222未来史図書館殺人事件12
純架は「ご無事でしたか、栗山さん!」と叫んだ。斉藤さんが東面南端の6号室前で急ブレーキをかける。
「後は6号室の金子さんだけや!」
須崎がドアノブを回すと、鍵がかかっていなかったらしく、金属音と共にドアが開いた。俺たち4人は中に飛び込もうとして――立ち止まった。純架が声を震わせる。
「か、金子さん……!」
室内への通路に、仰向けに金子さんが倒れていた。顔や手が真っ青で、身じろぎ一つしない。須崎がひざまずき、脈と心音、呼吸を確かめた。
「駄目だ。死んで大分経っている。首に両手で絞められた跡がくっきり残っているな。吉川線――金子さんの抵抗でついた傷もある」
斉藤さんが両膝から崩れ落ち、頭を抱えて呪詛を放った。
「犯人は何様のつもりや! 次々人を殺し続けて……!」
不意に顔を上げる。
「せや、きっと原稿用紙があるはずや。石井さんや幸島さんの時のように……」
純架と俺は目を合わせた。
「調べてみよう」
俺たちは部屋中を探し回って紙を見つけようとした。きっとプリンタで『3人目・金子尚吾……扼殺』と打ち出されているであろう、その犯行声明を。だが……
「あらへん」
斉藤さんが気の抜けたような声を出した。あの不気味な原稿用紙は、今回に限って発見されなかったのだ。須崎が首を傾げる。
「どういうことだ? なぜ金子さんには原稿用紙がないんだ?」
純架は調査を打ち切るように斉藤さんにお願いした。
「それはともかく、斉藤さん、ここに矢沢さんを呼んできてください。こっちも死んでるって伝えてきてほしいんです」
「わ、分かった……」
彼が出て行くと、須崎が落ち着いて金子さんを見下ろした。
「金子さんが扼殺されたのは分かった。でも彼が殺される間際、必死で抵抗しているのに、絞めた人間の出血の後は認められない。犯人は何か硬めの手袋をしていた可能性があるな」
俺は須崎に尋ねた。
「いつ頃殺されたと思いますか?」
須崎はしなやかに髪をかき上げた。
「そうだな、死後硬直の広がり具合からいって、6~7時間ほど前かな。幸島さんの原稿用紙の内容からすると、幸島さんが落命した直後に殺害されたと見てまず間違いなかろう。昨日から今日の日付またぎに、2人は連続して命を奪われたんだ」
純架はやはり原稿用紙がないことが引っ掛かっているらしい。
「でも何で金子さんだけ犯行声明がなかったんでしょうか?」
須崎は首を振った。
「さあな。犯人が用意できなかったのか。それともこれからは無計画に殺人を犯していくという、決意表明なのか……」
俺は酸っぱいものが込み上げてきて死体から目を背けた。
「おい純架、よく死者を前にして平然と喋っていられるな。俺は吐きそうだぞ」
純架は俺の背中を優しくさすった。
「楼路君、無理そうなら我慢せず部屋の外に出ていたまえ。僕も死者に免疫などつきそうにないよ。ただこうして頑張っているだけさ」
俺はそれで挫けそうな自分を叱咤できた。
「俺だけ逃げ出すわけにはいかねえよ。……どうだ、その他分かったことは?」
純架は金子さんの首の絞め跡を指差した。
「随分太い指で首を絞められてる。犯人は男か、ごつい手袋をした女か。それに……」
須崎がうながした。
「何だ、言ってみろ」
「金子さんはどうして室内奥ではなく、そこへ続く手前の短い通路で殺されたんだろう。犯人は部屋に入るなりいきなり殺害したのかな」
確かに。騒音や声が漏れることを考えたら、奥の部屋で殺した方が適当だ。紙がないことといい、今回の殺人は石井さん殺し、幸島さん殺しと比べてずさんな気がする。それとも防音設備の整っているこの館に安心していたのだろうか。
「金子が殺されたそうだな」
矢沢さんが到着した。純架が重苦しく「はい」と答える。
「死体は動かしてないよな?」
「もちろんです」
「よし、写真を撮るから少し下がっていろ。それで、原稿用紙はあったのか?」
須崎が否定した。
「いえ、ありませんでした。……どう思います、この事を」
矢沢さんはスマホを取り出しながら、短い時間で思考をまとめた。
「何らかの都合で用意していた紙が使えなくなった。その可能性はあるな」
純架が首肯する。
「確かに。撮影、お願いします」
「任せろ」
こうして矢沢さんは現場検証を行なったが、やはり鑑識でもない刑事の彼にとっては少々荷が重いようだった。それでも様々な角度からカメラを向け、現状できる限りの証拠を抑えておく。
「よし、もういいぞ。金子を移動させよう。誰か両足を持ってくれ」
俺が名乗りを上げた。馬鹿な俺だけど、体力だけなら須崎や純架よりある。
「石井さんと同じで、管理人室へ寝かせるんですね?」
矢沢さんは沈痛な面持ちで答えた。
「ああ。この島に助けが来るまでの仮の墓所だ。幸島も後で運び出そう」
わずか2日間で石井さん、幸島さん、金子さんの三人が物言わぬむくろとなった。一体犯人は誰なのだろうか? 何故こんな真似を? 安西さんの言う通り、死んだ江島勝が蘇り、盗掘家である俺たちを罰しようとしているのだろうか? あの原稿用紙は彼の予言なのだろうか?
俺は矢沢さんと協力し、冷え切った管理人室に金子さんを運び込んだ。更に幸島さんの巨体を、須崎を除く男全員で担いで、やはり管理人室に移動させる。これは重労働で、関わった人間全てが大量の汗を額に噴き出させていた。
須崎は雲隠れから一転、廊下でへたり込んでいる俺たちの前に現れた。その顔は意気揚々としており、手には鞄をぶら提げている。純架がいぶかしんだ。
「何か分かったんですか?」
天才高校生探偵はその双眸を輝かせた。自信と誇りに満ち溢れている。
「ああ、全てがな。犯人が分かったんだよ、犯人が」
斉藤さんがぎょっとした。立ち上がろうとするも、疲労で前のめりによろけて四つん這いになる。
「ほんまかいな。で、誰なんや? 誰が犯人なんや?」
須崎はもったいぶった。
「客間に残った招待客全員――俺を含めた9人を集めてください。そこで発表します」
何だか探偵小説みたいだ。ああ、本当にこれが小説の出来事なら良かったのに――。ともかく俺は須崎の推理を聞きたさに、重い体を引きずって女子二人を呼びに行った。彼女らは自室にこもって遺体運搬作業が終わるのを待っていた。美奈さんの顔色が酷く優れないのは気のせいだろうか?
俺は彼女と晴香さんを客間に連れて行った。現在の生存者9名が一堂に会した。
「揃いましたね」
一人重労働から逃げていた須崎は、偉そうにソファに足を組んで座っていた。脇に意味ありげに鞄を置いている。疲労困憊の矢沢さんが、早速彼をうながした。
「犯人が分かったそうだね、須崎君。良かったら話してもらえないか」
「そうですね。俺も皆さんを早く落ち着かせてあげたいですし」
須崎は自分の独演会が始まったとばかりに、優美な動作で立ち上がった。8名の観客を前に、いきなり核心を突く発言をした。
「石井さんを殺し、幸島さんを殺し、更に金子さんまで殺した。その犯人は、先ほど俺の華麗な推理で判明しました。その犯人とは……」
言葉を切る。自分の演説が8名の関心と興味を強く掻き立てていることに、満足したらしく微笑した。くそっ、悔しいが俺も前傾姿勢で拝聴せざるを得ない。




