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184冬の転校生事件01

   (二)『冬の転校生』事件




 事件のない『探偵同好会』は、その活動を放課後のだべりだけに限定する。俺はぐっすり眠った翌朝、雪の降る街を純架と一緒に歩いていた。渋山台市の降雪は去年の4月以来だという。あの時は『血の涙』事件で、俺と純架はショパンの肖像画にまつわる一件にかかずらっていたっけ。もうすぐ純架が隣に越してきてから一年か……


 純架が舞い散る結晶を傘で防ぎながら、真横を歩く俺に笑いかける。


「実は僕、最近不倫をテーマにしたテレビドラマにはまっていてね。これが面白いんだ。楼路君も観た方がいいよ。息をもつかせぬ展開で手に汗握ること請け合いさ」


「何だよ藪から棒に。だいたいお前、自分の部屋にテレビがないだろうが」


「居間のテレビで観賞してるのさ。毎週毎週、家族全員で液晶画面に釘付けになっているよ」


 不倫ドラマに一家総出ではまるってどうなんだろう。純架の妹の桐木愛きりき・あいは確か中学2年生のはず。非道徳的な番組の観覧を許していいのだろうか。


 純架は俺の難しい顔に気づかず、物思いに耽るように呟く。


「それで思うに、あれだね、嘘を前提とした恋愛は所詮はかないね。観てらんないよ。いや、観るんだけどね」


 どっちだよ。


「僕は思うに、どんな嘘も――現代において、あるいは後世を迎えて結局ばれてしまうんだ。そうなったとき、一体誰がその嘘の責任を取るのかね?」


 俺は考えるまでもなく答えた。


「そりゃ当然、嘘をついた人だろ」


 純架は熱意を込めてうなずく。


「その通りさ。でも結局は取りきれずしこりが残る。そんなものだよ、嘘の恋愛なんてのは。やるだけ損だ」


 奇人の純架が首ったけになっている番組ということで、俺はあまり興味をそそられなかった。しかし否定するわけにもいかず、半ば義務的に尋ねる。


「ちなみに何て名前のドラマだ?」


「『嘘満載』」


 ダサい名前を考える奴もいるものだ。誰もこの名称に異議を唱えなかったのだろうか。純架は意気揚々と雪道を行軍する。


「来週はどんな展開が待つんだろうな。ああ、楽しみだ」


 俺たちはやがて渋山台高校に辿り着いた。1年3組の教室に入ると、先に登校していた奈緒が爽やかな笑顔で話しかけてくる。


「ねえ、桐木君、楼路君。観た? 『嘘満載』!」


 俺はそのドラマを観ようかと真剣に検討し始めた。




 1月下旬のその日も、例によって例のごとく担任の宮古博みやこ・ひろし先生が入室してきた。日直が号令をかけ、礼を行なう。皆が騒々しく着席すると、しんとした静寂が教室内に波及した。宮古先生が教壇に両手をついてにやりと笑う。


「お前らよく聞け。実はこのクラスに――転校生が加わることになった」


 教室の盛り上がりは凄かった。空気が震えて天井が落下するのではないかと心配したほどだ。宮古先生は楽団の指揮者のように腕を振って喧騒を沈ませる。


 そして、閉ざされた入り口に大声をかけた。


「おうい、入ってこい!」


 引き戸を開いて足を踏み入れてきたのは、紺のブレザーの上に外套を羽織った、背の小さい少年だった。教室が再びざわつく。室内全員の耳目を一身に集めた彼は、両手を合わせて目を輝かせる女生徒がいるほど、均整の取れた顔立ちをしていた――無論、純架ほどではないが。


 宮古先生が長いチョークで黒板にでかでかと名前を書く。『藤原誠ふじわら・まこと』。新入りの誠は、教壇の側でクラスメイトたちを前に少し緊張の色を浮かべていた。宮古先生が両手をはたいて紹介する。


