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261純架と日向のデート事件04

 奈緒は純粋に喜び、その場でジャンプしかねなかった。


「やったあ。店員さん、これください!」


 金額を見てびっくりした。これ、7千円もするのかよ。でも今更後には引けない。何より、俺の彼女が歓喜しているのだ。ここは男らしく支払おうじゃないか。


 二つのネックレスを袋に包んでもらう。奈緒は一方を俺に託した。


「嬉しいなあ。大事にするね!」


「そりゃ、大事にしてもらわないと困るよ。まあ俺も大切にするけどさ」


「えへへ、好きよ、楼路君。……って、ええっ?」


 そこに現れたのは、何と『探偵同好会』の英二と結城の2人だった。英二は青いカシミヤテーラードジャケットにグレーのパンツ。結城はいつもの紺のスーツ姿だ。2人も心底驚いていたが、英二の方は一瞬の自失から容易に立ち直った。


「何だ、楼路と奈緒のバカップルか。お前らも買い物か? 奇遇だな」


 奈緒が当然の疑問をぶつける。


「三宮君も結城ちゃんも、何でこんなところにいるの?」


 俺はすぐにピンと来た。


「ははあ英二。お前らもデートってか?」


 英二は少し顔を赤らめた。何を可愛らしい反応をしている。


「悪かったな。たまには2人で遊ぼうって話でな。まあ半径20メートル圏内で黒服たちが護衛してくれているんだが……」


 それ、2人で遊ぼうって感じじゃないな。しかし英二がこんな庶民向けアクセサリーショップに足を運ぶとは……。結城が特にねだったのかもしれない。


 そこでタイミング悪く、向かいの店から純架たちが出てきた。英二が口笛を吹く。


「おっ、あれは辰野じゃないか。隣のサングラスはカーディガンと体格からして純架だな! あいつら、俺の目を盗んでデートしてるのか?」


 奈緒が額を手で押さえて「あちゃー」と弱り果てている。それは俺も同じ気分だった。せっかく秘密にしてきたのに、英二と結城も知ってしまった。結城が口元を手で覆う。


「あのお2人、お付き合いされてたんですか? 初耳です」


 何も知らぬ純架たちは、買い物袋を提げて通りを北進していく。俺は奈緒の手を引っ張った。


「尾行再開だ、奈緒! 行くぞ!」


 英二がそれを耳にして顎をさすった。


「へえっ、お前らあの2人を追跡してるのか。何だか面白そうだな。俺たちも付き合うぞ。来い、結城」


「はい、英二様」


 奈緒はといえば、俺に引きずられながらすっかり困惑の生ける絵画と化していた。




 こうして尾行者は2人から4人に増えて、純架と日向のカップルを追いかけていった。奈緒は英二と結城が合流してからというもの、生気に乏しくうなだれていた。


「どうしたんだよ、奈緒。さっきまで乗り気だったのに……」


「何でもないわ」


 純架たちはカラオケ店に入った。2人きりで歌唱大会と励むらしい。英二は2人がカウンターから立ち去ると、彼らのすぐ近くの部屋を指定し、俺たちの誰よりも早く先を急いだ。完全にやる気になっている。


 室内に入ると、窓から純架たちの部屋のドアが丸見えだった。英二はこちらに勘付かれてはまずいと、黒服たちからサングラスを借りる。結城も同様にした。


 俺は腕時計を眺める。午後3時。純架たちはしばらく出てこないだろう。


「ただ待つのも何だし、少し歌わないか?」


「そうだな」


 英二はマイクを手に取り、機械を操作した。


「俺の美声を聴かせてやる。堪能しろよ」


 そして流行の曲を3つ、立て続けに歌った。英二は声変わりをしていないので、その声音はやたらと高かった。しかし採点は三曲とも90点を超える。


 俺は不満を口にした。


「何でだよ。カラオケが壊れてるんじゃないか?」


 確かに抑揚も伸びも強弱もかなりの出来栄えだったが、俺の平均である70点を軽く上回るとはどういうことか。俺は英二からマイクを引ったくり、サザンの好きな曲『みんなのうた』を熱唱してみせた。負けてたまるか、と意固地になる。


