283宝の地図事件02
「私は母からこれを見せられて、ちょっと『宝の地図』といいますか、その類のものではないかと期待しまして……。もしや金銀財宝の眠る場所を示しているのではないかと思うと、子供っぽいですが、いても立ってもいられなくなりました。それでクラスメイトで仲良しの朱里さんなら、『探偵部』部員でもあるし、この地図の謎を解き明かしてくださるんじゃないか、と考えたんです」
朱里が得意げに胸を反らした。
「それであっちゃんはオレん家にこの紙を持ってやってきたというわけだ。まさかその隣が、部長である桐木先輩の住処とは思わなかったようだけどな」
純架は何度も紙を凝視する。
「日本では紙の『ブリタニカ国際大百科事典』は、2003年をもって出版を終了している。それを考慮すると、いよいよ『15年前』という古さが実感を帯びてきたね。それで天王寺君、この紙は君のお父さんの親戚からいただいた事典に挟まっていたという。書いたのは親戚さんかね?」
敦子はしばし虚空を見上げ、そののち視線を引きずり下ろした。
「いえ、多分違うと思います。母の話によれば、事典がうちに来たとき、私の父も親戚も何も言ってなかったそうです。この地図の発見は昨夜で、母は美術のページを閲覧している際に気付いたらしいです。しかし父の親戚に電話してこの件を問いただしても、『記憶にない』と返ってくるばかりだったようです」
純架は話を聞きながら、まるで銀行強盗のような黒い目出し帽を装着した。『562円』の値札がついたままだ。
ずいぶん安物だな。
「その親戚さんはどこに住んでいるんだい? 別の都道府県とか?」
敦子は突如覆面を被った純架に面食らいながら、それでも真摯に返す。
「同じ県内で、割と近所です。5年前に家を建て替える際に荷物を整理して、そのとき事典を私の父に寄贈しました。ただ父は受け取ったはいいものの、ろくに使わずに押し入れの肥やしにしていました」
「ふむ。するとこの地図は『割と近所』を指していると考えられるね。良かったよ、遠くじゃなくて」
俺は急かした。
「で、次に分かることは何だ? たとえばこの電車みたいなものは?」
純架は顎を手でさすった。
「車輪がついているけど窓はないな。電車を表したにしては不自然だよ。これはきっと――そうだね、橋を示しているんだ」
「橋? じゃあこの下についてる黒い点々は何なんだ? 車輪じゃないとして、じゃあ何を示唆しているんだ?」
純架はさすがに困ったか、口をつぐんだ。ついでにげっぷをする。
わんこ蕎麦を何杯食べたのだろう?
「車輪は措いておこう。一応この細長い箱を橋をするなら、その下にあるワイングラス――ほとんどYの字だけど――は、川を指していると思われる」
朱里が純架に尋ねた。
「でも何で急速に細くなるんですか? こんな川、見たこともない」
純架は突然「蒸れる!」と叫び、覆面を脱ぎ捨てて絨毯に叩き付けた。その顔は汗みどろだ。
だったら被るな。
「まあまあ。とりあえず川という点から攻めてみよう」
俺は意見を述べた。
「でも純架、近所の川って言っても結構あるし、それぞれ山から海まで続いているぞ。支流に架かる橋だっていくつあるか分かりゃしない」
「そうだね。でも大丈夫。僕ら一家はこの県に引っ越してきた際、ついでに地図帳も買ってるんだ。その記憶がある。ちょっと待っててくれたまえ。ひとっ走り行って家から取ってくるよ」
純架はしかし、太極拳のように超スローモーションでのろのろ動作するのみだ。
「牛歩戦術!」
俺は純架の後頭部をスリッパで叩いた。
「さっさと行ってこい」
「ああ、ごめんごめん。つい昔の癖でね」
どんな過去だよ。
純架はいったんこの家を辞した。俺たちは改めて宝の地図と向き合う。敦子はこっそりささやくように俺と朱里に尋ねてきた。
「あの……何で桐木先輩は、急に目出し帽を被って、その後すぐ床に投げつけたんですか?」
朱里は肩をすくめた。
「何の意味もないと思う。あれが桐木先輩の奇行って奴だよ。あっちゃんもすぐ慣れるさ。オレや楼路みたいにね」
「そうなんだ……」
敦子は少し――いやだいぶ――純架を見損なったようだ。
「桐木先輩は『世界一の美形高校生』としてなら、完全に文句なしなのに……」
「だろうな。人は見かけによらないっていう、いい反面教師だよ」
俺は友人をけなされたわけだが、別に怒りも湧いてこなかった。むしろ当然そうなるよな、と納得すらしている。
ちょっと時間がかかってるな、と思ったのは、純架が部屋を出てから10分が経過した頃だ。地図帳探しに手間取ってるのかな、と考えて、俺は女子2人を残し1階へと下りて行く。玄関から表に出た。
ちょうど純架が書籍を手に桐木邸から出てくるところだ。彼のかたわらにはうら若き少女がいた。
「あっ、楼路さん」
純架の妹、桐木愛だ。兄とよく似た美少女で、丸い瞳、お茶目な鼻、ませた唇を備えている。全体としてまだあどけなさが残り、髪は黒いセミロング。確か渋山台中学の3年生、14歳だっけ。軽装だった。
俺は手を挙げて挨拶した。
「やあ愛ちゃん。どうしたんだい? 純架についてくるなんて」
愛は頬っぺたを膨らませて視線を逸らした。まだ俺に振られたことを怒っているのだろうか? まあ仕方ない。
俺たちは再び富士野家の自室へと集合した。愛が明るく挨拶する。
「朱里先輩、こんにちは。えーと……」
「天王寺敦子です。あなたは桐木先輩の妹さんですね?」
「はい、天王寺先輩! 兄から宝の地図を解読しようって言われて、強引に小生の地図帳を持ってかれました。小生も首を突っ込ませていただきます」
何だ、地図帳の持ち主は愛か。
宝の地図はいったん脇に置かれ、愛の地図帳が中央に開かれる。俺たちは円を描くように座り、その中身を覗き込んだ。純架が口を開く。
「これがこの県の川だ。無数に枝分かれして無数に橋が架かっている。どうだい? 僕と愛君は去年の春――1年2ヶ月前に越してきたばかりで、この街の川にはさほど詳しくないんだ。朱里君も楼路君の家にやって来て間もないはず……」
朱里は無言でうなずいた。純架が期待を込めた目で俺と敦子を交互に見やる。
「ここは楼路君と天王寺君の知識に期待したいところなんだけど。君たちはこの渋山台市での生活が格段に長いよね? この宝の地図にあるような、奇妙な川とそれに架かる橋のある場所は知らないかい? この地図帳を頼りに思い出してみてくれたまえ」
俺は問題を丸投げされて、少々困惑した。敦子に話す。
「市の中心のビル群なら、その間隙を抜ける川を何度か目にしている。そこから調べてみようか、天王寺」
彼女も戸惑っていた。俺の提案に「はい」とだけうなずき、宝の地図と地図帳を見比べる。だが思い当たるところはなく、無為に10分が経過した。
純架はその間、スマホのインターネットTVで最もつまらないとされる『CMチャンネル』をぼけっと眺めていた。
パケットの無駄遣いだ。




