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267演劇大会事件05

 純架は手厳しかった。


「しょうもないご都合主義だね。そんな偶然、あるわけなかろうに」


 俺は苦笑して同意しながらも、新しい友達の肩を持った。


「おいおい、せっかく川野辺が書いてくれたのに……。別にいいじゃないか」


「だいたい男三人のむさ苦しいキャストも好きじゃないよ。華がない、華が」


 ちなみに純架と俺は音響、奈緒は小道具、日向は衣装を担当している。竹下役は相川達治あいかわ・たつじ、大将役は久川浩介ひさかわ・こうすけ、斉藤四郎役は安西翔太あんざい・しょうた、脚本兼演出は川野辺雅史かわのべ・まさしが務める。


 まあ、どうでも良かった。優勝が狙える脚本じゃないが、全員ミスなくこなせば入賞はありえるかも。


 一方、1年2組の方はやっぱりというか、残念というか、新たな動きがあった。放課後にああでもないこうでもないと与太話に華を咲かせていた俺たち『探偵同好会』の部室に、雄之助が訪ねて来たのだ。深刻な顔つきで……


 彼が鞄から紙切れを取り出すと、純架は明敏にも事態を悟った。笑いの絶えた室内で手を差し出す。


「どれ、見せたまえ」


 雄之助が手渡したそれには、下手糞な字でこう書かれていた。




『幹久役を降りなければ不幸を招き寄せる』――




 またか。また脅迫状なのか。これで計3通目だ。雄之助の相貌は晴れない。


「しばらく何事もなくてほっとして、これは取り越し苦労に終わるかな……と思っていたんですが。今朝、それがまた僕の机に紛れ込んでいました。もういい加減にしてほしいです」


 純架は顎をつまんで文句を眺めていた。


「ふむ。誰が入れたかは相変わらず分からない、ということかね。……今度はB罫けいのノートの切れ端に水性染料インクのボールペンで書かれているね。右側で千切られているから、ノートの最終ページを使った可能性がある」


 俺は卑劣な犯人に強い憤りを感じながら尋ねた。


「他に分かることは?」


 純架は3枚の脅迫状を机の上に並べた。


「そうだね、また利き腕じゃない方で雑に書かれてる。『幹久役』の筆跡も大胆に違うね。どうやらこの前脅迫状を見せた4人のキャストの内の誰かが、1~2通目を真似て示したんだよ。模倣犯って奴さ」


 英二はしかし、その推理に歯止めをかけた。


「犯人が俺たちの捜査に恐れをなして、撹乱する目的でわざと違うペン、違う筆跡、違うノートを使った可能性もあるぞ」


 純架は冷静にその意見を受け止めた。


「そうだね、その線も――薄いとはいえ――ないとは言い切れない。頭の片隅に入れておこう」


 雄之助に向き直る。厳しい声で話しかけた。


「川勝君。これでもまだ幹久役をやりたいかい? 降りてみようとは考えないのかい?」


 雄之助は一歩も退くつもりはないようだ。


「ええ、考えません。……僕はこの役に思い入れがありますから」


 結城が着席した雄之助にコーヒーを手渡しながら聞く。


「それは、どんな?」


 雄之助は目礼すると、内心を吐露し始めた。


「実は僕の父、川勝裕也かわかつ・ゆうやは、僕の幼少の頃に癌で亡くなりました」


 純架が衷心よりつぶやいた。


「それはお気の毒だったね」


「父さんが生きていた頃は、母の冬美ふゆみ、姉の紅葉もみじと一緒に、病院へ父を見舞いに行くことが日課だったんです。僕は父さんの病気の進行になす術もなく、ただ見守り励ますことしか出来ませんでした。父さんは生前、そんな僕の頭髪をくしゃくしゃに撫でて、『男はお前一人になる。お母さんとお姉さんをよろしくな。頼んだぞ』と繰り返し説き聞かせてくれました。そして僕は無力のまま、家族全員で父さんの最期を看取ったのです」


 雄之助は当時の無念を追想したか、歯を食いしばって拳を固めた。やがて長く息を吐き、注いでもらったコーヒーで喉を潤す。


「だからこそ僕は、ヒロインの藤波みなもを励ます岡田幹久に、どうしても自分自身を重ねてしまうんです。『好きな父さんへ』――。この舞台の主役を務め上げることで、天国の父さんに立派な姿を見せてあげたいんです」


 純架と視線を交錯させた。強く訴える意志が内在している。


「それが僕の念願です。僕はどうしてもこの役を降りることは出来ないんです。どうしても」


 部室の皆は静かに、この独白を聴き終えた。英二が感心を隠さない。


「そうだったのか。なかなか殊勝な覚悟だ」


 純架は髪を掻き回し、視線に応えた。


「じゃあこの問題をこれ以上大ごとにして、広く拡散されることは避けたいってことかね?」


「はい。僕が脅迫されていることは、既に知ってしまった人以外――他の生徒や先生方には、最後まで極力内緒にしていてほしいんです。今の僕にとって、主役から降ろされることが何よりも苦痛なのですから」


 純架は雄之助の崇高な態度に感服したようにうなずいた。


「……分かったよ。君が洋画『トランスフォーマー』に出演したいってことは」


 本当に分かったのか?


「ともかく君の心がけは身に沁みた。残り2週間、僕らは最善を尽くすよ」


 雄之助が安心して帰っていった後で、メンバーは色々話し合った。純架が大きく斜めに傾斜した陽光に、その半身をあぶられる。


「今のところ犯人は一人なのか、複数のグループなのか、それすら分かっていない。何で犯人――もしくは犯人たち――は、川勝君が主役の幹久役を演じることをこうまで嫌うのだろう? 動機は何だ? こんな、ひょっとしたら停学処分にすらなりそうな危険を冒してまで……」


 誠が問いただす。


「お手上げってことか?」


「現時点ではね。何にせよ犯人が諦めていないってことはこれで確実になったし、我々ももっと積極的に動き出すとしよう。まずは1年2組の役者の人間関係を探るんだ。嫉妬や怨恨は人間の憎悪の根本だからね。彼らの交友関係に何らかの手がかりが見つかるかもしれない。……それから手っ取り早いのが、犯人が川勝君の机に脅迫状をしのばせる現場を押さえることだね」


「私が桐木君たちに捕まったときみたいに、また張り込みをするの?」


『折れたチョーク』事件のことを言っているのか。純架は否定した。


「いや、今度は自分のクラスでないばかりか、後輩の教室だからね。それはやめておこう。変質者として先生方からお叱りを受けかねない」


 純架はその声に怒りをにじませた。


「ともかくこの事件は『探偵同好会』への不敵な挑戦でもある。皆で手分けして聞き込みを行なうんだ。どんな些細な情報でもいい、調べに調べてくれ。では、今日は解散するとしよう」




 翌朝。もうすっかり、俺と純架と朱里が並んで登校する光景が当たり前となっていた。朱里は別段純架に惚れたわけではないが、その奇行を目撃することに快感を得ているようだ。


「今日はキコらないんですか、桐木先輩」


 奇行することを「キコる」という言語感覚はよく分からない。

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