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253英二と誠の決闘事件01

   (三)『英二と誠の決闘』事件




 入学式から2週間ちょっと。最近急激に気温が上昇し、春らしい陽気となった。つぼみだった桜は満開となり、校庭に数本生えているそれも鮮やかな色彩で見る者の感性に訴えかけている。


 そんな土曜日の放課後。渋山台高校旧棟1年5組の『探偵同好会』部室に、会員全9名が顔を揃えた。特に事件もなかったので、ただインスタントのコーヒーを片手にだべるだけである。会長である純架は乃木坂46の齋藤飛鳥さいとう・あすかの写真集『潮騒』を眺めながら、「この子いいよね~」と40代のコメントを述べていた。


 かと思うと、本を健太に渡してしゃがみ込む。両手を後ろに回し、体に悪いだけのうさぎ跳びを敢行し始めた。汗だくになりながら室内を一周すると、段上に上がって黒板の前で立ち上がる。黄色いチョークを手に取り、『歯並』と書いた。


「どうだい皆。新1年生・柳健太君の歓迎会も兼ねて、同好会全員でお花見としゃれ込むのは」


 どうやら『花見』と書きたかったらしい。うさぎ跳びの無駄に無駄を重ねた感じが彼らしかった。


「近くの桜ヶ峰公園は文字通り桜の名所で、毎年多くの観光客で賑わうのは皆も知っての通りだ。お花見客も春爛漫はるらんまんを楽しみながら、缶ビールなどをあおって酔っ払うといった具合だ。明日の日曜日、我々も出張ってビニールシートを敷き、買ってきたお菓子やジュースを口にしながら、和気藹々(わきあいあい)と話そうじゃないか。どうだい?」


 一も二もなく了承したのは奈緒だった。


「いいわね、賛成! でも予算はどうするの?」


 純架は真菜の差し出したタオルで顔の汗を拭いながら答える。


「毎回英二君を頼るわけにもいくまいよ。今回は全員でお金を出し合って割り勘といこう。僕が朝一でスペースを確保するから、午前中に別働隊がお菓子等を購入してくるんだ。で、午後から夕方まで宴会、というわけさ」


 日向がスマホをいじり、何やらチェックしている。その顔が明るくなった。


「明日のお天気は降水確率0パーセントの快晴ですよ!」


 どうやら天気予報を調べたらしい。真菜が両手を組み合わせてうっとりと目を細めた。


「純架様と桜の舞い散る中会食……。最高ですです」


 英二はしかし、あまり気乗りした様子ではなかった。どことなくぼうっとしている。


「別に花見なんてここでも出来るだろ。桜なんてこの部屋の窓から外に生えてるのを見下ろせばいい。何も桜ヶ峰公園まで出張らなくても……」


 その様子に口撃したのが誠だった。


「何だよ、風情のないことを言う奴だな。会長の意見に反対するな」


 突き放すような、冷たい言い方だった。どこか苛立たしげだ。俺は何か気に入らないことでもあったのかと考える。


 英二はむすっとした顔で誠に応じた。


「俺はただ自分の意見を述べただけだぞ」


 結城がすかさずご主人様をサポートする。


「英二様を縛ることは会長の桐木さんでも許されません」


 純架はいつの間にか履き替えたらしい下駄を鳴らして、大仰に歌舞伎の見栄をきった。


「桐木純架に、お任せあれ~!」


 ビジネスソフトのCMかよ。


「まあまあ、桜の散りゆく様を目前で楽しむのが花見の醍醐味だいごみなんじゃないか。英二君、分かってくれたまえ」


 英二はむっと眉をしかめた。


「何だよ純架、藤原の肩を持ちやがって」


 誠はせせら笑った。挑発的な態度だ。


「ふん、ざまあみろ」


「何だと」


 英二も苛立ってくる。場の空気は険悪なものとなった。純架が手を叩いた。


「落ち着きたまえ、2人とも。僕の脱毛が激しくなるじゃないか」


 抜け毛に困っているのか?


 結局その日は明日の段取りと予算案を決めて解散となった。英二と誠は互いに目も合わさず、時間差で帰宅の途についた。




 というわけで翌日、日曜日。


 言いだしっぺの純架は最もきつい役目、場所取りを任された。妹の愛に尋ねたところ、まだ太陽も顔を出したばかりの朝っぱらから、ビニールシートを抱えて桜ヶ峰公園に出かけていったという。いい場所を取るためとはいえ大変だ。


 俺はといえば、1年の健太と組んで荷物運びだ。奈緒、日向、真菜の女子3人は、昨日部員全員からかき集めた7200円を財布に入れて買い物役である。それに随行するのだ。


 それにしても健太は大きい。聞けば正確には188センチもあるという。あの喧嘩百人力の古志慶介を圧倒するだけの実力を秘めているかと思うと、彼を怒らせてはいけないな、と心に固く誓わざるを得ない。


 健太はそんな俺の思いを知る由もなく、従順に買い物袋を両手にぶら提げてこき使われていた。『きのこの里』『たけのこの山』のどちらを買うかで奈緒と真菜が揉めたり、重たい2リットル入りペットボトルのお茶を複数持たされたりしながら、買い物は順調に進んでいった。


 途中、奈緒が『暴君バカ寝ろ』を買い物籠に入れながら、俺に話しかけてきた。少し不安そうな声音だ。


「それにしても、藤原君と三宮君、今日は大丈夫かな。昨日はギスギスしてたよね?」


「ああ、そうだな。昨日はおかしかったな」


 日向がポテチのコンソメパンチ特大サイズを抱える。


「あの2人が仲悪い原因分かりますか?」


「さあ……」


 健太がはしたなく腹を鳴らしながら、身を屈めて聞いてくる。


「藤原先輩と三宮先輩、喧嘩してるんですか?」


 俺はそれにピンと来た。


「そうか、分かったぞ」


 奈緒が大して期待も込めずに問いかけてくる。


「何が?」


「藤原も英二も、新入りであり後輩である柳に、自分の『探偵同好会』におけるポジションを見せつけようとしたんだ! そうに違いない!」


 真菜が雄弁な溜め息をついた。確実に呆れている。


「富士野さんの推理は当たったためしがないですです」


「悪かったな」


 奈緒が期待外れの予測的中とばかりに首を振った。


「そうねえ。藤原君と三宮君、2人の遺恨を解消する意味でも、今日のお花見会は重要ね。皆で盛り上げて、仲良くさせちゃおうよ!」


 日向も真菜も同調の声を上げた。健太も握り拳を作って白い歯を見せる。


「おいらも助力します!」


 俺は盛り上がる彼らをよそに、悲観的なつぶやきを漏らした。


「そう上手くいくかなあ……」




 時計の時針は頂点を回ったが、気温はさほど上がらなかった。とはいえ風はなく寒さは感じられない。


 桜ヶ峰公園は満開の桜で、花びらが散り落ちて宙を舞う様は幻想的で華やかだった。歩道は観覧客でごった返し、大学生の集団がブルーシートの上で酒宴を始めているかと思えば、会社員らしき中年のおじさんたちが寿司をつまんで雑談に興じていた。


 俺たち買い物組が到着すると、純架はこれは見栄えのいい桜の樹の下で、誠と一緒に談笑していた。こちらに気付くと立ち上がって手を振る。


「やあ、来たかね。こっちは藤原君が手伝ってくれたおかげで、途中でトイレに行けて助かったよ。もし彼がいなければちびっていたかもしれない」


 俺たちはお菓子と飲み物の入ったビニール袋を次々に下ろした。さすがに結構な量だ。奈緒が純架に尋ねる。


「三宮君と結城ちゃんは?」

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