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268演劇大会事件06

 朱里は捜査にも協力してくれて、1年2組の教室にも毎朝早く登校。不審な動きをするクラスメイトがいないか注視してくれた。もっとも、脅迫状が前日の放課後に投函されているのであれば、全くの空振りに終わるのだが。


 その放課後に、純架に指図された健太や誠、真菜や奈緒など同好会員たちは、部活や自宅に赴こうとする1年2組生徒を呼び止めて質問した。主に『好きな人へ』の出演者について、彼らの視界の及ばない範囲で詳細や噂話等を聞き出すためだ。


 てっきり収穫なしに終わると思いきや、予想外に新情報がもたらされた。山本という男子生徒から、みなもの父役・不動賢介の噂について知ることが出来たのだ。


 何でも彼は、高校入学後すぐに神田晴に一目惚れしたという。今回誰もがやりたがらない演者に名乗りを上げたのも、みなもの母役に晴が立候補したためらしい。たとえ舞台の上でも、好きな女子と夫婦役をやれることは、彼にとって望外の喜びなのではないか、ということだ。


 真菜からその報告を受けながら、純架は速記のようにルーズリーフへみみずがのたくったような文字を書き込んでいった。俺はいぶかしむ。


「それ、後で読めるんだろうな」


「いいや。全くもって解読不可能だよ」


 じゃあ書くなよ。




 その後は何事もなく、また新事実が明らかになることもなく、『百花祭』まで残り1週間となった。朱里だけ早朝登校させるのも気の毒だし、俺と純架も早起きして付き合った。まあ、我がクラスの劇『一杯のインスタントラーメン』の準備もあったのだが。


 その途中、朱里が鞄をまさぐる。取り出したのは、透明なクリアファイルに挟まれた肖像画だった。サイズはA4で、若干少女漫画チックだ。


「どうです、桐木先輩。友達に描いてもらったんですよ。まあどっちかって言ったら肖像画というより似顔絵に近いかな。これを見ると、改めてオレの美貌が再確認できるってものじゃないですか!」


 俺は軽口を叩いた。


「また偉く美化されて完成してるな。本物はこんななのに」


 直後、俺の臀部でんぶに強烈な痛みが走った。朱里が俺にムエタイキックを炸裂させたのだ。痛いな。


「楼路、お前は余計なことを言い過ぎなんだよ」


 校舎に辿り着くと、各クラスの廊下に作成途中の舞台装置が置かれているのが散見された。俺はまるで渋山台高校秋の名物・白鷺祭しらさぎさいをほうふつとさせる賑わいに、心が浮き立ってくるのを覚えた。


「本当に演劇大会をやるんだな。何か実感が湧いてきたよ」


 純架が俺の義妹をクラスまで送る。


「朱里君は何の担当なんだい?」


「照明だよ。場面転換とかで暗くしたり明るくしたりするための、まあ簡単な仕事だな」


 1年2組に着いた。あれ? 役者たちが『好きな人へ』の稽古に朝早くから励んでいるかと思いきや、そこには誰もいなかった。朱里が首を傾げる。


「あいつら、今日は練習しないのかな。……まあいいか。じゃあね、桐木先輩、楼路」


 朱里と別れ、俺たちは2年1組へ向かう。


「最近は脅迫状が新たに届いたという報告もないし、平和でいいね」


 だがそれが甘い見通しだったことを、俺たちは直後に知らされた。何と俺たちの教室に、1年2組のキャストたちが勢揃いしていたのだ。博之以外、皆片手に紙片を提げて落ち着かない顔をしている。純架が一瞬にして表情を引き締めた。


