213未来史図書館殺人事件03
自分の胸を親指で叩いた。
「そして、その『迎桜会』のリーダーを務めとるのが、このわい、斉藤篤彦ってわけや!」
ミステリー愛好会の主宰か。俺は『探偵同好会』の純架といい、この斉藤さんといい、石井さんの人選に興味を持った。他の人も変わったことをしているんだろうか。ひいふうみい、数を数えると俺を入れて11人だ。
そこへ大きなクルーザーが波飛沫を上げて近づいてきた。徐々に速度を緩め、最後は綺麗に接岸する。全長は16メートルちょっと、全幅は4.3メートル程度か。後部甲板に現れたのはサングラスをかけた年老いた男。
「やあ皆さん、ようこそ! 私が石井輝久です。船上からお許しください」
招待客らが歓声を上げた。それぐらいこの好々爺は格好良かった。紺の背広が微風に揺れる。
「私は江島勝の秘書を彼の死まで勤め、現在は図書館の管理人となっております。ええと、10名全員おりますかな……?」
俺は何だか居たたまれなくなった。案の定石井さんが首を傾げる。
「はて、11名いらっしゃるようですが……。どなたですか、手紙を受け取っていない方は」
「俺です……」
他の招待客らの視線を痛いほど浴びながら、俺は気まずく手を挙げた。石井さんがサングラスを取る。慈悲深い双眸が俺に向けられた。
「どなたのお連れですか?」
「ああ、僕です。桐木純架です。一人じゃ寂しかったので、友人の富士野楼路君を連れて来てしまいました」
純架が俺をかばうように挙手した。石井さんは純架を見て、俺に目線を移し、今度は俺のキャリーバッグに注目した。その上で苦笑した。
「まあ、いいでしょう。仕方ありません。ただ客室は10しかないので、桐木さんの部屋に一緒に泊まることになりますが、それでもよろしいですか? 富士野さん?」
「は、はい!」
思わぬ展開に、俺はちょっと驚いた。ラッキー。これで50万円確定だ! 何に使おうかな……
石井さんは俺の喜びを微笑んで見つめた後、招待客全員に言い渡した。
「この『サンレモ』はサンシーカーの50フィートモデルで、12人は同時に乗れません。あなた方を6人と5人の2回に分けてお運びいたします。深津島まで往復25分程度ですので、それほどお待たせはいたしません。では、まずは矢沢さん、桐木さん、富士野さん、須崎さん、金子さん、河島さん。お乗りください」
呼ばれなかった招待客から苦情が出るかと思ったが、皆それほど気にしてはいなかった。純架が俺の手首を引っ張る。
「よし、一番乗りだよ、楼路君!」
「いてて、分かった、分かったよ」
そうして俺たちを含む6名が乗船し、船は離岸した。石井さんの手慣れた操縦と、波が穏やかなおかげで、まず快調な出足だった。
と思っていたら、『サンレモ』はどんどん加速する。海を切り分けながら、石井さんは大声で喚いた。
「どうです、最高速は3500回転で30.2ノットも出るんですよ! ああ出したいなあ、最高速!」
この老人、とち狂っているのだろうか。ともかく船室に落ち着いた俺たち6人は、早速自己紹介を始めた。
まずは純架が切り出す。
「初めましてですね、皆さん。僕は渋山台高校1年の桐木純架と申します。で、こっちは友達の富士野楼路君。二人で『探偵同好会』をやっております」
石井さんから矢沢と呼ばれていた男が続いた。四角い顔面に海苔を貼り付けたような直線的な眉毛だ。どんぐりまなこで鼻や唇が暑苦しい。身長は175センチ程度で、頑健な体をしている。年齢は40歳ぐらいか。
「俺は警視庁捜査一課・第二強行班捜査の刑事、矢沢和樹だ。よろしくな、少年たち」
俺は感嘆した。
「へえ、刑事の花形じゃないですか!」
矢沢さんは謙遜して微笑した。
「そんな華々しいものじゃないさ。実際は地味で面倒な仕事だよ。テレビドラマの観過ぎじゃないか?」
そこで30代前半とおぼしき妙齢の女性が割り込んできた。心身ともに充実する成熟した女の人として、その内在する魅力は五体から溢れ出ていた。切れ長の瞳に凛とした鼻で、黒い長髪が波打って輝かしい。
「以前はほんの少しでしたが、取材に対応していただきありがとうございました、矢沢さん。改めて御礼申し上げます」
俺は虚を衝かれてびっくりした。
「えっ、二人はお知り合いなんですか?」
「ええ、作品の下調べでちょっとね。私は河島晴香。主にミステリー小説を書いて生計を立てている作家よ」
ここで俺と同じような年齢の少年が間に入ってきた。ラフな赤髪を後ろで結って、おしゃれに垂らしている。精悍な顔つきで二重のまぶただ。全体的に整った容姿をしているが、純架ほどではない。身長は矢沢さんとどっこいどっこいか。
「河島晴香さんっ? あの『螺旋の迷路』『最後の疾風』『王宮殺人事件』の河島さん? お会いできて光栄です!」
彼は晴香さんに迫り、その両手を握り締める。彼女は嬉しいような、困ったような、そんな苦笑いをした。
純架が少年に尋ねる。
「あなたは僕らと同い年ぐらいですが、ミステリーファンなのですか?」
彼は純架を馬鹿にしたように鼻笑いした。
「ふん、鈍いなお前は。俺は須崎巧、飯田森高校2年の天才探偵だ。謎解きを愛するものなら河島先生の作品くらい知っていて当然だろう。文学賞を総なめにし、書く本書く本ベストセラーなのだからな。特に『王宮殺人事件』のトリックは筆舌に尽くしがたく、二度三度と読み直してようやく理解できる素晴らしさなんだ」
俺は須崎の高慢な態度に少し棘を感じた。
「須崎さんって俺たちの一個上の先輩ですか。高校は全然違うけど……。にしても、天才探偵って……」
「桐木も自分の高校で少し名声を得ているようだな。そうでなければ石井さんに呼ばれはしない。だが俺は違うぞ。何せ県警が持て余した難事件に助言を与え、解決に導いたこと5度だ。5度だぞ、5度。およそ俺ぐらい頭の切れる高校2年生も他にいないだろう。お前たちとは脳の回転速度が違うのだ。どうだ、俺の凄さが分かったか?」
何だこいつは。天狗のような鼻の高さだ。矢沢さんがカメラのピントが合ったような顔をした。
「ああ、俺も聞いたことあるな、須崎君の名前は。天才探偵と言われても申し分ない実績の持ち主だ」
「でしょう?」
「少し生意気だってことも聞いてるね。あんまり年下にいばっても仕方ないぞ」
須崎は澄ました態度でかわした。
「いばったのではありません。あらかじめ注意しただけです」
ここでそれまで黙っていた男が口を開いた。
「なかなか面白い精神構造をしているようだね、須崎君」
「あなたは?」
男はにっこりと笑った。
「僕は金子尚吾。35歳で心理学者をやってる」
穏やかで品格溢れる態度と物腰だ。黒縁眼鏡の奥の目は柔和に輝き、オールバックの黒髪は整髪剤過多で固まっている。身長は162センチ程度の小男だ。須崎が質問をぶつける。




