか? 今は気兼ねしてるみたいだけど」
「それは無理だ。俺は男だ。英二も男だ。女の奈緒を相手にしていたときとは話の次元が違う」
「まあ、確かにな」
溜め息が聞こえてきた。
「長電話になったな。まあ俺はかけ放題に加入しているからいいんだけど。……ともかく、もうこれ以上、俺の英二好きを他人にばらすなよ。いいな、富士野」
「ああ、約束する。悪かったよ。でもお前こそ、学校ではスマホの壁紙を変えとけよ。英二の笑顔を楽しむのは家でやれ」
誠の苦笑が漏れてくる。
「そうだな、そうしよう。じゃあもう切るぞ。またな」
「ああ」
通話は切れた。
純架は俺と誠が話している間、暇だったらしく、手近な電柱に半ば登って「セミ!」と叫んでいた。
そんな鳴き声のセミはいない。
「下りてこい、純架。誠の言ってきたこと伝えるから」
「僕は高所恐怖症なんだ。一歩も動けないよ」
だったら登るなよ。
純架はひらりと飛び降りた。俺は改めて今の電話について話す。純架はおおよそ見当がついていたらしい。
「やっぱりね。朱里君が『探偵部』の写真を1人1枚ずつ撮って、その後に藤原君と2人きりになった――これは英二君の写真を渡すためだと、僕にはピンときていたよ。その通りになったね」
「今後はどうする?」
「本人たちの問題だよ。ただ、僕は『探偵部』から離脱者が出ないことを祈るね。だから藤原君にはこのまま片想いだけしていてくれれば、退部ということもないだろうと……」
俺は呆れた。
「お前にしては珍しく打算か? 俺は藤原は英二に告白するべきだと思う。きっぱり振られても、それが原因で居辛くなって退部しても、それはそれで仕方ないだろう。むしろこのまま長引かせるだけ、いざ傷ついた心の修復にも時間がかかるってもんだ」
「出すぎた真似だね」
「自分から告白したことのないお前の台詞じゃないな」
「えっ、何でそんなことが分かるんだい?」
おっと、口を滑らせてしまった。俺は正直に答えた。
「バレンタインデーのとき、お前が辰野さんから告白される現場を目撃したんだよ、俺。……ともかく、今回は俺の意見に賛成しろ。経験者は語る、って奴だ」
「やれやれ、しょうがないなあ。じゃあちょっとセッティングしてみようか」
翌日昼休み、純架は2年2組の英二に、「話があるから放課後、屋上に来てくれたまえ」と約束を取り付けた。一方俺は2年3組の誠に、純架がしたのと同じ誘いを了承させる。その上で、LINEで今日の『探偵部』の活動はないと全部員に報せた。
俺はちょっと怖気づいていた。2年1組の廊下で純架とささやき合う。
「なあ、俺はやっぱり行かないほうがいいんじゃないか?」
彼は首を振った。自分の股間に手の平を当てて「パオ!」と叫ぶ。
マイケル・ジャクソンの物真似だ。
「いや、また花見のときみたく殴り合いでも始まったらことだ。君も抑え役として来てくれたまえ。だいたい言いだしっぺは君なんだからね、今更関与しないなんてずうずうしいよ」
そして放課後。まだまだ明るい日照だったが、空気はしっとりと水気を含んで、未だ終わらぬ梅雨時である。
俺と純架はホームルームが終わるや否や、ここにすっ飛んできた。英二と誠の2人が先に到着すると、ひと悶着あるかもしれなかったからだ。
やがて誠より先に屋上に来たのは英二だった。しかしいつも一緒にいる結城を帯同してはいない。俺は腰に手を当てた。
「何だ、また菅野さんは弟の勉強を見てるのか?」
「そんなところだ」
三宮財閥は一体どうしたのだろう? 専属メイド兼ボディガードの結城を、大事な跡取りの身辺から外すなんて……
「よう純架。それで話ってのは何だ?」
純架はクーラーボックスから冷たくて美味そうなコーラの瓶を取り出した。
「一本1000円! 安いよ!」
くそ高いわ。
「ああ、この前の電話で言ったよね。英二君を好きな男子生徒がいるって。その子の告白を聞いてあげてほしいんだ。すぐに来る」
英二は一瞬だけ難しい顔を作ったが、余裕のある所を見せようとしてか、その後は平然という名の仮面を被った。
「ほう、なかなか面白そうだな」
俺はたしなめた。
「真面目な話だ、英二」
そして遅れること5分、誠が屋上にやってきた。英二は暑さに負けて純架のコーラを購入し、浴びるように飲んでいた。
「何だ、藤原か。で、いつまで待ったらその男子生徒は現れるんだ?」
純架は咳払いした。
「いや、もう来ているよ。英二君を愛しているのは、そこの藤原誠君、彼だよ」
英二と誠は同時に飛び上がるほど仰天した。喋ろうとして喉に絡み、まごつきながらもどうにか話す。
「な、何だって?」
誠が純架を睨みつけた。
「おい桐木、これはどういうことだっ!」
純架は取り合わず、英二に正対した。
「実は『探偵部』一同による花見の前から、藤原君は英二君を愛するようになっていたんだ。でも藤原君は同性同士ということでおじけづいちゃってね。想いを胸に秘めたまま、今日まで過ごしてきたんだ」
英二は愕然となって誠を見た。
「本当なのか、藤原」
誠は否定はしなかった。
「いや……その……まあ……何だ。そういうことだ」
英二はコーラ瓶を地面に置き、つくづくと誠を眺めた。
「マジかよ。全然気付かなかった……。だって花見会で殴り合いの喧嘩までしたっていうのに、それでも俺の事が好きだったってのか? 正直理解に苦しむんだが」
「すまん、三宮」
それから純架に向かってただした。
「俺に告白しろってんだな、桐木」
純架は悪びれずうなずき、勝手に俺の責任を背負い込む。
「うん。いきなりで悪いんだけど、楼路君と話して今日と決めたんだ。……ここには僕らしかいない。想いのたけをぶちまけたまえ、藤原君」
誠はさすがに窮していた。この突発的な事態に困り果て、どうしたものかと悩み果てている。だが意を決するにそれほどの時間は要しなかった。
「つくづく勝手な奴だな。ああ、分かったよ。告ってやるさ。それが『探偵部』部長のお望みならね」
そう吐き捨てて、誠は英二を正面に捉えた。優しい風がゆったりと流れる。
「……三宮。俺はお前が好きだ」
英二は一歩も動けない。ただ相手の両目を凝視した。
「藤原……」
純架が割り込んだ。
「どうだい、英二君。まずは君の率直な感想を聞かせてくれないか」
英二はうつむき、地面を見ながら腕を組んだ。
「そうだな。まず、俺を好きになってくれてありがとう。それは感謝する」
誠はぷっと吹き出した。
「それほどご大層なものでもないさ」
「俺のどこがいいんだ? ……いや、こんなこと聞くのも、俺が金持ちということですり寄ってくる人間が多いからなんだが。やっぱり金目か?」