「彼が転校生、藤原誠だ。挨拶しろ、藤原」


 誠は両手を後ろ手に組み、応援団のように声を張り上げた。


「藤原誠と言います。これからよろしくお願いします!」


 そしてぺこりと頭を下げた。女子からの「格好いい」「ねー」とのはやし声が複数聞こえたが、本人はいたって真面目な表情を崩さない。俺は彼を観察した。


 栗色の巻き毛で、神様が丹念に織り込んだような顔をしている。瞳は深く澄んでおり、睫毛が長い。鼻と唇は直線のようだ。均整の取れた体格だが背は低く、160あるかないかだ。


 宮古先生が誠に指示した。


「後ろに空いてる席があるだろ。そこに座れ、藤原」


「はい」


 颯爽さっそうとした足取りで歩いていく誠。途中で奈緒の顔を見て立ち止まった。その目が100カラットの宝石を発見したとばかりに見開かれる。いきなり停止した誠に、宮古先生が怪訝な顔をした。


「どうした?」


 誠は平静さを保っている。


「いえ、何でもないです」


 そして再び足を運び、言われた椅子に腰を下ろした。




 ホームルームが終わり、宮古先生が教室を後にした途端、誠は男子生徒たちに囲まれた。噂好き・お祭り好きの久川が、新入生に対する激しい興味をさらけ出した。


「三宮といい藤原といい、このクラスに転校してくる奴は背が低くて顔が綺麗だな」


 誠は椅子に座って机上で両手を組んでいる。


「君は?」


「ああ、俺は久川。よろしくな。桐木ほどじゃないが、これでも問題解決のスペシャリストを自任してる。何かあったらいつでも相談に乗るぜ」


 俺は遠巻きに眺めながら、久川の自己紹介に半ば呆れていた。奴に相談でもしたら、光より速く他人に情報が伝達してしまうだろう。


 しかし誠は当然気づかない。


「ありがとよ。一朝事あったときはよろしく頼む、久川」


 俺の親友の長山が、二人の会話に割り込んだ。


「俺は長山。なあなあ、どっから来たんだ?」


「隣県の高校さ。ちょっと諸事情あってこっちに引っ越してきた」


「それにしても桐木みたいに女っぽい外見だよな。さぞやもてるだろう」


 誠はこの発言に、少し気分を害したようだ。


「それはあんまり嬉しくないね」


 やや険のある声に、長山が地雷を踏んだことに気がつく。


「え?」


 誠は組んだ両手の親指の上下を、交互に入れ替える。


「俺は男だ。女っぽいと言われるとは心外だな。これでも硬派なつもりなんでね」


「ああ、ごめんな。気を悪くしたら謝るよ」


 誠はすぐさま謝罪を受け入れて、彼を許した。


「いや、こちらこそつまらんことを言った」


 俺はそのやり取りに、英二が転校してきた頃を思い出していた。英二も「『可愛い』より『格好いい』だろ」とか女子に怒鳴ってたっけ。


 菊池が陽気にラケットを振る真似をした。


「どうだい藤原、俺の在籍するテニス部に入らないか? 見たところ柔軟そうな体だし、気持ちいい汗が流せるぞ」


 誠は心より申し訳なさそうに断った。


「悪い、俺は部活には入らないつもりだ。もう2年生になるし、今更のこのこ先輩ヅラして活動ってのも何だしな」


 その辺りで予鈴が鳴り、誠を包囲していた生徒たちが一斉に自分の席へと帰っていく。純架が俺に聞いてきた。


「楼路君は藤原君に挨拶しないのかい?」


「別に時間は今しかないわけじゃないだろ。そういうお前はどうなんだ?」


 純架は鼻息が荒かった。


「ぜひ『探偵同好会』加入を求めたいね」


「お前はそれしか思い浮かばんのか」


「今、同好会は男3人に女4人だろう。藤原君が入ってくれれば4人対4人でバランスが取れるというものじゃないか。……よし、後でアタックかけてみよう。何なら1万円をくれてやってもいいね」


 金で買収かよ。堕ちるところまで堕ちたな。

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