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奇行と美貌と探偵と〜桐木純架の推理日誌  作者: よなぷー
06慌ただしい年末年始
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165おみくじの地図事件05

「がたいのいい男に、包丁を突きつけられましたです。一突きで相手を刺殺できるような、そんな大きく鋭利そうな代物でしたです。そして『騒いだら殺す』と脅されて……。本当に、心の底から震え上がって、逃げ出すことも考えられないぐらい怖かったですです」


 まあ普通そうだろうな。下手をうって刺されるのが一番まずい。


「大男は私の両腕を背後で縛り上げると、口をガムテープで塞ぎ、車の後部座席に押し込みましたです。そうして自分は運転席に座ると、ライトを点けて長距離を飛ばしましたです」


 純架が口を挟んだ。


「その車の種類は分かるかい?」


 真菜は大げさに首を振った。


「車にうといし、なにぶん暗かったので、さっぱり分かりませんでしたです」


「続けて」


「そうしてしばらくして停車し、『降りろ』と引っ張り出されましたです。大晦日の満点の星空は素晴らしかったのですが、それを味わう余裕はありませんでしたです。懐中電灯の乏しい明かりの中、大男はあたしを強引に引っ張って、森林の果てにあったこの小屋に連行しましたです」


 真菜は救助された反動で、今までこらえていた睡魔に侵食されつつあるのか、その目は閉じたり開いたりを繰り返している。


「そしてあたしをドラム缶の上に立たせ、自分も乗ると、首輪をかけた挙句目隠しをしました。口のガムテープはそのとき取られました」


 俺は首を傾げた。


「何で取ったんだろう?」


 純架は何でもないことのように回答した。


「台さんが泣き出したら、鼻腔が鼻水で塞がってしまい、息ができなくなるからだよ。そっちで殺す気は大男にはなかったんだ」


 真菜の話は続く。


「大男はドラム缶から下り――足に伝わる振動でそれと知れましたです――、あたしに言いました。『下手に動いたら首を吊って死ぬことになる。そうなりたくなければ動くな。安心しろ、俺の目論見どおりにいけば助かる』と」


 純架が憤慨して吐き捨てた。


「この仕掛けでは真菜さんはいずれ力尽きて死ぬことになるじゃないか。誰の救助も来なければね。何が『安心しろ』『助かる』だ。身勝手でいい加減すぎる」


「あたしのために怒ってくださいますですか?」


 純架はうっとうしかったのか、ぴたりと口を閉ざした。真菜は純架の上腕に頬ずりしている。


「その後、大男の気配は去っていきましたです。それからはずっとここで立ち尽くしていましたです。最初の頃は『誰かいませんですか?』と声を出していたんですが、数時間でやめましたです。とにかく助けが来る、絶対来ると信じて、無駄に体力を消費する愚を避けましたです」


「懸命な判断だね」


 純架は腕を上って来る真菜の頭から顔を遠ざけた。


「台さんの親はお金持ちなのかい?」


「はい、大手IT会社の社長夫婦ですです。あたしは3年に及んだアメリカ暮らしをやめ、つい一週間前に帰国したばかりですです」


「なるほど、それで大男に目をつけられたわけですね」


 不意に、真菜が純架から離れ、理解できないとばかりにうつむいた。


「不思議なことがありましたです。あの誘拐犯の大男に対して、あたし、何故か親近感が湧きましたです。こんな酷い目に遭わされても、その感覚は失われませんでしたです」


 俺はこの奇妙な告白に頭を傾けた。


「何だろう。台さん、結構プロレス好きとか」


「ああ、そうかも知れませんです。アメリカ生活では、最大手プロレス団体のWWEをよく拝見してましたですから」




 俺と純架、真菜の三人は、再び林道を渡ってタクシーの停車している場所に戻ってきた。スマホのアンテナは相変わらず微弱な電波しか受け取っておらず、ともかく市街地へ戻る必要があった。


 運転手は自分が誘拐事件の登場人物の一人――端役だけど――になったことに浮き浮きしていて、快調に車を飛ばした。何なら鼻歌まで歌っていたほどだ。俺も純架も呆れ返った。


 やがてスマホが安定してくると、タクシーの中で、純架は警察に電話をかけた。


「もしもし。台真菜さんの誘拐事件に関してお話があります。既に真菜さんを保護いたしました。担当の部署にお繋ぎください」


 その後、いくつかのやり取りの後、純架は電話機を真菜に渡した。真菜の声が弾む。


「ああっ、お父さん、お母さん! あたしは無事ですです。純架様に助けていただきましたです。元気で負傷もないですですよ。……泣かないでくださいです、二人とも……」


 真菜ももらい泣きして、目が潤んでいる。


 その後、再び純架の手にスマホが渡った。警察の幹部級とやり取りしているらしく、こういうときの堂々とした態度の純架には、さすがに勝てないなと俺は自嘲した。


「楼路君、やっぱり台さんのご両親は、早くから警察に相談していたようだね。台さんが車に押し込まれるその現場を目撃した人が、残された買い物袋と財布から、これは誘拐だとさとったらしい。すぐ台さんの家に電話をかけて、話を聞いた台さんのご両親はすぐに警察に電話をかけた――という順番だ。今僕が話していたのは県警捜査一課の宮下隆志みやした・たかし刑事で、快くその辺に答えてくれたよ」


 運転手に注文する。


「これから県警察署に向かってください。警察は大男――もう素性は分かったよ、門山健作かどやま・けんさくという――の確保にも動いてくれるそうだ。僕があいつの住所を教えたからね。というわけで、後は運転手さん、よろしく」




 広い敷地にパトカーが数台停まっている。県警察署は勇壮な灰色の建築物で、何やら威圧感を感じるほどだった。空は曇り始め、今にも泣き出しそうだ。そんな景色の中、待ち構えていた警官に出迎えられ、俺たちは停車したタクシーから次々と降りた。


「真菜ちゃん!」


 真菜が両親と歓喜の抱擁をかわしたのは、それから1分と経たない頃だった。別れてから一日と経過していないはずだが、千秋の思いだったのだろう。真菜も父も母も、手放したらまたどこか遠くへ行ってしまうとでもいうように、なかなかお互いを放さなかった。


「君たちが電話に出た、お手柄の高校生2人ですね?」


 とぼけた感じ。髪の毛は今風にクシャクシャでブラウン。どこかくたびれたサラリーマン風。それでもその両眼は犀利な輝きを放つ。そんな人物が、並み居る警官たちの中で俺たちの目の前に現れた。警察手帳を見せる。


「どうも、この誘拐事件の担当の一人、特殊捜査班の警部補、宮下隆志です」


 頭をがりがりと掻いた。


「いやあ、今回は本当にありがとうございました。おかげで大いに助かりました」


 純架は一礼した。


「それより、誘拐犯の門山はどうなりましたか?」


 よくぞ聞いてくださいましたとばかり、宮下刑事は哄笑する。


「それも解決です。先ほど彼の身柄を無事確保したとの連絡がありましてね。もう何の憂慮もありません」


「それは良かった」


「とりあえず詳しい話を聞きたいと思いますので、ちょっとお時間いただけますか」


「もちろんです。ところで身代金の受け渡しは行なわれたのですか?」


「いえ、まだ最初の、誘拐を知らせる電話が未明にかかってきただけです」


「なるほど」


 純架は俺を肘でつついた。


「もう何の問題もないわけだ。さあ楼路君、行こう」

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