154七番目のプレゼント事件03
純架は俺に質問を投げかけてきた。
「楼路君、僕らがここに入ってきたとき、台座に置かれたプレゼントは何個あったかね?」
「んなもん、覚えてねえよ」
「僕もだよ。僕も少し、浮かれていたのかな。こんなミスを犯すとは……」
それから日向に向き直った。
「最後に来たのは辰野さんだったね。プレゼントを台に置いたとき、そこには既にいくつあったかね?」
日向は宙を見据えて答えを探した。程なく淀みない回答を発した。
「六つあったような気がします」
俺はうなった。
「じゃあそのとき既に1個増えていたわけだ」
日向は大慌てで両手を振った。
「あ、いや、あったような気がするだけで……。確信とまではいきませんよ」
それまで黙ってやり取りを眺めていた英二が、不意に絶対零度の声を吐き出した。
「結城、お前がやったのか?」
結城は首を振って言下に否定した。
「いえ、私ではありません」
英二はメイド長に厳しい視線を送った。矛先は彼女らに変わった。
「おい、メイド。お前らがやったのか?」
居並ぶ召し使いたちが雷で打たれたように背筋を伸ばす。
「いいえ、私どもではありません。菅野さんも私どもも、そのようないたずらや悪ふざけをご主人様に対して働くなど、断じてございません」
英二はその小さな体からは到底信じがたいような大音じょうを爆発させた。
「本当だな? 本当にやってないんだな?」
メイド長は気圧された様子ながらも、凛として対峙した。
「はい、決して」
プライドが感じられる口調だった。英二は純架に向き直った。
「聞いたとおりだ。うちのメイドたちは一切手を出していない」
純架は首肯した。
「となると、やっぱりこの6人のうちの誰かということになるね。案外英二君だったりして」
「お前な……」
「ともかく」
純架は台座を手で指し示した。
「プレゼントと贈った当人を照合してみよう。紙袋の重さや振ったときの感触から、自分が持ってきたものは分かるよね? 皆で自分の分を取り去って、残ったものが7番目の、正体不明のプレゼントということになる。どうだい?」
英二は素早く賛同した。
「早速やろう」
俺たちは席を立ち、それぞれ紙袋を一つ一つ手に持って、揺すったり量ったりして自分のものかどうか確認した。やがて一人ずつ自分のものとおぼしき紙袋を手に離れていく。
残ったのは、本当に中身が入っているのかどうかも怪しい紙袋一つ。無論、これが正体不明のプレゼントということになる。
純架が軽々と持ち上げた。
「この軽さなら爆発物という心配もないね。カミソリとかが入っている危険性もあるが、まあ開けてみればいいか」
日向が心配そうに声をかける。
「気をつけてください、桐木さん」
「大丈夫だよ。……おや、中身を見られないようにするためだろうか、ホッチキスで入り口が留めてある。……破るか」
純架はホッチキスの芯による封を取り除き、中身を覗き込んだ。内側に手を突っ込み、何かを取り出す。
それは……
「桜の髪留めじゃないか」
俺はそれ以外形容しようのない七つ目のプレゼントに唖然とした。英二が怒ったような声を漏らす。
「何だこれは。ごく普通にプレゼントじゃないか」
純架はヘアピンを仔細に眺めた。
「規定どおり、1000円以下っぽいね。なかなかセンスがいい……」
英二が拳で平手を叩いた。
「そうか、そのサイズの内容物なら、その紙袋を本命の袋の中に畳んで入れることが可能だ。犯人はそうやって、皆の目を盗んで七つ目の紙袋を持ち込んだんだ」
純架は桜の髪留めを台に置くと、唐突に手を叩いた。
「はいはい、この謎解きは後、後。『探偵同好会』会長としては、先に皆とプレゼント交換会をやりたいね。髪留めの謎はその後解いても構わないだろうし」
俺はずっこけそうになった。
「相変わらずマイペースだな……。俺は気になって交換会どころじゃないぞ」
奈緒が激しくうなずいた。
「私もよ」
純架は俺たちを半ば無視するように宣言した。
「さあ、くじ引きだ。あみだくじを用意してあるんだっけね」
英二が指を鳴らすと、メイドの一人が学校の机一枚ほどありそうな画用紙を持ってきた。中央が巨大な付箋で隠されている。英二が黒マジックのキャップを外した。
「この上方に名前を書け。もちろん主催者の俺が最後でいい」
純架はマジックを受け取り、「JUNKA」となぜか達筆なローマ字で記名した。
「本当はどれが誰のプレゼントか、最後まで秘密のままにしておきたかったけど、しょうがないね。下にも名前を書くよ、英二君」
「ああ、そうしろ。本来はプレゼント袋に札を貼って、その番号を記入する形を取りたかったんだけどな。今更しょうがない」
純架は今度は下手糞な字で「じゅんか」と記入した。
全く意味が分からない。
「さあ、今度は誰が書く? 順番は関係ないからね」
日向がマジックを受け取った。
「いいのが当たりますように……」
こうして全6名が名前を上下それぞれのスペースに書き込んだ。純架が付箋に手をかける。
「恨みっこなしだよ。じゃ、始めよう」
そう言って、一気に紙を剥がした。その結果……
純架は結城のプレゼント「手帳」。
楼路は純架のプレゼント「『ビックリさん』チョコ11個」。
英二は奈緒のプレゼント「小銭入れ」。
奈緒は楼路のプレゼント「UFOキャッチャーの景品・黒猫のぬいぐるみ」。
日向は英二のプレゼント「高級チョコレート」。
結城は日向のプレゼント「ブックカバー」。
奈緒は踊るように喜びを表わした。
「嬉しい! 大事にするね、楼路君!」
その歓喜は俺の想像の上をいっていた。俺も何だか楽しくなる。
「はは、まさか奈緒に受け取ってもらえるとは思わなかったな。取った甲斐があったよ。にしても……」
俺は手持ちの紙袋の中を恨めしく覗いた。
「俺は純架の『ビックリさん』チョコ11個とはな。パチモンお菓子を1000円ぎりぎりまで買うなんて、何考えてんだ全く」
純架は結城の手帳を指でめくっている。いかにも気に入った様子だ。
「新年に向けて、色々スケジュールを書き込むのに便利そうだ。ありがとう、菅野さん」
英二は奈緒の小銭入れを、随喜とは程遠い表情でくるくる裏返した。
「使うことあるか……?」
奈緒が聞き咎める。
「ひっどーい」
日向が菓子ケースを開け、香ばしい匂いを鼻腔に吸い込む。
「三宮さんのチョコ、甘くて美味しそうですね。太りそうで心配ですけど……」
その日向のブックカバーを、結城は大事そうに抱きしめた。
「私は結構読書家なので、これはありがたいですね。大切に使わせてもらいます」
「ありがとうございます、菅野さん」
一通り交換が済んだところで、純架が咳払いをした。
「さて、残るは桜の髪留め一つだね。犯人については、大体目星はついている」
俺たちはぎょっとなった。
「本当かよ、純架!」
「ただ最終確認はしておきたい。皆、プレゼントを買った際のレシートが残っていれば出してくれ。プレゼントと髪留めを一緒に買った、という間抜けが犯人なら、これで一発解決だからね」




