246新入生勧誘事件05
純架は妙に強情だった。全員の視線の中、トリプルアクセル・トリプルトウループを成功させる。
大会出れるぞ。
「いや、一応の安全策として柳君に持たせておくんだ。僕らのいない場所で脅されたときのことを考えて、ね。それに20万円は僕が英二君から個人的に借りるよ。これはまんまと奪われる結果になったとしても大丈夫なように、だね」
「俺にとって20万円ははした金だ。お前がそこまでする必要はない」
「いや、『探偵同好会』会長としてそうはいかないよ。僕が全責任を負う。20万円は僕が貯金を崩して、アルバイトして、何としてでも耳を揃えて英二君に返すよ。これならいいよね?」
健太が感銘を受けた様子で純架を見つめる。まさか20万円を用意してくれるとは想像の外にあったらしく、やや呆然と彼の整い過ぎた顔をあがめた。
「桐木先輩……」
英二はやれやれとばかりに肩をすくめた。
「分かった。俺のポケットマネーから20万円貸してやる。それでいいんだな?」
純架は金持ちのボンボンを拝む。
「助かるよ。今持ってるのかい?」
英二はメイド兼恋人の結城を仰いだ。
「結城、俺の財布を」
「はい、英二様」
俺はさすがにびっくりした。英二のやつ、本当に20万なんて大金を普段から持ち歩いているのか。
英二は受け取った財布から札束を取り出して純架に渡した。純架はそれを、半身を起こして正座している健太に預ける。
健太は震える手で一万円札20枚を握り締めた。血走った目で、蚊の鳴くような声を漏らす。
「すいません……本当に……」
純架は再び椅子に腰掛けた。思い切り高く足を上げてから両足を組む。
かえって格好悪いぞ。
「じゃあ柳君、ともかく君は僕たち『探偵同好会』全員でバックアップするよ。受け渡しはいつ行なう予定なんだい?」
健太は自分の財布に20万円を押し込んだ。大事そうに懐中にしまう。
「明日の放課後、校舎裏でとなっています」
純架は少し厳しい顔になる。さすがに喧嘩百人力の古志慶介が相手ともなれば、最悪の事態も想定せねばなるまい。
「じゃあ段取りとして、まず柳君が放課後すぐここを訪れて、それから全員で向かうとしよう。相手は渋山台高校の番長だ。数で押さないとね」
奈緒が目をぱちくりさせた。自分で自分を指差す。
「私たち女子も?」
純架はためらいなく肯定した。
「そうだよ。怖いかい?」
奈緒はその胸を拳で叩いた。
「まさか。付き合えというなら付き合うわ。ねえ、日向ちゃん、結城ちゃん、真菜ちゃん」
日向は少し恐怖を覚えているようだった。昨年は古志と同じ1年1組だったため、彼の威圧感をまざまざと記憶しているのだろう。まあ古志は両足を骨折して、しばらく入院していた時期もあったのだが。
「はい。私も頑張ります。古志さんが暴力を振るってきたら、このデジタルカメラでシャッターを切って決定的瞬間を捉えたいと思います」
結城は冷静だ。この同好会の中では一番大人びた外見だが、あるいは判断力もそうかもしれない。
「私は英二様がおもむく時点で随行決定です」
真菜は声を励ました。
「あたしは純架様の盾となりますです」
英二は臆した様子もないが、客観的視点というものを忘れてはいなかった。
「明日は全員で古志にボコられるかも知れんな。激痛で地べたに這いつくばる覚悟はしておいた方が良さそうだ」
健太は感激に打ち震えている。
「すいません、先輩方。ここまでしてもらうなんて、おいら……」
純架は立ち上がり、健太の側まで寄って肩を叩いた。
「まあそう縮こまらないで。じゃ、また明日、放課後にここで会おう。今日のところは帰宅したまえ。くれぐれも財布を落とさないように」
片目をつぶる。そんな動作も絵になった。健太はコメツキバッタのようにペコペコ頭を下げながら、部室を後にした。靴音が遠ざかってから、俺は純架に話しかける。
「おい純架、本当に20万円貸して良かったのか? 戻ってこなくても知らないぞ」
純架は片目をつぶったまま答えた。
いい加減開けろ。
「何、大丈夫さ。それにここで上手いこと解決できれば、彼が入会してくれるかもしれないじゃないか」
誠がこつこつと机の表面を叩く。
「何かありそうだな、桐木。言ってみろ」
純架はすげない態度で応じた。
「いや、今は遠慮させてもらうよ」
俺は純架が何を考えているか、いまいちよく掴めなかった。それは彼を除く誰もがそうだったようで、会長の体は7対の視線で串刺しにされている。だが純架は特に応じることもなく、優雅にコーヒーをすするのみだった。
意外というべきか当然というべきか、純架の計画は予定通りに進まなかった。翌日昼休み、放課後の大一番を控えながらも、「今気にしたってしょうがない」と純架はお気楽に弁当を使っていた。2年になってからというもの、昼飯は『探偵同好会』1組4名――俺、純架、奈緒、日向でとるのが日常風景となっている。
「いやあ、奈緒の料理は上達が早いな。今日の弁当も美味い。特にこの鮭なんか最高だ」
「本気で言ってる?」
「もちろんだよ。何せ最初は飴玉とか入ってたからな、普通に」
このやり取りに日向が噴き出した、その直後だった。
「おいお前ら、大変だ」
2年3組の同好会員・藤原誠と、1年1組で昨日初対面を果たしたばかりの柳健太とが、揃ってこの教室を訪問してきたのだ。純架が紙パックのアップルジュースをすする。
「どうしたんだい、藤原君、柳君」
誠はためらいがちに説明した。
「まあ情けない話なんだが……。俺のクラスの古志が、同じ教室で手下の皆川源五郎と一緒に、昼休みすぐ2年3組を後にしてな。俺はピンときて後をつけたんだ。台にはついて来ないよう厳命しておいてな。そして古志の行く先に辿り着いてみれば、そこは校舎裏。そしてこいつ――柳が、青い顔して2人を待ち受けていたんだ」
俺は話の成り行きに、まさか……と最悪の事態を想定した。誠が続ける。
「こいつは卑屈な薄ら笑いを浮かべて、古志の手に20万円が入った封筒を差し出した。古志が受け取って中身を確認していたが、間違いなく福澤諭吉だった。そしてそれを終えると、こちらに振り向こうとしたので、俺は慌ててその場から離れた。古志と皆川は金の使い道を話し合いながら笑って昇降口に戻っていった。俺は彼らが見えなくなると、再び校舎裏に引き返した。柳は1人しょげ返っていてな。俺は3人の会話が良く聞こえなかったこともあって、俺の登場にびっくりする柳にどういうことか尋ねてみたんだ」
誠は健太の腕を肘でつついた。健太が恐る恐る切り出す。
「こ、古志さんから受け取り時間を昼休みに変更すると、直前にSNSで知らされて……。おいら、桐木先輩方を頼るべきかどうか迷ったんですが、あまりにも時間がなかったものですから、ついつい1人で出かけて……。結局20万円を渡してしまいました」
悄然とこうべを垂れる。
「申し訳ないです……」
沈黙した柳を不快そうに一瞥し、誠は肩をすくめた。
「俺じゃ古志どころか皆川にも勝てない。だからみすみす取り逃しちまった。情けなくてすまん」