「どうしたんだい。僕らを待ち受けていたようだけど」


 雄之助が代表して語った。唇が紫色だ。


「演劇の本番まで少しでも上達しようと、最近は皆で早朝稽古を行なっているんです。ところが、今朝教室について自分たちの机を調べたら、こんなものが……」


「どれどれ、見せてごらん」


 それはキャスト5人中4人に宛てられた脅迫状だった。




『幹久役を降りなければ死の深淵に投げ込まれる』――


『みなも役を降りなければ死者の列に加わる』――


『父役を降りなければ命が絶たれる』――


『母役を降りなければ誅殺される』――




「ほう。今回の4通は全て、A罫ノートに万年筆の線で染料インクだ。筆跡はやっぱり大きく乱雑だけれども、前3回とは明らかに異なるね。犯人もなかなか味な真似をしてくれるじゃないか」


 幹久役の雄之助、みなも役の真紀子、父役の賢介、母役の晴。全員が、今回は明らかに『死』を連想させる脅迫文を受け取ったってことか。


 あれ、でも……


「医者役の石井には何も来なかったってのか?」


 博之は大笑した。そこに嫌味はない。


「まあ俺、人から恨みをかわない性格? って言うんっすかねえ? 人徳って奴っすよ。ははは、犯人も俺の魅力にメロメロとか」


 その軽い態度は賢介のかんに障ったようだ。


「あのな石井、お前が今回の犯人だっていう可能性があるんだぞ」


 博之は思わぬことを言われた、とばかりに呆けてみせた。


「へ? 俺が?」


 晴が賢介の指摘を補強する。


「そうよ。あんたにだけ届いてないっておかしくない? あんたが犯人で、他の4名に書き送ったってことじゃないの?」


 博之は心外と言いたげだった。


「あれ、何だよ2人とも。真剣な顔して『お前が犯人だ!』みたいなこと言い出して。俺は潔白っすよ。ねえ桐木先輩?」


 純架は腰に両手を当てた。


「現時点では何とも言えないけど……。僕の勘では、これは僕ら『探偵同好会』に対する挑戦状だと見るね。周辺を探られている、と気付いた犯人が焦って、家でしたためて、昨日の放課後に1年2組の4つの机に投函したんだ。むしろ犯人は受け取った4名の中にいる蓋然性が高い、と考えた方が良さそうだよ」


 真紀子が明快に反発した。


「私たちを疑うのですか?」


「僕の勘ではね。繰り返すけど、現時点では何とも言えないよ」


 博之が両足で拍手しかねない勢いで図に乗った。


「ほうら。やっぱり俺じゃないし」


 純架は雄之助たちに手を差し出した。


「ともかく気味が悪いだろうし、僕もよく吟味したいし。4通の脅迫状は『探偵同好会』が預かっておくよ。君たちは教室に戻って、朝の稽古に精を出したまえ。わざわざ来てくれてありがとう。一応念のため、全員身辺に気をつけて学校生活を送るんだ。いいね?」


 雄之助たちは純架に殺害予告の紙片をまとめて提出した。


「……じゃ、帰って劇の練習だ。帰るよ、皆」


 哀れな被害者たちは――博之は一人鼻歌を歌っていたが――足並みを揃えてぞろぞろと去っていった。




 その日の放課後、旧棟1年5組の部室に集合した『探偵同好会』一同は、現在の状況を前にああでもない、こうでもないと議論した。


 英二が明敏なところを披露する。


「4通の新たな脅迫状を見る限り、『危害を加える』との表現はばらばらだ。別に全部『殺してやる』とかでも済んだのにな。犯人はその辺りに気を使うタイプらしい。そんな文学的なセンスの持ち主と言えば、ヒロイン・藤波みなも役の西真紀子が該当するんじゃないか? 演劇部で脚本はよく読むだろうし。自分自身にも送ったのは、俺たちの疑いから逃れるためだろう」


 純架はこの意見に賛成した。


「大いにありうるね。万年筆のブルーブラックで書かれていることもそれを強調している。万年筆は極めて個人的なツールで、一日一回使うことが最良のメンテナンスと言われるほどデリケートなんだ。しかしその分弱い筆圧で書けるという利点があり、長文執筆に向いている。……でももし西さんが今回の執筆者だったとしても、その道具である万年筆を学校に持ってくるような、そんな愚かな真似は決してしないだろうけどね」


「駄目か」

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