152七番目のプレゼント事件01
(二)『七番目のプレゼント』事件
渋山台高校は2学期の期末テストを終え、後は明日、12月22日の終業式を残すのみとなった。空気は冷え渡り、生徒たちはマフラーや手袋で防寒対策に余念がない。大掃除は午前で終わり、俺たち『探偵同好会』はいつものように旧校舎3階1年5組の教室に集合した。
「明後日はクリスマスイブだね。楼路君、ちょっと早いけど君にクリスマスプレゼントだよ」
ずいぶん気の利いたことをするな、と思って純架の手元をよく見てみたら、そこには邦画『変身』のDVDが握られていた。
「日本映画史上に燦然と輝く普及の名作。東野圭吾原作の実写化作品がこれだよ。さあさあ、今すぐ帰宅してレッツ視聴!」
「時間と手間の空費だ」
俺はなおもDVDを押し付けてくる純架を片手で押しのけながら、全員を見渡した。
「それより、明後日はどうするんだ? クリスマスイブ、皆で集まったりとか」
純架はようやく諦めたのか、『変身』を鞄の中にしぶしぶしまう。
「そうだね、『探偵同好会』の今年の締め括りとして、最後にどんちゃん騒ぎといきたいね」
それまで窓外を眺めていた英二が、ここぞとばかりに口を挟んだ。
「俺の屋敷でクリスマスパーティーでも開くか? お前らもたまには上流階級の食事を味わえ。巨匠のシェフが腕によりをかけてご馳走を振舞ってくれるぞ」
俺は垂れそうになったよだれを慌てて引っ込めた。金持ちのボンボンである英二といえば、毎日の豪華弁当でその恵まれた環境の一端を示している。あの食事をより豪華にした料理が食べられるかと思うと、早くも腹がはしたなく鳴っておさまらなかった。
純架は英二の提案を大いに歓迎した。
「いやあ、悪いね。みんなの親睦を深めるためにも、英二君にはぜひとも協力してほしいところだよ」
腕を組んでしみじみ語る。
「僕の家は結構サバイバル対応を心がけていてね。サバゲー好きの母さんが毎日夕食をこしらえてくれるんだけど、時々非常食の缶詰が数個並ぶだけのこともあるんだ。コーン缶とかサバ缶とかね。どんな状況でも生き残れるようにって教えなんだけど、それは僕的にはやっぱり不満なんだよ」
どんな家庭だ。
「だからクリスマスイブも缶詰の可能性があったわけで、やっぱり僕はこの日ぐらいは豪華な食卓を囲みたいと常々思っていたんだ。というわけで、僕は英二君の案に賛成だね。みんなはどうだい?」
奈緒が一も二もなく承諾した。
「私もオーケーよ」
日向も満面の笑みで賛同する。
「私もぜひ参加したいです。楽しみですね!」
純架が立ち上がって俺に背中を向け、開いた股の間から俺を指差した。
意味はなさそうだ。
「楼路君も来るよね?」
当然、のけ者になるつもりもない。俺は首肯して同意を表明した。
と、急に奈緒が両手を叩き合わせた。
「そうだ、プレゼント交換会でもやろうよ。各自1000円までの範囲でプレゼントを買ってきて、当日くじ引きでやり取りするの。面白いと思うよ」
なかなか庶民的な、でも楽しそうなアイデアだ。日向が軽く興奮したのか、体を上下に揺する。
「賛成です! ぜひやりましょう」
結城が――英二のメイドだから当然参加する――口元を押さえて微笑んだ。
「なるほど……。おもむきがありますね」
そんな『探偵同好会』メンバーのはしゃぎようを眺めながら、英二が喜びを隠しきれない。
「ふふ……」
純架が椅子に座り直しながら見咎めた。
「なんだい英二君、にやけちゃって」
指摘された当人は一転赤面した。
「何でもない」
俺はふとその理由に思い当たり、かまをかけてみた。
「英二、クリスマスパーティーを友達とやるの初めてなんだろ?」
英二は怒ってみせた。
「ふざけるな。毎年やってきたぞ」
俺はしかし、その態度が実体を伴わないことを見抜いた。上から目線で応じる。
「それは金で繋がった上っ面の、名目上の友達とだけだろ? 俺たち『探偵同好会』みたいに、気心の知れた間柄で催すのは今回が初なんだろ? どうなんだ?」
「…………」
英二は金魚のように口を開閉させた後、そっぽを向いて頬杖をついた。図星だったらしい。俺の推理力も、今年の活動で少しは上達したのかな?
純架が仕切り役としてまとめた。
「じゃあ24日の午後5時、英二君の屋敷に集合だ。英二君、同好会員に駅からの送迎の車は出してくれるよね?」
英二はふんぞり返った。
「もちろんだ。三宮財閥を舐めるな」
「ついでに僕を英二君の家に泊めてくれるかい?」
英二は不得要領といった具合にまばたきした。
「は? 何でだ」
純架は大げさに両腕を広げた。
「僕もたまには豪勢な気分に浸りたくてね。それに一度でいいから天蓋付きのベッドって奴を試してみたかったんだ。英二君とも今年を振り返って色々話し合いたいしね」
英二は呆れたように首を振った。
「私利私欲だな。まあいい、部屋を一つ見繕ってやる。しもじもの者では味わえないふかふかのベッドを味わえ」
「ありがとう」
俺はそのやり取りから、とある事実に行き当たった。純架は俺の隣の家だ。その純架が泊まるということは……。
「帰りは俺一人か」
純架は俺に片目をつぶってみせた。
「そういうことになるね。楼路君、帰りは飯田さんを送ってあげたまえ。何せクリスマスイブの夜だ、酔っ払いがちょっかいかけてこないとも限らないからね」
奈緒がしきりとうなずいた。
「そうね、その通りね。帰りはエスコート――といっても短い距離だけど――してね、楼路君」
俺はにやにやしている同好会会長の顔を見つめた。
「ひょっとしてそれが英二の屋敷に泊まる真の目的か?」
「まさか。自惚れすぎだよ、楼路君」
俺の推理力は、やっぱり以前と変わらぬらしい。
2学期が滞りなく終わり、俺たち渋山台高校生は冬休みに入った。宿題はさておき、まずは当日を迎えた今日のクリスマスパーティーだ。英二に聞いたところによると、特にフォーマルな装いをせずとも、学校の制服で十分だというので、俺はいつもの紺のブレザーに袖を通した。隣人との待ち合わせ時刻になって家を出ると、同じ格好の純架が既に待ち受けていた。
「じゃ、駅まで行こうか、楼路君」
その手には手提げの紙袋。中に1000円未満のプレゼントが入っているのは確実だ。実は俺も同じく手提げの紙袋を手にしていた。事前に誰がどのプレゼントを持ってきたのか分かってはつまらないので、英二がこれに入れるように、と用意してくれたのだ。
時刻は午後4時。街はクリスマスの赤と緑の色彩が乱舞している。商店街の名物である巨大なツリーには電飾が巻きつけられて、色とりどりの光を放って点滅していた。道行く人々は身を切る寒さに、上着の裾を掻き合せていたが、どこか暖かな表情で連れの人物との会話を楽しんでいる。雪どころか雨さえ降りそうにない好天で、ホワイトクリスマスとはいかなかったが、これはこれで面倒くさくなくていい。
駅に到着し、電車に乗る。車内は家でのくつろぎと温もりを求める種々雑多な人々で混雑していた。俺は流れ行く景色を眺めながら、すっかり薄くなった腹をさすった。今日のディナーのために食事を抜いてきていたのだ。




