166おみくじの地図事件06
狭い個室で、俺と純架は警官相手に事情をつまびらかにした。おみくじから地図を発見したこと、門山を尾行したこと、森で真菜を救出したこと……
聴取は1時間ほどで終わった。また後日、改めて話をうかがいたいと言われ、日時を約束してから俺たちは警察署を後にした。
そして、ようやく『探偵同好会』の他の4人に何の連絡も取っていないことに気がついた。
「やばい。純架、どうしようか?」
「大丈夫、向こうからも電話をかけてこなかったってことは、僕らが何らかの事件に携わっていると思い当たってのことだろう。謝罪の連絡を入れれば許してくれるはずさ」
しかし、奈緒は不機嫌の塊だった。
「どこ行ってたのよ、桐木君、楼路君。待ちくたびれて電話しても圏外だったじゃない」
そうか、俺たちが森の中にいたときにかけてきていたのか。
「だから私たち、二人が戻るのを諦めて、英二君家でおせち料理をいただいてたの。どうせまたくだらないことに夢中になってたんでしょ? ……甘酒の他にお汁粉も追加だからね」
「はい……」
それから数日後。
再び警察署で聴取に応じていた俺たちは、今回の相手である宮下刑事に対し、自分たちの手柄をたてに事件の内実を知ろうとした。純架は真菜が言っていた「門山への親近感』について、どうにも引っかかっていたようだ。
「ううむ、捜査内容を素人に教えるわけにはいけないんだけどなあ」
「そこを何とか」
宮下刑事はニヒルな笑みを浮かべた。
「まあ、いっか。減るもんじゃないし。今回一番の協力者だからね、君たちは」
案外軽い人だ。
「誘拐犯の門山健作の父親・門山厚さんは、弓枝さんという妻がありながら、森下祐美さんという妾との間に隠し子・真菜さんを作った」
立てた人差し指を唇に当てる。誰が聞いてるわけでもないのに声量を低めた。
「これは真菜さんも知らないことだから、言っちゃ駄目だよ」
「台さんは知らない……」
純架はうなずいた。宮下刑事は元に戻る。
「森下祐美さんは、その後台敬治さんと子連れで結婚。森下真菜さんを自分たちの子、台真菜さんとして育てることに決めた。そのうち敬治さんは仕事が忙しくなり、海外と日本を頻繁に往復することになった。そこで将来の語学力のため、真菜さんをアメリカに留学させることにしたんだ。ちょうど3年前のことだ」
「妙にスキンシップに積極的だなと思ってたら、アメリカ譲りだったんですね」
刑事は資料をぱらぱらとめくる。
「その間、台と名字の変わった祐美さんのもとには、門山厚さんから頻繁に電話がかかってきた。隠し子の真菜さんに会いたい。話がしたい。そういう内容だったそうだ。祐美さんは断った。真菜さんのアメリカでの生活を邪魔されたくなかったし、自分たちを切り捨てた厚さんに対する憎しみもあったからだ。しかし厚さんはそれはもうしつこく、時には毎日のように電話をかけてくることもあったという。手紙まで送ってきて、これはもうストーカーに近かったらしい。祐美さんがこの署に相談に来ることもしばしばだった」
妾より本妻を取ったくせに、図々しいおっさんだ。
「そしてつい先日のことだ。台敬治さんはまたまた仕事の都合で、日本に定着することになった。そこでアメリカ留学中の真菜さんを呼び戻し、一緒に暮らし始めることとなった。だがそのことを、祐美さんは厚さん相手についうっかり喋ってしまったんだな。厚さんは考えた。どうやったら隠し子だった真菜さんに会えるだろう? そこで息子の健作に相談したという――実はお前の異母妹で真菜という娘がいる。会いたいが、どうすればいいか知恵を貸してくれ、と」
純架が得心したように膝を叩いた。
「なるほど。それで健作は台さんのことを知ったわけですね」
「健作は真菜さんの現在の父親である台敬治さんが、大手IT会社の社長と知り、一儲けをたくらんだ。ちょうど妻のなつめが妊娠して金に困っていたこともあり、真菜さんを誘拐して身代金をふんだくろうと考えたらしい。元暴力団らしい短絡的な考え方だな」
