294誠の決着事件03
日差しの高い放課後、2年1組の教室に集まった『探偵部』一同。部室なしの流浪の集団ながら、結束は強い。……と思いきや、英二と結城がよそよそしいのに違和感を感じる。昨日といい今日といい、何かあったのだろうか?
しかしそれ以外は常と変わりなく、俺たちはテレビやネットのニュースについてああでもない、こうでもないとくだらない話で盛り上がっていた。
そんな中、朱里が唐突に言った。
「皆さん、スマホで写真撮ってもいいですか? 今日は天気もいいし、窓の外の青空をバックにして、個別に一枚ずつ撮影したいんです。夏休みも近いし、記念に、ね。どうです?」
俺は急な要請に口を尖らせる。
「そんなの何に使うんだ?」
「スマホの電話帳の参照画像として保存するんだよ。一発で誰からかかってきたか分かるから」
「名前だけで十分だろ」
「いいや、画像も欲しい」
「名前だけ!」
「画像!」
俺たちはいがみ合って相手の両目を睨んだ。日向が「まあまあ」と間に入る。
「また突然ですね。私は別に構いませんよ」
健太が『放課後の弁当』を使いながら賛成する。
「いいんじゃないですか。富士野なら悪用することもなさそうですし」
奈緒は朱里の肩を持った。
「急にどうしちゃったの、って気もするけど……。まあ別にいいけど」
純架は足を組んで悠然としている。相変わらず美しい――両方の鼻の穴にスーパーカー消しゴムをひねり込んでいなければ。
「楼路君の一枚なら確かに魔除けにはなりそうだけど」
「ふざけるな」
俺はしかし劣勢を認めて、朱里による即席撮影会を許した。
「二度とやらないからちゃんと撮れよ」
「了解了解。じゃ、まずは楼路から」
俺は窓を全開にし、椅子を置いてそこに座った。逆光じゃないかと思うのだが、カメラガールは意識していないらしい。それともただのカメラ音痴か……
「ほら楼路、笑顔笑顔!」
朱里に要求され、俺は強張った笑みを浮かべた。シャッター音と共に、あまり嬉しくない瞬間がデータ化される。
「じゃんじゃん行きましょう!」
その後、全メンバーが同様に激写され、最後は純架の番だった。
「魂を抜き取られるんじゃないかな……」
戦前の人間かよ。
「はい撮りますよーっ。スーパーカー消しゴム取って! 鼻拭いて! 笑って!」
純架は言われたとおりにして、最後に妖しく笑みを浮かべた。その気のない俺でもどきりとするほど、それは絵画のように――いやそれ以上に――完璧なものだった。
「お疲れ様です、桐木先輩! これで9人分揃いました。ありがとうございました」
写真会が終わり、全員がまた雑談に戻る。その中で、朱里と誠の会話が何となしに俺の耳に入った。
「あの、藤原先輩」
「何だ?」
「後で2人だけで少し話がしたいんですが、いいですか?」
「……別に構わないが」
純架も聞いていたのか、無言で椅子に座り直す。
その後小一時間ほど無駄話に興じ、俺と純架は一足先に帰宅の途についた。
誠からの電話はその途上でかかってきた。俺は純架と立ち止まって、スマホを手に通話ボタンを押す。
「富士野、お前、ふざけるなよ!」
誠の怒声でスピーカーが壊れるかと思った。それぐらいの大声だった。
「何だよ、いきなり」
誠は憤激していた。
「富士野、お前、朱里に俺のことばらしたな」
俺はそれだけではよく分からず――いや、本当は薄々何の話か理解していたが――、聞き返した。
「『俺のこと』って?」
「俺が男なのに英二が好きだってことだ」
俺は純架を見た。彼は首を振る。どうやら朱里が何かしたようだ。
「ま、まあ落ち着けよ。あんまり大声じゃ周囲に丸聞こえだぞ。深呼吸しろ、深呼吸」
少し間をおいて、やや声量を抑えた誠の言葉が聞こえてきた。
「……すまん。ただ、本当に許しがたくてな」
「何があった? ともかく話してみろよ」
「さっき朱里が俺と2人きりの場を設けたいって言ってきたんだ。だから俺はそうした。そこであいつは、俺に『探偵部』8人の写真を差し出してきたんだ。撮ったばかりのやつで、クラウドを介して、だ。そして俺が受け取ったのを確認すると、あいつ、『頑張ってください』と微笑んで立ち去っていった。俺はしばらくそこに凝固していなければならなかったよ」
俺は首をひねった。
「それでどうして俺が朱里にばらしたと思ったんだ?」
愚鈍な生徒を鞭でしばくように、誠はきびきび説明した。
「俺は台とも朱里とも付き合っていない。他の女子は皆彼氏持ちだ。朱里は俺に英二の写真を渡す目的でこんな真似をしてきたんだ。そうに違いない。でなければ俺にだけ写真を寄越す意味が分からんし、『頑張ってください』の台詞も通じない。8人全員の画像を渡してきたのは、後で意味を追及されてもごまかせると考えたからだ。そうだろう?」
誠は結構明敏だ。
「お前、それと桐木。どっちか知らないが、こんなに簡単に口を滑らせる奴だとは思いもしなかったよ。くそったれが」
俺は観念して思わず陳謝した。
「すまん、藤原。昨日お前の男色を純架と話していたとき、朱里に盗み聞きされちまったんだ。うかつだった。謝るよ」
誠が行き場のない怒りを静める時間が流れる。やがて疑問をぶつけてきた。
「男色を話していた? なんで今更そんなことを……」
俺はそもそものきっかけを思い出し、それを話すことにする。
「お前、自分で気付いていないのか? お前と同じクラスの台さんが、『藤原さんは恋わずらいをしているようだ』って純架に報告に来たんだぞ」
今度は誠が驚く番だった。
「! ……そうだったのか……」
「お前は授業にしても遊びにしても、ことごとく上の空みたいじゃないか。普段の態度がおかしくなってきているんだよ。そんなに英二のことばかり考えているのか?」
「…………」
しばし沈黙した後、誠はがなり立てる。
「そうだよ! 俺はまだ英二が好きなんだ。朱里にもらったあいつの写真は、即行スマホの待ち受けにしたよ。諦められないんだ。諦め切れないんだ。俺はあいつを愛してるんだ!」
暴風のような勢いだった。
「英二と菅野さんが別れることを、俺は心の底から願ってるんだよ。そんな自分自身を情けない思いで見つめているんだよ。こんな感情、奈緒と上手くいってる富士野には分からないだろうよ!」
斜陽の光が俺と純架を照らしている。今日も美しい夜空となりそうだった。俺は灼熱と化した誠を冷却しようとこころみる。
「……熱くなるなよ。その気持ちなら、俺にだって少しは分かるし」
「何……?」
俺はゆっくりと噛んで含めるように話した。
「俺が奈緒を好きになったのは、渋山台高校1年になってすぐのことだ。でもそのときの奈緒は既に宮古博先生が好きだった。俺と付き合うようになったのは、彼女が先生に告白して失敗したその後のことさ。だから俺も、宮古先生に対して『奈緒と付き合うんじゃねえぞ』と念じていた時期があったんだよ」




