216未来史図書館殺人事件06
「信じられへん」
「凄いわ」
「神業ですね……面白い思考だ」
斉藤さん、晴香さん、金子さんらが口々に感嘆した。だが純架と須崎はその熱に同調しない。
「おい桐木、どう思う?」
「そりゃ、こんなのインチキに決まっているでしょう」
石井さんが眉間に皺を寄せ、抗議するように口を尖らせた。
「江島様の指示書に何か不審な点でも?」
純架ははっきり首肯した。
「確かに皆の名前があるけど、ちょっとうさんくさいですね。江島さんが亡くなった後、筆跡を真似て石井さん、あなたが書いたんじゃないんですか? ちょうど良く色褪せた便箋を引っ張り出してきてね。その証拠に、楼路君が来ることまでは予言してないじゃないですか」
確かに俺の名前は含まれていない。石井さんは痛いところを突かれたような表情を一瞬だけ閃かせた。
「な、何を馬鹿なことを……。富士野様の名前は正式な招待客でないから書かれていないだけでしょう。大体私が嘘をついているとでも?」
少しキレてみせるところが逆に怪しい。純架はしかし、丁重に謝った。
「いや、まあ、そういうわけでは……。すみません。何でも疑ってかかる性分なもので」
石井さんはしわぶきを一つした。
「まあいいでしょう。きっと『最後の予言書』が発見されたとき、江島様の慧眼に触れることになるでしょうから。……さあさあ皆さん、遺書と指示書の確認を」
2枚の紙はたっぷり時間をかけて、全員の手を渡り尽くした。最後に石井さんの手元に戻る。彼は再び背広の内ポケットに忍ばせると、改めて一同を眺めた。
「皆さんにはこの建物を探索し、『最後の予言書』を探し出して、白日の下にさらけ出してほしいと願います。私ももう高齢です。そろそろ次代の管理者を捜さなければなりません。その前に江島様の最後の命令を、私は果たしたいと思い、皆様を招かせていただきました」
厳かな口調だった。
「なお『最後の予言書』を発見された方は、そのまま自分のものとしても良し。私が1000万円出すので売るのも良し。ともかく自由です。この5日間で、思う存分『未来史図書館』を捜査していただきたいのです……」
1000万円! 俺はその天文学的数字に胸を撃ち抜かれた。こりゃ何としても一番に見つけねばなるまい。隣の純架を見れば、両目が『¥』の形に変形している。
漫画か?
石井さんは腕時計をちらりと見た。俺もつられて自分のそれを見る。午後3時半。日は傾き始めていた。
「……まずはお腹が空きましたね。皆さんで親睦を深める意味でも、この屋敷の一階部分――居住区を紹介する意味でも、ともかく夕食としましょう。では、どうぞ館内に」
石井さんは皆を引き連れ、3階建て建築物の樫の扉を解錠した。『未来史図書館』、その内部に、俺たちは足を踏み入れた。
「何だ、この造りは……」
窃盗の名手・栗山さんが白い髭を撫でた。どうやらそれが彼の癖らしい。
確かに一風変わった構成だった。目の前には長い通路が走り、90度左にも同様の赤い絨毯のそれが伸びている。前には3室分、左には4室分のドアが内側についていた。
石井さんがうっかりしていた、とばかりに頭を掻いた。
「皆様の部屋の鍵をお渡しするのを忘れてました。ちょっと管理人室まで取りに行きますので、それまでこれを見てご自分の宿泊する部屋をご確認ください」
そう言ってポケットから折り畳んだ紙を取り出した。現役刑事・矢沢さんが受け取って広げる。皆が首を突っ込むように覗き込んだ。そこには館一階部の見取り図と部屋割り当てが書かれていた。石井さんが左手の通路を急いで駆けて行く。
┌食堂─1─2─3─┐
│ │
管理人室 4
│ │
厨房 │
│ 5
客間─居間(階段) │
│ │
主人書斎と寝室 6
│ │
└10─9─8─7─玄関
1号室……幸島剛
2号室……河島晴香
3号室……須崎巧
4号室……桐木純架
5号室……斉藤篤彦
6号室……金子尚吾
7号室……栗山佐助
8号室……川美奈
9号室……矢沢和樹
10号室……安西信勝
「何て妙な造りなんだ!」
純架は左右の黒目を中央に寄せて、鼻を膨らまし、ひょっとこのように唇を突き出している。
お前の顔の方が妙だ。
「つまりこの1階は、回廊にぐるりと囲まれて、それぞれの内側の面に部屋が据えられているわけだね。10の個室と管理人室、主人書斎、厨房、食堂、居間、客間から成るんだ。そしてその居間に、図書館部分となる2階・3階への階段がしつらえられているというわけだ」
天才高校生探偵・須崎が鼻で笑った。
「そんなこと見れば分かるだろう。俺は3号室か」
霊能者・安西さんが叫んだ。
「喝! 近い、近いぞ! 我の部屋10号室と江島勝の部屋は近い! これは降霊が進みそうだ!」
そこへ石井さんが戻ってきた。その手に小さな鞄が提げられている。がちゃがちゃと金属音を立てていた。
「やあ、お待たせいたしました。それでは鍵をお配りいたします。部屋は断熱と防音に優れているから快適ですよ」
一人ずつ順番にシンプルな鍵を受け取った。番号が彫り込まれてあり、間違えることはなさそうだ。俺を除く全員に行き渡ると、石井さんは苦笑した。
「何しろこの図書館の人手は私しかおりません。少し早いですが食事の準備をいたしたいと思います。何か問題がありましたら厨房の方へ内線電話をかけてください。出来上がるまでは皆様方それぞれに与えられた個室で休憩していてください。もちろん食堂でお待ちいただいても構いません」
作家・晴香さんが大きく伸びをした。
「それじゃそうさせてもらうわ。シャワーを浴びたい気分だし」
図書館員・美奈さんも声を弾ませる。
「今日から5日間は彼氏にぶたれなくて済むんだ……」
どんな生活を送ってるんだろう、この人。
心理学者・金子さんは早速スーツケースを持って、玄関すぐ近くの自室の鍵を開けた。
「じゃ、また後で、皆さん」
笑顔で手を振りながら中に入っていった。脚本家・幸島さんがキャリーバッグを引きずりながら歩き出す。その肥満体は早くも汗だくだ。
「僕の部屋、玄関から最も遠いじゃないか。しんどい……」
純架が倒れこみながら、俺の足を鋭いアリキックで蹴りつけた。
「僕らも部屋に入ろう、楼路君」
普通に肩を叩け、肩を。
俺たちは4号室に入室した。中は広々としており、冷蔵庫、電子ポット、トイレ、バス、ソファ、ベッドが設置されている。ただ何分部屋の位置からして窓がなく、日差しが当たらないためか少々かび臭い。天井の換気扇は常時回っているようだが……。床が暖かいのは床暖房でも使っているためだろうか。
俺は荷物を置くや、ベッドに身を投げ出した。これは太陽の匂いのするシーツを深々と吸い込み、冷蔵庫を調査する純架に目をやった。