えっ、あのプロレスラーのような健作は、元々そういう出身だったのか。確かに要人のボディガードにはうってつけの体格だろう。
「それでまずはレンタカーを借り、真菜さんをさらった。誰も使っていないことを確かめてある森の小屋に真菜さんを監禁すると、おみくじに地図の紙を巻き込んで神社のロープに結んだ。そしていったん自宅に戻った――これは君たちが目撃しているね」
純架の推測はほぼ正しかったわけだ。
「健作はその後再び外出した。身代金をかっさらうためのバイクを盗もうと、近所を物色していたらしい。そうして見事盗品にまたがって帰宅したところを、張り込んでいた捜査員が取り囲んで押さえたというわけさ。奴は暴れに暴れてね、制圧するのにそれなりの時間を費やしたよ」
宮下刑事は資料を軽く一叩きした。
「ま、今回の事件はそんなところだ。もういいかね?」
純架は丁重に頭を下げた。
「はい、ありがとうございました。楼路君、どうやら以上がこの事件の全貌のようだね。門山健作に正しい裁きが下されることを願うよ」
それから幾日かが過ぎ、渋山台高校の3学期が始まった。俺と純架は再び制服の紺のブレザーに袖を通し、毎日の通学を再開した。
始業式とロングホームルームが終わった放課後、俺たち『探偵同好会』は部室である旧棟3階1年5組の教室に全員揃った。しかし英二、奈緒、日向、結城の4人は冷めた目で俺と純架を見つめている。
俺は拝むように手を叩いた。
「本当にすまん! 電話で一人一人謝ったけど、もう一度謝らせてくれ! 悪かった。この通りだ!」
純架が俺の背中をさすった。
「楼路君もこう言ってるし、許してあげてくれよ、皆」
お前も謝るんだよ。
英二は尊大に構えた。
「それはいいとして、何か忘れてやしないか? おみくじの罰ゲーム、甘酒おごりはどうした?」
奈緒が引き取る。
「後お汁粉もね」
俺はこれ以上怒らせないよう従順に平伏した。
「ただいまご用意いたします」
「よろしい」
純架は手提げ袋から甘酒の紙パックを取り出した。俺はインスタントのお汁粉の袋を机の上に並べる。
「同好会会長として改めて謝罪しておくよ。ごめん、皆。楼路君と二人で勝手に楽しんじゃって」
俺は全ての紙コップにお汁粉の元を入れると、一つずつポットの熱湯を注いだ。
「とにかく悪かったよ。お詫びだ、飲め飲め」
英二が眉を歪める。
「反省の度合いが足りない気もするが……。まあいい。結城、コップを持ってきてくれ」
日向が手渡しに参加する。
「あ、菅野さん、私も手伝います」
「助かります」
冷たい甘酒と温かいお汁粉、二種類の紙コップが全員に行き渡った。純架が乾杯の音頭を取る。
「では、『探偵同好会』新年、気合入れていこう! 乾杯!」
そのときだった。ドアが開き、見知った顔が現れたのは。
「それ、あたしも参加させてくださいです!」
快活にそう叫びながら入ってきたのは、台真菜。
「う、台さん?」
純架が素っ頓狂な声を上げる。苦手、天敵。彼にとって彼女はそんな存在のようだった。
真菜は早速純架の腕に絡みついた。恥じらいやためらいとは無縁の女。
「酷いですです純架様、あたしを放ったまま音沙汰なしだなんて……」
「君、何でここに? それにその制服は?」
考えなくても分かりそうなことだったが、純架の脳は一時的に活動を鈍らせているらしい。
「へへっ、あたしも渋山台高校1年2組に転入してきたんですです。そして今日からは、純架様の『探偵同好会』新入会員として頑張りますです!」
一同が驚きの声を発した。
「ええっ?」
真菜は自分の胸を純架の腕にぐいぐい押し付け、更に顔を近づけると、彼の頬をぺろりと舐めた。
「純架様、甘いですです」
この流れに取り残されていた日向が、うめくように言った。
「ふ、ふしだらです……」




