286宝の地図事件05
「私――今田洋子の息子、善久は、15年前このダムの開発にたずさわっていて……。この工事の端緒で、過労のあまり自殺したのです。ちょうどこの場所から断崖に身を投げて。ようやくこの前竣工し、展望台に自由に行き来できるようになったので、それ以来私はほぼ毎月供養の花を捧げにここへ来ているのです」
あまりの話に、さすがの純架さえまともに口が利けない。ようやく舌を動かした。
「そうだったんですか。ではこの紙の作者は今田善久さんなんですね」
「紙……?」
純架はクリアファイルに挟まれた『宝の地図』と、それを元にここまでやってきたという経緯を述べる。洋子さんの目から涙があふれ、こぼれ落ちた。声を詰まらせ、クリアファイルを伏し抱く。
「善久……! そうですか。この景色の完成図を、あの子は夢想していたんですね。この素晴らしい風景を頭に抱きながら、必死の思いでこれを描き――自分の命をここで絶った――」
洋子さんは号泣から慟哭に変じた。朱里がハンカチを差し出すと、拝むようにいただいで涙を拭う。
純架が重々しく言った。
「もし善久さんがこの紙に署名していたなら、天王寺君の父の親戚にも即座に意味は伝わっただろう。だが彼はそれを良しとしなかった。あくまで偶然に、気まぐれに、この紙が誰かの目に触れて謎を解き明かされることを望んだ。残していく同僚への配慮か? はたまた洋子さんら家族への気遣いか?」
長く息を吐く。
「……それとも、僕ら『15年後』の人間たちへの挑戦状か。ともかく言えることはただ一つ。善久さんがダムの完成を願いながら散った無念は、僕らが多少は晴らしたということさ」
洋子さんはようやく泣き止んだ。恥ずかしいところを見られたとばかりに、赤い目元をこすって微笑む。
「この紙、いただいてもよろしいですか?」
敦子がはっきりと首肯した。
「はい、どうぞ! きっとそれが正しい答えなんだと思います」
「ありがとうございます、本当に」
俺は純架に質問した。
「やっぱり善久さんは、自分たちの仕事を見てほしかったんだろうな。実際俺も、こんな機会がなければダム観光なんて思いもよらなかった」
純架は微笑み、眼下で行なわれている水流ショーに視線を投じた。
「そうだろうね。ダムは貯水施設でもあり発電施設でもあり、また観光地でもある。大勢の人間が信じられないほどの工事を積み重ねて出来上がったのがこの場所だ。善久さんのご冥福をお祈りしつつ、ありがたく見物させてもらうとしよう」
純架は手すりに両手を乗せて、気分良さそうに水門を見下ろす。
「それが彼の願いだろうからね。以上がこの事件の全貌だよ、みんな」




