272演劇大会事件10
真紀子はどうしたものかと途方に暮れた。しかし、事実を認める以外に許される方法がないと悟ったか、やがてきっぱり言った。
「……はい、認めます。4通の脅迫状を書いたのは私です。動機も桐木先輩がおっしゃった通りです。あまり深く考えず、家で良く使っている万年筆でしたためました。……博之君」
それまでぼうっと傾聴していた博之が、名前を呼ばれて目を覚ましたようになる。
「何だよ、真紀子」
「今これを言う資格はないと分かってますが……。私、西真紀子はあなたがまだ好きです。覚えておいてください」
「ああ」
今度は博之が途方に暮れた。
賢介が真紀子をなじる。
「おい西、4通4通って、脅迫状は9通あるんだぞ。何で全部認めないんだ? 中途半端は良くないぞ。犯人なら犯人らしく、大人しく全部吐き出せよ」
純架が賢介の紙を取り上げた。
「不動君、君がそれを言っちゃあいけないよ。何故なら君もまた犯人の一人じゃないか」
「えっ?」
賢介が見るからに狼狽する。口をパクパク開閉させる彼へ、純架は容赦なく語を継いだ。
「君は神田晴さんが好きだ。これは聞き込みの結果で判明している」
晴が目を丸くして賢介の顔を直視した。
「そうなの、不動」
「いや……その……」
純架が賢介の紙を指で弾く。
「君が書いたのは8通目の『幹久役を降りなければ酷い目に遭う』だ。この脅迫状は『る』の文字がない。今君が記した『幹久役を降りる』の中の『る』は、だから緊張もなくのびのび書かれている。『幹久役』はそっくりなのにね。君は一連の脅迫状事件に加担した共犯者だ」
そして、と純架は晴を見た。
「神田晴さん。君もまた、共犯者の一人だ」
一瞬静寂が訪れる室内。やがて晴が、もろいガラスを叩き割るように叫んだ。
「ちょっと、桐木先輩! あたしが何の犯罪を犯したって言うのよ?」
純架は舌鋒鋭く追及する。
「もちろん、3通目の脅迫状――『幹久役を降りなければ不幸を招き寄せる』を、川勝君の机に投函した犯罪だ。若気の至りじゃ済まされないよ」
晴はこれに抗しようとしたが、どうやら真実らしく、その声はためらいがちになる。
「何でよ。もしそうだったとしても、あたしがそんなことしなきゃならない理由は? 動機は何?」
「川勝君への恋慕だ」
晴は見るからに動揺し、うろたえた。
「な、ななな何であたしが川勝を?」
純架は苦笑した。
「川勝君から教えてもらったよ。5日前、君は川勝君に愛の告白をして、ものの見事に玉砕したってね」
晴はゆでダコのように真っ赤になって口も利けない。
「君はたとえ舞台の上での脚本通りの展開でも、大好きな川勝君が西さんに愛の告白をすることが許せなった。だから面白半分、冗談半分で彼の机に3通目となる脅迫状を忍ばせたんだ。僕ら『探偵同好会』が見せた2通の脅迫状を参考にして、ね。願わくばそれで川勝君が幹久役を降りてくれないかな、と君は期待したんだ」
純架は言語の刃で晴を打ち据えた。
「その後、君は脅迫に屈しない彼に改めて惚れ直した。それゆえ5日前、いてもたってもいられず告白に踏み切ったんだ。まあ結果はお気の毒だったけどね」
晴は心から出血したらしく、うつむいてポツリと零した。
「悪かったわね」
これが、この前の純架と雄之助のひそひそ話だったってわけか。純架が続ける。
「ばらして悪いね、二人とも。……この告白失恋劇を不動君は知ったようだけど、川勝君が話したんだよね?」
雄之助が肯定した。
「はい。不動が神田のことを好きだったなんて知りませんでしたから、つい親友ということもあって、口を滑らせてしまいました」
賢介は忍耐の限界に来ていたらしい。握り締めた拳が垂れて震えている。面を上げた。
「……そうです。こうなれば俺も認めましょう。あれは4日前のことでした。俺は昼休み、一緒にパンを買った帰り、川勝から『神田に告白されたけど断った』と聞かされました。俺は深いショックを胸に受けながら、何故神田を振ったのか尋ねました。川勝は、『今は演劇に集中したいし……。それに神田は僕の好みじゃないから』と答えます。俺はたとえ仲のいい友達とはいえ、晴の想いを踏みにじった川勝が許せなかった。まるで大事な宝物を汚されたようで……。放課後、帰宅した俺は、怒りに任せて脅迫状を書きました。1~2通目と4~7通目のそれを真似して、憤怒を発散させるために。そして3日前、本当に朝早くに登校して、教室に一番乗りした俺は、誰かが来る前に素早く川勝の机に脅迫状を放り込んだんです」
俺はどろどろの関係にある5人を眺め渡した。まだこの高校に入学して間もないのに、よくもまあここまでこじれたもんだ。
「つまり犯人は3通目が神田晴、4通同時の4~7通目が西真紀子、8通目が不動賢介ってわけか。それじゃ1通目と2通目、それから最後の9通目を出した、黒ボールペン・油性インク・白紙ノートの犯人は誰なんだ?」
純架は紙を回収し、鞄に詰め込む。
「それはことを大げさにしたくないから、川勝君と楼路君だけ一緒に来てくれたまえ。時間がない、決着をつけよう」
英二が机を軽く小突いて音を出した。
「純架、俺たちは除け者かよ」
「悪いね。他の同好会会員たち、それから1年2組のキャストは、それぞれのクラス演目のリハーサルに参加してくれたまえ。さあ動いた動いた」
俺は解消していない問題について純架を問いただした。
「なあ、俺たち同好会員がボールペンで紙に書く意味はあったのか?」
「全然ないよ」
ふざけんな。
そうして純架は、中庭の花壇そばまで俺と雄之助を連れて行った。そこには先客がいた。
「三浦揚羽……」
そう、1年2組の暗い演出家、三浦揚羽その人だ。彼女は現れた純架に、まずは抗議した。
「桐木先輩、なんでこんな大事なときに演者を連れて行っちゃうんですか……。直前稽古の時間をみすみす潰して……。それにあたいも、こんな場所に呼び出して……。一体何なんですか、これ……」
そう言って突きつけてきたのはノートの切れ端。下手な字――利き腕でない方で書かれたのだろう――で、『話がある。今日11時に中庭花壇そばで待つ。桐木純架。P.S.チャーシュー麺とカツ丼』としたためてあった。
出前じゃない。
何と純架の手紙だ。今までの脅迫状を模していることは明らかだった。
「どうやってあたいの机を知ったんですか……?」
「1年2組担任の藤松峰子先生に尋ねておいたんだ。僕が『探偵同好会』の活動の一環だと告げると、あっさり教えてくれたよ」
揚羽は青ざめた顔で緊張しており、寒くもないのに震えている。
「それで、話っていうのは……」
「これらについてだよ」
純架は鞄をまさぐり、1通目と2通目、それから9通目の脅迫状を取り出した。揚羽の氷のような顔に見せびらかす。
「これら川勝君への脅しの手紙。書いたのは君だね、三浦さん」
俺はどんな顔をしていいか分からなかった。
「マジかよ、純架」
雄之助は明らかになった脅迫者に、怒りと恐れの両方を感じている様子だ。
「本当なんですか? 桐木先輩」




