274演劇大会事件12
「もううちの開演まで時間がない。最終稽古をやるんだ、三浦さん! やるからには優勝を狙わなきゃ!」
「は、はい……!」
雄之助が俺たちに頭を下げる。
「桐木先輩、富士野先輩、ありがとうございました。今は時間がないので、本格的なお礼はまた後日にします。では」
雄之助が引きずる形で、2人は花壇そばから立ち去る。二人が完全に視界の中から消失すると、純架は改めて鞄を片手に提げた。
「僕たちも自分の教室に戻ろう。……僕は以前君に言ったよね? 人は演じて生きている、と。四人もいた脅迫者たちは、皆人畜無害な顔を平然とこなしていた。僕に正体を暴かれるまで、ね。まさに僕の説の正しさが裏付けられたじゃないか」
「俺は演じてなんかいないぞ。俺は富士野楼路以外の何者でもない」
「それが演じているって言うのさ。まあ、それをいうなら僕も、『探偵同好会』会員たちも、それどころかこの高校に通う全教師・全生徒すらも、自分自身を演じていると見なしていいだろうけどね。それが良いことか悪いことかは、三浦さんの極端な例を除けば、どうとも断言できないよ。まあ、ともかく――以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」
こうして舞台『好きな人へ』は無事に敢行された。西真紀子の類まれな演技力と、川勝雄之助の引けを取らない好演によって、涙する観客は多数だった。フィナーレでは万雷の拍手と歓声が体育館を席巻し、顔を紅潮させた出演者たちは喝采にお辞儀で応えるのだった。ちなみにその間、揚羽は純架たちと共に体育館後方で立ち見していた。凶行を封じられた揚羽は、恋の終わりにただただ涙するのだった。
俺たち2年1組の『一杯のインスタントラーメン』は思ったより――というか、思った通りに――不評で、客席からはあくびや会話の音が始終止まらず、久川は涙を飲んだ。純架は音響係を完璧にこなしたが、劣勢を挽回することなど出来やしなかった。
そして第一回『百花祭』最優秀賞の栄冠は、3年2組の『ロミオとジュリエット』の頭上に輝いた。1年2組の『好きな人へ』は脇役の演技の下手さ――まあ純架の手で事件が解決されて、動揺を引きずっていたのだろうが――で、準優勝の成績に甘んじた。
翌朝、俺たち『探偵同好会』の元に川勝雄之助と富士野朱里がやって来た。大量のお菓子――どら焼きやお餅、団子などを携えて。
「今回は本当にありがとうございました。結果は2位でしたが、最高の演技が出来たので満足してます。きっと天国の父さんも僕の晴れ姿を見てくれたことでしょう」
深々と頭を下げた。元に戻ると、あらゆる懊悩が晴れたさっぱりした顔が、俺の瞳にまぶしく映る。
「これ、差し入れのお菓子です。小遣いをはたいて買ってきました。ぜひ皆さんでお召し上がりください」
これに飛びついたのが健太だ。
「おいら、食べちゃってもいいかな?」
英二が彼の背中を叩く。
「存分に食え。お前も俺たちの一員なんだからな」
俺はにこにこ笑っている義妹の朱里に尋ねた。
「何でお前までついてくるんだよ。関係ないだろ?」
「あーっ、そんなことオレに言っていいのか?」
朱里は純架に正対した。
「川勝に聞いたんですけど、『探偵同好会』はまさしくオレのクラスの問題を上手く解決したそうで。その御礼でもあるし、口約束を果たすのでもあるし、面白そうでもあるし……それで、オレ決めたんです。『探偵同好会』に入会しよう、って。確かオレが入るとちょうど10人で『探偵部』に昇格するんでしょう?」
純架はどこに隠し持っていたのか、クラッカーを打ち鳴らした。破裂音が室内に響く。
「待ってました! 大歓迎するよ、朱里君! 今入会用紙を用意するね」
こうして『探偵同好会』は10名になった。『百花祭』は俺たちにとっても、川勝雄之助にとっても、実に有意義にその終わりを迎えたのだった。




