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282宝の地図事件01

   (二)宝の地図事件




 とある休日のことだった。俺はクーラーの効いた自室内で惰眠(だみん)をむさぼっていた。ふと目を覚まして目覚まし時計を見やると、時刻は午前10時半。


 あと30分だけ寝よう。俺は今体験していた素晴らしい夢の続きを楽しむべく、再びシーツを頭からすっぽり(かぶ)った。心地よい睡魔が全身を絡め取る――


「おい楼路! 楼路! 起きてんだろ?」


 ドアを叩く騒音と、それに負けないぐらい大きな声。不躾(ぶしつけ)な行為に俺は一気に夢の世界から叩き起こされた。腹立たしくて、思わずでかい声を出してしまう。


「うるせえな、何だよ!」


 無論、相手はこの3月より同居人となった、富士野朱里――俺の義妹だ。彼女とは普段からそりが合わない。風呂に入る順番や、友達との通話の騒音、お菓子を食べた食べないなどのいさかい。それは朱里がこの家に来てから、定番と言っていいほど定着した毎日の小競り合いだった。


 朱里が淑女(しゅくじょ)とは無縁な声を投げかけてくる。


「ちょっと入るぞ。オレの友達のあっちゃんも一緒だ」


 え? 客連れてんの? 俺はぱっと目覚めた。「ちょっと待ってろ」と扉の向こうの朱里を制し、急いで普段着に着替える。さすがに寝巻き姿で人に会うことは避けたかった。


 結局3分もかかってしまう。その間朱里とその連れはドアの前で待っていたことになる。朱里はどうでもいいが、お客さんには――誰だか知らないが――さすがに気が引けた。


「どうぞ、入っていいぞ」


「ずいぶんかかったな」


 俺は朱里の嫌味を受け流し、扉を開けて入ってきた二人を見る。


 朱里は見慣れているが、もう一人は初対面だった。丸眼鏡の彼女は深々とお辞儀する。


「初めまして、富士野先輩。私は渋山台高校1年2組の天王寺敦子(てんのうじ・あつこ)と申します」


 再び上げた(おもて)を見れば、何と言うか、本屋の書棚の前に(たたず)んでいたら似合いそうな感じだった。品がある、というか。俺も頭を下げる。


「富士野楼路だ。よろしくな」


「はい」


 で、この1年2組コンビは俺の部屋へ一体何しに来たんだ? 俺は2人の顔を等分に眺めた。


「それで……」


 朱里が何かを前方に、俺の鼻先へと近づけた。それはクリアファイルに挟まった、薄っぺらい一枚の紙だった。何やら描かれている。


「楼路、こいつは宝の地図らしい。お前、ちょっと解いてみせろ」


「はあ? 何で俺がそんなことしなきゃならないんだよ」


「馬鹿。あっちゃんはオレとお前が『探偵部』だと知って、この依頼を託してきたんだ。ちょっとは頭をひねらせて、問題解決に寄与(きよ)しろよな」


 俺は紙を受け取って仔細(しさい)に眺めた。上の端に『15年後の君たちへ』と題名が書かれている。そのすぐ下に車輪のようなものがついた、横に細長い箱が置かれていた。そしてそれを支えるように、その下にワイングラスの絵――Yの字と言ってもいいだろう――が描かれている。そして電車の右側に×印がつけられ、『時計 10 12 2 14 9 27』と謎の数字が添えられていた。


 裏返してみると、下の方に小さな字で『独り占めしないよう。山分け』と記されている。


「何だこりゃ」


 敦子が両手を胸の前で組み合わせた。期待を込めたまなざしで俺を見やる。


「どうです? 何か分かりましたか、富士野先輩」


 俺が首を振ると、気落ちしたようにうつむいた。俺は朱里に尋ねる。


「何でこれが『宝の地図』だって分かったんだ?」


 朱里は間抜けな答えを口走った。


「だってそれ以外に何がある? このいわくありげな模様、謎の数字、裏の文章。これだけ揃っていて、どうして『宝の地図』じゃないって言える? むしろそう見なさない方がおかしいってもんだ」


 馬鹿だろ、こいつ。


 まあともかく、俺にはこの地図だけじゃ何が何だかさっぱり分からない。俺を頼ってきたということは、朱里も敦子もまた全然不明瞭なのだろう。


――こういうときは、あいつを頼るしかない。


 俺は自分のスマホを操作した。朱里が鼻で笑う。


「何だ、人頼みか。多分相手は桐木先輩だろう? 楼路は一人じゃ何にも解決できないんだな」


「お前が言うな。……あ、桐木か? ちょっと俺んちに来てくれないか。『宝の地図』を解読するのに、お前の脳みそが必要だと思ってな」


 純架が息を切らし、上ずった声で質問してきた。


「お姉さん、パンツ何色?」


 変質者か。


「『宝の地図』とはなかなか面白そうだね。今はちょうどわんこ蕎麦(そば)早食い対決が終わったところだし、腹ごなしに挑戦させてもらうよ」


 誰と対決してたんだよ。


 俺は2人を残して1階へ降りると、玄関前まで出た。その3分後、純架が隣家の扉から現れる。噴火した山のような、もの凄い寝癖だった。


 わんこ蕎麦もこの髪型で食ってたのか……


「じゃあ上がらせてもらうよ」


「おう。入れ入れ」


 俺は気さくに彼を招き入れた。再び階上を目指す。部屋に戻ると、朱里と敦子が地図を挟んでああでもない、こうでもないと議論していた。


「あっ、桐木先輩」


 敦子が素早く立ち上がった。純架の美貌にしばし絶句する。俺の相棒は軽く点頭した。


「初めまして。僕は桐木純架。君は?」


「て、天王寺敦子です」


「君が地図を持ち込んできたのかい?」


「はい」


「じゃ、ちょっと直接調べてみるね」


 敦子はようやく「お願いします」と小声で言った。純架の妖しい相貌は、純真無垢(じゅんしんむく)そうな彼女にも通用するようだ。


 純架がクリアファイルから紙を取り出した。詳細に検査する。たっぷり時間をかけて吟味(ぎんみ)すると、元に戻してとりあえずの所見を述べた。


「インクの色褪せ方からしてこの紙が古いものであること。でも折り目などは付いていないので、大きな本にでも長年挟まれていたであろうこと。それから文字の形の硬さ・達筆さからそれなりの大人の男が書いた蓋然性が高いこと。……以上がまずは目立つところだね」


 純架は謎の題名である『15年後の君たちへ』に着目した。


「この意味がそのままなら、15年前に誰かがこれを著し、今回天王寺君が発見したのだろう。そうだね?」


 敦子はその場に正座した。


「いえ、見つけたのは母です。実は、私の父はつい2ヶ月前に亡くなったばかりでして……」


「それはお気の毒に」


 敦子は手をぶんぶん振った。


「いえ、大丈夫です。それで、私と母とで父の遺品を整理する毎日でして……。そこで長年放置されていたままの、父が親戚から譲り受けたという『ブリタニカ国際大百科事典』の山に出くわしたんです」


「ああ、それなら知ってるよ。やたらでかくて分厚くて、それが何十冊もあるんだよね」


「私と母は処分してしまおうかと考えたのですが、やはり高価なものですし、ついついもったいなさに気が引けてしまいます。で、母が何の気なしにページを開いていたところ、まるで隠れんぼしているかのように挟まっていたのが、この紙片だったというわけです」


 純架はつり込まれて聞き入っている。敦子は何だか得意そうに続けた。

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