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191コスプレ大会事件03

 目灰町あげてのコスプレ祭りは、午前10時になって本開催となった。俺のよく知っているキャラ――例えば青山剛昌の探偵漫画『名探偵コナン』や、Aniplexのスマホゲーム『Fate/GO』の登場人物などもいれば、全く分からない格好の人も居た。やたらセクシーな衣装で――ちょっと寒そうだったが――練り歩く女性レイヤーもいて、カメコ――カメラ小僧の略――の撮影攻めに遭っていた。


 何だか時期外れ、国違いのハロウィーンみたいだった。写す側も写される側も皆笑顔で、俺たちもカメラマンの方々から視線とポーズを求められたりした。英二は天狗のお面を付けたままであり、こいつ最初からこの作戦でいくつもりだったんだなと苦笑させられた。


 しかし結局のところ、『探偵同好会』の主役はやはり超絶美貌の桐木純架であった。彼は多くのフラッシュの的となった。特に女子、御婦人層からの支持が熱い。純架は学校でもそうしているように、撮影の求めには気さくに応じていた。奇行癖が発病しないか気を揉みながら、俺たちは彼の脇役たるに甘んじた。


 時はあっという間に過ぎ、気がつけば2時間が経過して真昼になっていた。




 結城が俺たち一行によく通る涼やかな声をかけた。


「英二様、皆さん、そろそろ昼食にしましょう。柴社長が料亭『きさらぎ』で用意してくれています。ここからはすぐそこですよ」


 奈緒が青い道着の腹を撫でて、ほっと安堵した。


「良かった、私もうお腹ぺこぺこだったんだ」


 俺はだんだん寒さに慣れつつあった。体がぽかぽかしてきたのだ。


「何だ奈緒、朝食を抜いたりでもしたのか?」


 奈緒は分かってないなあとばかり俺を睨む。


「女の子はこういうとき、スタイルをちょっとでも良く見せようと、食事を減らすものなんだよ」


「じゃあ昼飯も抜かなきゃ駄目じゃねえか?」


 奈緒はげんなりした。


「いや、さすがに食べさせて。胃の皮が背中につきそうだもの」


 純架が相変わらず天狗のお面を被っている英二をからかった。


「英二君、結局仮面を取らなかったね。恥ずかしかったのかい?」


 英二はぼそぼそと通りの悪い声を発した。


「うざい奴だ。この仮面をしてないと天狗だと分からないだろうが」


 禿げカツラにサングラス、書いた口髭の小さいMr.BIGは――要は藤原誠は――日向を誉めそやした。


「そのレム、よく似合ってるな、辰野さん」


「ありがとうございます、藤原さん。照れちゃうな」


 商店街を歩いている間、しきりとカメコたちに写されていたのが彼女だった。やっぱりキャラ人気に清楚な人柄がマッチしていたのだろう。もっとも撮られた分を取り返すように、日向もまた他のレイヤーを片っ端から撮影していたが。


 真菜がアンパンマンの頭を脱いで、純架に微笑みかける。


「ねえねえ純架様、あたしのアンパンマンはどうでしたです? 思ってたより撮られてビックリしちゃいましたです」


 純架はパイプを口に咥えて、さも煙草を吸っているように見せかけている。


「台さんのそれは特に子供にウケてたね。周りを笑顔にする、いいコスプレだと思うよ。でもその被り物、前が見えづらいんじゃないかい?」


 真菜はここぞとばかりにすり寄った。


「じゃあ午後は純架様の腕に掴まっていてもいいですですか?」


「それは……」


 純架が返事に窮したときだった。


 20歳ちょっとぐらいの女性コスプレイヤーが、突如真横で叫びだしたのだ。軽いパニックに陥った、困惑と狼狽の交差する表情だった。


「ない、ない! 私のバッグがない!」


 周囲のレイヤー、カメコたちがぎょっとして視線を集中し始める。純架は好都合とばかり、真菜を押しのけて女性に近づいた。万人を虜にする笑顔でうやうやしく問いかける。


「どうされましたか?」


 女は純架を見て固まった。一瞬混乱から離脱したとでもいうように、彼の顔をまじまじと見やる。


「え……綺麗な方……」


 しかしそれも長くは続かず、すぐヒステリックに騒ぎ立てた。


「じゃなくて。あの、私の着替えの入ったバッグがなくなってしまったんです!」


 真菜が純架にこっそり呟く。


「彼女のコスプレ、得能正太郎の漫画『NEW GAME!』の主人公、涼風青葉の格好だと見抜きましたです。スカート丈の短い紺のスーツに、ツインテールの水色のウィッグを被っているのが何よりの証拠ですです」


