200生徒会長選挙事件01
(五)『生徒会長選挙』事件
俺たち『探偵同好会』一同は、今日も部室で怠惰な時間を過ごしていた。事件がないときはこんなものである。まあ俺はそれが目当てで入会した部分もあるので、正直嬉しい。
純架はこの前のコスプレ大会で用意してもらったパイプを、わざわざ金を払って自分のものにしていた。今日も香草を詰めて気晴らしに吸っている。将来煙草にハマりそうだな、こいつ。
「いやあ、退屈だ。英二君、ちょっと事件の一つでも起こしてくれないかね」
英二は嫌そうな顔をした。
「馬鹿か。自分で起こして自分で解決しろ」
「あらま、冷たいね」
結城がくすくす笑う。
「桐木さん、コーヒー注ぎ足しましょうか?」
「ああ、ありがとう菅野さん。よろしく頼むよ」
真菜が純架にまとわりつき、腕に頬を預ける。
「純架様、最近あたしにつれなくないですですか?」
純架は手慣れた様子で彼女を引き剥がした。
「いつものことじゃないか、台さん」
俺は奈緒とリバーシを楽しみながら、横目で彼らを探った。純架と日向が付き合い出したことを知っているのは、『探偵同好会』では俺一人だ。その日向は窓際の席で新聞部の記事の校正を行なっている。真菜の行為へ以前のように突っ掛かったりはしない。
俺は何となくにやついた。日向は純架を信頼しているのだ。自分の本命チョコを食べてくれた相手として……
「何を喜んでるの、楼路君?」
目の前の奈緒が不思議そうに尋ねてきた。いかんいかん、彼らのことは内緒にしておかなくては。俺はとっさに話題を考えた。
「ああ、いや、そういえばそろそろ生徒会長選挙だなあって……」
「え? それのどこが面白いの?」
奈緒が呆れている。しまった、自分でも馬鹿なことを口走ってしまった。慌ててフォローしようとすると……
「へえ、生徒会長選挙があるのか」
誠が話題に乗ってきた。
「この渋山台高校では2月に行なわれるのか?」
奈緒が答える。
「そうよ。2月下旬に催されて、1年・2年の全生徒投票のもと、任期1年の生徒会長1名、副会長2名が決定するの。よそと違って1年生――新2年生にも生徒会長になる権利があるのが特徴ね」
純架は真菜を諦めさせてから相槌を打つ。
「まあどうでもいいけどね、誰が生徒会長になろうがなるまいが。実際生徒の皆もそうじゃないのかね? 人気投票だよね、ぶっちゃけ」
俺は何だか転がり始めた話に歩調を合わせた。
「まあそうだよな。生徒会長の恩恵を感じるのって、年に一度の白鷺祭の時ぐらいだし」
これには日向が耐えかねたように口を挟む。
「お二人とも、それはあんまりでしょう。生徒会は陰日向なく頑張ってますよ」
「日向だけに?」
「楼路さん、つまらないです」
あらら。
英二が思い出したように言った。
「そういえば白鷺トロフィーを盗んで隠してた生徒会長の周防正行ってのはどうなった」
結城が純架にコーヒーの入った紙コップを渡す。
「あの後こってり絞られてから、まだ続投していたようです。彼も卒業となって任期満了になりますね」
誠が奈緒に色目を使った。
「奈緒が俺を好きになってくれるなら、生徒会長に立候補してもいいかな」
奈緒はリバーシで三つ目の隅っこを取った。
「何やっても無理だって」
「ちぇっ、何でそんないかつい男が好きなんだか」
日向が校正を終えた原稿を束にしている。
「新聞部としても生徒会長選挙には監視の目を光らせるつもりです」
真菜が再度純架に近づこうとする。
「純架様は立候補されないんですですか? 残念ですです……」
純架が腰を半ば浮かし、彼女のタックルを切ろうとしたときだった。
「ごめんください」
ドアがノックされた。純架は大声で「どうぞ」とうながす。引き戸が開かれ、一人の少女が室内に入ってきた。クラスメイトの高梨友里だった。
