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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
08未来史図書館殺人事件
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212未来史図書館殺人事件02

 外から野球部のノック音が遠く聞こえる。


「そして55歳の時、妻の幸子の病死をきっかけに、無人島『深津ふかつ島』に図書館を建てることを決意した。どれだけ歴史を学んでも人は救えない、そのことがショックだったらしい。勝は変わった。あれだけ好んでいた人付き合いも断ち、図書館建設が終了すると、大量の書物と共にこの辺ぴな島に移住した」


 純架は熱心に読み上げた。


「以後は島から出ることもなく、取り憑かれたように独自の研究に打ち込んだ――『未来史予測』である。過去の歴史から将来何が起きるか推測できれば、自分のやってきたことも無駄でなかったと信じられる。だから没頭した。そしてその異常な研究は実を結ぶ。なんと2003年のイラク戦争勃発を正確に当てたのだ」


 げげっ。そいつは凄いな。本物の予言じゃないか。


「勝は1999年、雷雨激しい晩に、そのことを原稿用紙3枚に詳しく書き込んだという。天啓を受けたようだったと後に語っている。しかし当初は歴史家の友人たち――勝の住む島まではるばるやって来た――からまるで信用されず、大いに傷ついたという。勝は更に引きこもった。そして失意のまま、16年前、64歳の時病没する」


 イラク戦争勃発の前年に亡くなったのか。予言した当人は、死後にその正しさを証明されたわけだ。空しい話である。


「その後、サダム・フセインの拘引やバラク・オバマ大統領の誕生などが予言どおりに生じると、勝の異常な未来予知について世間が騒ぎ出した。2011年にアメリカ軍が引き揚げて戦争終結が宣せられると、インターネットを中心に江島勝の名は大いに取り上げられた。『神』『新世紀の予言者』とまつり上げられ、マスコミや宗教団体がこぞって無人島に取材に来たという」


 そして――と、純架は舌なめずりをする。


「図書館の管理人・石井は、それらを謝絶し、ネットで噂された『最後の予言書』についても口を濁し、島から丁重に追い返したという。……以上だよ、楼路君」


 俺はぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。砂糖は入っているはずなのに、やたらと苦かった。


「まだ俺がネットをやっていない頃の話か。通りで江島勝の名前は知ってても、その活動に関しては無知だったわけだ。そうか、思っていたより凄くて……悲しい人だったんだな」


 純架はスマホをポケットにしまい込む。中世ヨーロッパの貴族のような髪を撫でた。


「未来予知といえば、『ノストラダムスの大予言』って聞いたことあるかい?」


 俺は記憶巣をまさぐった。


「ああ、何か聞いたことがあるような……」


「1973年に祥伝社しょうでんしゃから発行された、五島勉ごとう・べんの著書だよ。僕らが生まれる前の時代に流行った本でね。1503年に誕生して、ノストラダムスのペンネームを持つミシェル・ド・ノートルダム――医師・占星術師・詩人・料理研究家であったらしい――が書いた本『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』を取り扱っているんだ。これも未来を予知しているという触れ込みでね。ノストラダムスがアンリ2世に語った『1999年7の月に恐怖の大王が来るだろう』という点を誇張し、その月に人類が滅亡すると解釈したんだ」


 そうそう、俺の前の親父がそんな話を面白半分に語っていたっけ。でも……


「おい純架、今は2018年だぞ。1999年って、とっくに過ぎてるじゃないか」


 純架は苦笑する。


「その通り。予言は大外れ、というわけさ。ただ当時の日本人は、五島さんの著書に傾倒し、ひどく恐怖していたらしいよ。世間の終末思想もあり、『ノストラダムスの大予言』はシリーズを重ねて随分と売れたようだからね」


「ふうん。まるで江島勝だな」


「そうさ」


 純架はその目に鋭さをみなぎらせる。


「僕は江島勝の未来予知を信じない。予言なんてものは人を惑わし、たぶらかし、不安に陥れるだけで、実を伴わないものだと考えるからさ。『ノストラダムスの大予言』のようにね。当時の研究者たちは予言が外れても責任を取らず、『解釈が間違っていただけで「予言集」は本物だ』と逃げていたそうだしね。結局いい加減なものなんだよ」


 肩をすくめる純架に、俺は相槌を打つ。


「なるほどな。まあ俺も同じ意見だな。でも、その江島勝の『最後の予言書』を探しに行くんだろ? 本当にやる気あるのか?」


「依頼とあればね、引き受けないわけにはいかないよ。僕らは『探偵同好会』なんだからさ」


 そう格好つけて喋ると、鼻フックを引っ掛けて変顔を誇示した。


 もう一度聞く。本当にやる気あるのか?




   (二)




 3月17日。空は嘘のように澄み渡り、夢幻の青を道行くものに背負わせていた。今日は寒さがぶり返し、渋山台高校のブレザーを着てきて正解だった。


 俺と純架は封筒に同梱されていたタクシーチケットを使い、指定された集合場所に到着した。あれからお互いの両親や先生方と話し込み、何とか5日間の休みを貰うことに成功したのだ。これで50万円が俺のふところに転がり込むまで、後は石井輝久さんの許可を得るだけとなったわけだ。何を買おうかな、と心は早くも億万長者気分だ。


 港の停泊所には『深津島』へ行くと見られる他の招待客が既に到着していた。早くも打ち解けて和やかに雑談している人もいれば、気色ばんで黙りこくっている人もいる。純架がキャリーバッグを引きずりながら、俺に耳打ちする。


「さすがに3キログラムの鉄アレイが2個も入っていると重たいよね」


 捨てろよ。


「それはともかく、どうやら彼らも石井さんに呼ばれたらしいね。5日間お世話になることだし、軽く挨拶しておこうか」


「同感」


 だが純架が話しかけるより早く、向こうから話しかけてきた。


「何や! 君らも石井輝久さんに呼ばれたんか!」


 年齢は40代半ばか。中肉中背の体格だ。でこぼこの多い顔面で、特にまぶたと頬は張り出ている。出っ歯で前歯が露出しており、身長は180センチ近辺と大柄だ。緑のジャケットを羽織って黄土色のパンツを穿いていた。


「あなたは?」


 何が面白いのか、男は大笑いした。


「わいは斉藤篤彦さいとう・あつひこや! 全国規模のミステリー愛好会『迎桜会げいおうかい』って知っとるか?」


「芸能界ですか?」


「ちゃうちゃう! 桜を迎えると書いてげいおうかいや!」


 純架は心当たりがないらしく、首を振ってそのことを示した。


「いえ、寡聞かぶんにして存じません」


 斉藤さんは情けなさそうな顔で俺を見た。


「君は?」


「いや、俺も全く聞いたことありません」


 彼は大いに嘆き、笑顔を散らせた。


「何や、ご存知だったのは幸島こうじまさんだけかい! 結構井の中の蛙状態だったんかな? これでも日本各地で親交会や研究会を開催してきたんやけどな」


 深々と溜め息をつく。心底がっかりしているようで、何だかこっちが悪いことしたみたいな気持ちになってきた。純架も同様らしく、話を切り替えようとする。


「ミステリー愛好会、ですか。例えばシャーロック・ホームズやエラリー・クイーン、アガサ・クリスティとかですか?」


 斉藤さんは一転、自慢げにふんぞり返った。


「何を舐めとんねん。そんな古典はとっくに考察・研究済みや! わいらは古今東西、ありとあらゆる小説に通暁つうぎょうし、次代の隠れた才能を発掘するのが目的の高尚な会なんやで!」

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