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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
08未来史図書館殺人事件
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234未来史図書館殺人事件24

 栗山さんがコーヒーの香気を顎髭に当てながら尋ねた。


「河島を守るとか言っておきながら、置いてけぼりにするのかの?」


「僕もこう見えて色々考えているんです。河島さんはご自分の安全を最優先に。三人は守って。では行きましょう、須崎さん、楼路君」


 純架は客間を出ると、そのまま南進し、南西の角を曲がった。俺は追いかけながら聞いた。


「おい、どこへ行くんだ、純架」


「ちょっと外へ出てみようと思うんだ」


 須崎が大股で闊歩する。


「何でだ?」


「『十字架の当たる場所』は屋敷内とも限りません。ひょっとしたら建物の外に十字架があったりするのかな、とも邪推してしまうので……。まあ一番は、ちょっと外の空気に当たりたかったからなんですが」


 俺たちは雲ひとつない3月の空の下へ出た。少し開放的な気分に浸る。


「このまま海を泳いで逃げ出したいぐらいだな、純架、須崎さん」


「そうだね」


「ふん、臆病風に吹かれたか?」


 相も変わらず須崎は偉そうだ。


「風車の羽根はどうだろう? 斉藤さんは十字になっていたという発言をしていたが……」


 俺たちは木々の隙間から尖塔を見上げた。だが近代的な風車の羽根は3枚、つまり三角形のものばかりだった。純架は僅かに落胆する。


「斉藤さんの勘違い、か。まあ矢沢さんがおっしゃっていた通り、病気にかかっていた晩年の江島さんが、風車に『最後の予言書』を隠したとは思えないけどね」


 春の風を感じながら、俺は大きく伸びをした。凄惨な事態が進行している『未来史図書館』も、外から見れば何事も起きていないかのように泰然自若たいぜんじじゃくとしている。


 その時、俺は妙なものに気がついた。


「おい、あれは何だろう?」


 館の最上部、三角屋根のすぐ下を睨みつける。そこには正十字のくぼみがあった。


「十字架だ!」


 純架が興奮して叫んだ。一見してそうとは気づかないほど、それはごく小さな段差だった。須崎が感嘆した。


「場所からして屋根裏部屋でもあるらしいな、この屋敷に」


 純架が目をすがめて、その意味ありげな意匠を見つめる。


「うむ、迂闊にも今まで気がつきませんでした。当然あるに決まってます。戻って調べてみましょう」


 須崎は慎重だった。


「どうかな。この島のどこか俺たちの知らない場所に十字架があって、その影が当たる場所が原稿用紙の在り処だと、俺は考えるがな」


 純架はその思考に否定的だった。前髪をかき上げる。


「この森深い島の中で、そんな都合よく日の当たる場所があるとは思えませんよ。太陽の位置だってすぐ変わっていきますし、となれば影もまた動きます。どうしても、というなら止めはしませんが」


 須崎は唾を吐きたそうな顔をした。やがて渋々うなずく。


「仕方ないな。俺も付き合うか」


 俺たちは客間に引き返した。晴香さんが純架を立ち上がって出迎える。


「何か分かった?」


「いいえ、これからです」


「何だ……」


 再びソファに沈み込む。斉藤さんはせかせかと室内をうろつき回っていた。


「この中に本当に犯人がいるんかいな? どうにも信じられへん」


 矢沢さんと栗山さんは将棋を指していた。晴香さんがひとまず落ち着き、暇を持て余しているようだった。


 純架と俺、須崎は螺旋階段を上る。図書館3階にまで到達すると、電気を点けてしらみ潰しに天井を調査していった。純架が顎をつまむ。


「どこかに屋根裏部屋に通じる穴があるはずなんだけど……。脚立を使って本棚の上に上ってみよう」


 純架は2メートルの高さの書架の上に、脚立を踏み台にして躍り上がった。身を屈めて歩く。何かに気付いて溜め息を漏らした。


「石井さん、凄いね。本棚の上も塵一つない。本当にこの図書館を愛して清掃していたんだね」


 俺は脚立を抱え、須崎と共に純架の後を追った。彼は器用に本棚の上から上へ飛び移る。そのまま端の方まで達した時だった。


「おっと、これかな?」


 天井に四角い切れ込みが入っている。銀色の枠がその周りに走っていた。純架がフックを外し、そこを両手で持ち上げると、ぽっかり口が開いた。人一人分通れるサイズだ。


「これだ、これ。ぺっ、ぺっ、さすがに天井裏は埃だらけだ」


 口に入った砂利を吐き出す純架。やがて下にいる俺たちを手招きした。


「須崎さん、楼路君、来たまえ。天井裏に入ろう」


 居間にあった緊急時用の懐中電灯をくすねてきていた純架は、それで真っ暗な最上部を照らし出した。蜘蛛の巣と埃が、広大な屋根裏部屋で傲然と存在感をかもし出している。三角の屋根は無数のはりと柱で堅持されていた。


 純架がうんざりしたように光の輪の中を見つめる。


「せっかくの服が汚れそうだよ、全く……。さて行くとしようか。正十字の窪みは確かこっちだったはずだ」


 俺たちは前屈みでごそごそと移動した。先頭の純架は必然的に蜘蛛の巣を払いのける役割をにない、ぶつくさ文句を言いながら暗闇に切り込んでいく。それにしてもこの荒れ果てようは、石井さんも熱心にここを清掃していなかったことを意味する。今は3月とはいえまだ肌寒い。蜘蛛の巣は、去年より前に出来たものだと、俺でも推察できた。江島勝の遺族や友人は、この屋根裏部屋も調べただろうか。多分、調べているだろう――それほど熱心ではなく。


 やがて端っこに辿り着いた。目当ての正十字は四角い木板で隠されている。しかし釘などは使われず緑の養生テープのみで四方を覆われていた。純架は指で触って確認した。


「これなら簡単に剥がれそうだ。これは石井さんが貼ったのかな……? まあいい、ここまで来たんだ。外してみよう」


 俺たちは養生テープを剥がしていく。四角い板は薄くて軽く、簡単に取り除かれた。十文字に外界の光景と風とが侵入してくる。目もくらむような高さで、俺は眼下の森を新鮮な気持ちで眺め下ろした。


 須崎が板を手に興奮している。冷静沈着な彼らしくもなく、はしゃいでいた。


「あのしおりは『十字架の当たる場所』を指していた。最初の文句――第一のしおりは発見されていないがな。ともかく、ならばこの木板の中に原稿が入っているはずだ! この意味ありげ、いわくありげさはきっと間違いない!」


 純架も板を調べたが、その顔はたちまち曇った。


「落ち着いてください、須崎さん。この板はどう見ても切れ目も亀裂もありません。重さからいって内部に空洞もありません。これに『最後の予言書』は詰まっていません。どうやらまたも空振りのようです」


 須崎は冷水を浴びせられたことに不満顔だ。板に足をかけて二つに折ろうとする。


「割ってみれば分かるに決まってる! きっとこの中に、特殊な仕掛けで収まっているはずだ! それ!」


 須崎が渾身の力を込めると、板は真っ二つに割れた。俺は息を呑んでその光景を見守っていたが、板はやはり単なる板で、内部に原稿は隠されていなかった。


 須崎が気の毒になるほど落胆した。呆然とギザギザの断面を見つめる。


「馬鹿な。これでも正解じゃないというのか。一体全体、江島勝はどこに『最後の予言書』を隠したっていうんだ!」


 純架は空きっ放しの十文字の穴を放置することに決めた。というか、テープも剥がしたし板も折れたしで、そうするより他になかったのだ。


「引き揚げましょう」

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