「ほう、そうなのかね」


 それにしてもこの世の終わりでも来たような、えらい慌てふためきようだ。純架は女性をなだめることに全力を傾けた。


「まず落ち着いてください。深呼吸して。いったん気を静めるんです」


 女は崩れ落ちそうになる膝をしっかりと支え、言われたとおりに深々と息を吸い、ゆっくりと吐いた。純架が正解を導き出した生徒に対する教師然とする。


「そうです、そうです。僕はコスプレイヤーの桐木純架と申します。あなたのお名前は?」


 女が純架に含羞の微笑を向ける。


「私は佐久間花蓮さくま・かれんと申します。ああ、取り乱したところをお見せして済みませんでした」


 慌てふためく花蓮に心配の目を向けていた周りの人間も、やがて自分の目的を思い出したかのように、その足を動かし始めた。雑踏が雑踏としての本来を取り戻す。


 英二が天狗のお面を頭上に追いやり、花蓮へ真摯にさとした。


「荷物をなくされたのですね。なら警察やイベント運営委員会の方に紛失届けを出してください。きっと心優しい人が忘れ物として届けてくださってます」


 しかし花蓮の動揺はまたぶり返してきた。


「実はあの中には着替えだけでなく、現金10万円が入った財布も含まれているんです。それを抜かれたら今後の生活費が……。私、隣町のスーパーでレジ打ちの仕事をしているしがないアルバイターなものでして」


 純架はいかにもシャーロック・ホームズらしく、手に持ったパイプを口に咥えた。当然中身はないので、煙は出ない。


「それでは紛失届けを出しにいく前に、どんなバッグか僕らに教えてください。我々も手分けして探したいと思います」


 俺は純架の軽い暴走にささやかざるをえなかった。


「おい、俺たちには基本関係ない話だろ。それにバッグったって、見つけるのは相当困難だぞ」


「君はいつからそんな薄情になったんだい?」


「何が薄情だ。お前はただ事件を面白がっているだけじゃないか」


「あれ、ばれた? ……でも、正しいことをしようとしているんじゃないか。何をためらう必要があるんだい?」


 花蓮には俺たちの小声のやり取りが聞こえなかったらしい。


「ああ、ありがとうございます! バッグの特徴ですか。ええと、黒に赤いラインの走ったボストンバッグで、大きさはこれぐらい」


 両手を広げる。かなり横幅があるものらしい。純架が質問する。


「それで、いつ頃なくされたか分かりますか?」


 花蓮は目を上下させ、必死に記憶を辿るようだった。


「午後11時までは確かに肩にかけていました。私の参加は遅きに失して、特設ロッカーはどこも満杯でした。仕方なくそうしていたんです」


「えっ、その格好は自宅から着替えずに?」


 花蓮は頬を赤くした。


「はい。ちょっとスカートが短いなあとは思いましたが、ウィッグを付けなければごく普通のOL姿です。ボストンバッグには他のキャラの着替えとかが入っていたんです」


 純架はその中身を詳しく聞き出し、手帳にシャーペンで記録した。


「それで、その後は?」


「ウィッグをつけて青葉ちゃんになりきり、街を散策していました。途中でカメコの皆さんに撮影許可を求められて、舞い上がった私は、バッグを置いて応じてしまい……。そこから今――午後12時まですっかり忘れていたんです」


 俺は頭を抱えたくなった。ずいぶんでかい忘れ物だ。


「よっぽど嬉しかったんですね……」


「はい。コスプレは私の命ですから……。そしてしばらく歩いては撮られ、また歩いては撮られしているうち、ふとボストンバッグを置きっぱなしだったことに気づいたんです。慌てて戻ったら、もうそこには何もありませんでした。それがついさっき、思わず取り乱してしまっていたときのことです」

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