友里は黒い三つ編みの髪に丸い黒縁眼鏡をかけ、どこにでもいそうな文学少女のていを醸し出している。どちらかというと目立たない、地味で大人しい生徒だった。印象で言うと日向に近い。
純架が助かった、とばかりに真菜を押しのけて椅子を勧める。
「これは高梨さん。なになに、何か事件の依頼かね?」
揉み手する純架に、友里は平身低頭した。
「実は『探偵同好会』の皆さんにお願いがあります! 私を次の生徒会長選挙で勝たせてください!」
これには一同、「は?」と首を傾げた。純架が代表して心情を述べる。
「そりゃ何だい。僕らと何の関係があるんだい」
そう返ってくることはさすがに見越していたらしく、友里は頭を戻して説明に入った。
「順を追って話します。まず私は今度の生徒会長選挙に出馬したいと考えています。これは本気の本気です」
英二が揶揄するでもなく言った。
「ほう、殊勝なことだ」
「でも、どうやら2年の先輩2人が同様に出馬を考えているらしいと、これは風の噂で……」
誠が当然だろうとばかりに首肯する。
「まあ普通2年生――新3年生が目指すものだからな」
「ですよね。1年の私が2年の先輩に勝って生徒会長になるには、相当な努力と作戦が必要だと思っています。とても私一人では背負いきれません」
純架がここまでは納得した。
「ふむふむ。それで?」
友里が声を張り上げた。
「そこで! 私が選挙に当選できるよう、桐木君たちに協力してほしいのです!」
純架が皆の困惑を引き受けた。
「いや、だから何でそこで僕らが出てくるんだい? 他を当たったらどうかね。僕らは『探偵同好会』だよ。『選挙に勝つぞ委員会』じゃないんだよ」
友里はここぞとばかりにおだてにかかってきた。
「でもでも! 私の所属する1年3組の生徒40名のうち、実に6名が『探偵同好会』なんですよ。こんなに集中する部活動は他にありません」
「部活動じゃないけどね。同好会だけれどね」
「他のクラスメイトからの信頼も厚いです」
「この前激辛チョコを仕込まれたけどね」
「私も色々な事件を解決していく様を横から見てきました。会長である桐木さんのリーダーシップを勉強したい気持ちもあります」
「それは……」
賞賛に弱い純架は、そこで突っ込みを忘れた。
「お願いです! 『探偵同好会』様のお力とお知恵を見込んで、ぜひご助力いただきたいのです! どうか、どうか私を生徒会長にしてください! お願いします!」
純架はまた頭を下げた友里を前に、困ったように俺たちを振り返った。
「ううむ、どうするね、皆?」
奈緒は挙手して賛意を示した。
「私はいいと思うけど。事件もなくて暇を持て余していたところだし」
誠が追従する。
「奈緒が手伝うって言うなら俺も一枚噛ませてもらうよ。お前らは?」
英二が腕を組んでふんぞり返った。
「いくら俺の実家が財閥といえど、校内の政争に金は出せんな。まあ、それでもいいというなら話は別だがな」
結城が彼に寄り添った。
「私は英二様に従うまでです」
日向はしかし、首を振った。
「私は1年1組、台さんは1年2組ということで、今回は一緒に外れたいと思います。それに私は新聞部。公平中立な立場にいなきゃいけませんし」
真菜は日向の決めつけに即座に反対した。
「えーっ! あたしは2組ですですが、『探偵同好会』として純架様に付き従うまでですです!」
俺は最終判断を純架に委ねた。
「どうする? 純架」
純架は狭い室内を竹馬に乗って半周した。
そんなものどこに隠してたんだ?
「やれやれ、しょうがない。じゃあ今回だけ、僕らが高梨さんをバックアップしようか。それでいいね。辰野さんは仕方ないとして、他の皆!」
俺たちは一斉に鬨の声を上げた。
「おおっ!」
友里が感極まって涙ぐむ。
「ありがとうございます! 心強いです!」
こうして俺たちの選挙戦が開始した。