 それが良くなかったのか、終わってみれば得点は73点だった。


「何でだよ……」


 英二が爆笑している。くそ、むかつくなあ。


 その後、俺と英二と結城は得点を競い合った。奈緒は具合でも悪いのか、白い顔を更に真っ白にして塞ぎこんでいる。俺は彼女を無理矢理誘い、デュエット曲を共に歌唱した。それでも彼女の元気が戻ることはなかった。


 俺がどうしたのかと声を掛けようとした、そのとき。


「待った! 純架たちが部屋を出て行ったぞ!」


 英二が扉の窓から外を覗いている。俺も奈緒も、結城も黒服たちも一斉に立ち上がった。英二が先陣を切る。


「続け、お前ら!」


 純架と日向に気付かれないよう、彼らが店外に去ってから急いでカウンターで清算する。英二のおかげでただでカラオケできた。ラッキー。


 英二がにやりと笑った。


「さあ、明日あいつらを驚かしてやるためにも、最後まで気を抜くなよ!」


 俺はそれが可笑しくて、思わず噴き出してしまった。


「一番張り切ってるな、英二」


 結城もつられたように頬を緩めた。


「ふふ、英二様が生き生きしてらっしゃる」


 奈緒はしかし、一向浮かない顔で最後尾についてきた。


「やれやれ……」


 外はもう夕暮れだった。街は帰宅を急ぐ人や車で騒然とし、引き伸ばされた白紙のような雲が、日没にあがく太陽の手で紅蓮に染め上げられている。またたき出した星々は夜の主役――夕月ゆうづきを招き入れ始めた。


 純架と日向の様子がおかしい。突然早足で歩き出して、まるで誰かを尾行しているような感じだった。俺も英二も結城も奈緒も、その違和感を口にした。


「変だぞ、あいつら。尾行されている身の癖に」


「楼路、純架たちの今後の予定は知ってるのか?」


 俺は頭を振って否定すると、乏しくなってきた雑踏の流れに、慎重に足を運んでいった。


「今度はどこへ行く気だ……?」


 やがて純架たちは、街外れの怪しい通りに進んでいった。お城のような建物が目立ってくる。


 そして――


 俺たちは彼らの姿を消した先を見て吃驚した。顎が外れるぐらい口を開けっ放す。


「ラ、ラブホテル!」


 何と純架と日向は、ラブホに入っていったのだ。英二が愕然としている。


「おいおい、何考えてるんだ!」


 俺は紫色に支配されつつある天を仰いだ。


「見てはいけないものを見てしまった……」


 結城がぽつりとつぶやいた。


「進んでますね……」


 そこで奈緒が迷いを吹っ切ったような声を出した。


「やり過ぎよ、桐木君!」


 その言葉を俺は聞きとがめた。


「やり過ぎ?」


 奈緒は長く息を吐いた。腕を組み、説明を開始する。


「実はこれ、やらせなんだ」


 英二が虚をつかれたように返した。


「やらせ?」


「ごめんね楼路君。全ては君を騙すために、私と桐木君、日向ちゃんが仕組んだことなの」


 俺は彼女が何を言っているのかさっぱり分からなかった。


「俺を騙すために? どういうことだ?」


「実は日向ちゃんは日向ちゃんで、昨日私に相談してきたのよ。桐木君との初デートをどうしたらいいか、ってね。私はそのとき初めて知ったんだ。2人が付き合ってることを」


「マジかよ」


「うん。だから楼路君から電話があったとき、楼路君もこの秘密を知っていることに驚いたの。でもそこはぐっとこらえてみせたけどね」


 ああ、そういえば絶句してたっけ。

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