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143白石まどか事件11

 翌朝、俺たち『探偵同好会』メンバーの男三人――純架、俺、英二は、純架を先頭に清水先生に直接当たった。女子テニス部の朝練を見守る彼を、やや離れた所まで誘導する。コートの沙織がこちらをちらちら見ているが、話が聞こえるはずもない。


「いったい何のようだ。さっさと終わらせろ」


 清水先生は仏頂面だ。今朝は肌寒いため、ポケットに両手を突っ込んでいる。


 純架は3年1組担任を睨みつけた。


「清水先生、僕ら『探偵同好会』は、とある方からの密告であなたの過去の悪事を知りました」


 女子テニス部顧問はぴくりと眉を動かす。内心の動揺が端的に表れていた。


「俺の過去の悪事、だと? 何だそれは」


「お認めになりますか?」


「悪事も何も、俺は知らんな。言いがかりはよしてもらおう」


 純架は単刀直入に切り込んだ。


「では白石まどか殺害も否定するわけですね?」


 清水先生はまぶたを全開にし、わなわなと体を震わせた。株の暴落を知ったディーラーのようだった。


「な、ななな……何だと? 白石、まどか……?」


 純架は軽蔑の眼差しを向ける。相手を殴りたくて仕方ないようにみえた。


「そうです。我々は清水先生に関する全てを知りました。覚醒剤のこともね」


 麻薬常習者は目を白黒させ、黄色い歯を音が鳴るくらい噛み合わせる。純架は吐き捨てた。


「先生、警察に自首してください。そして全ての罪を償ってください。我々は三日待ちます。それを過ぎても自首しない場合は、こちらから暴露いたします。では」


 俺たち3人はその場を立ち去った。振り返ると、「絶望」という名の彫像が立ち尽くしていた。




 一方、現在39歳になっているはずの荻原美音子に関しては、英二が腕利きの探偵に依頼して調査させた。さすがに俺たち素人が取り組むには難題過ぎたのと、テスト勉強の時間を浪費するわけにはいかなかったのとがその理由だ。


 結果は程なく出た。英二が昼に調査書類を開陳する。


「失踪だ、純架。22年前、つまり白石が殺されて埋められたときから一年ぐらい経過した頃だ。学校に行ったまま戻らなくなったそうだ」


 結城は冷厳に断定した。


「恐らく清水先生に殺害されたものと思われます。口封じのためでしょう」


 純架は耳かきで鼻の穴をほじった。たまらず俺が「それは耳の掃除に使う道具だ」と指摘すると、純架は「そうなんだ」と、そのまま耳の穴に突っ込んだ。


 誰かこの馬鹿を止めてくれ。




 翌日、清水先生は学校に来なかった。といって自首した様子もない。放課後、俺たちは部室に顔を揃えてこの問題を話し合った。純架が状況を説明する。


「諸先生方の話では、清水先生は姿を見せないどころか電話にも出ないそうだよ。青柳あおやぎ先生が心配になって今夜アパートを見に行くらしい。まさか自殺なんてしてないだろうね」


 俺は別の心配をした。


「弓削さんは大丈夫かな。清水先生、彼女のところに行ったりして……」


 そうして俺たちが今後の対策を講じていたときだった。


 突如教室のドアが開かれた。


 そこには、出刃包丁を構えた清水先生が立っていた!


 その目には狂気が宿っている。左腕には注射の跡がくっきり残っていた――覚醒剤を打ったのだろう。


「お前ら、全員ぶっ殺してやる! 白石や美音子のように!」


 俺たちを殺しに来たってのか。将来を悲観して……!


 突風のように殺到してきた清水先生は、もっとも近かった純架に凶刃を振り下ろした。


「ぐっ……!」


 かばうように出した腕が切られ、鮮血がほとばしった。俺は叫んだ。


「純架!」


「制圧します!」


 結城が猛然と狂人に襲い掛かる。だが純架の血で足が滑ってしまい、バランスを崩した。


「結城!」


 英二が悲鳴のような声を上げた。清水先生の包丁が結城の鎖骨の辺りを払ったからだ。とっさに後方へ跳んで致命傷は避けたものの、真っ赤な液体が噴き出して傷の深さを物語った。


 純架がうめく。


「このままでは……」


 そのときだった。


「ちょい待ち!」


 白石まどかが、清水先生の目の前に姿を現したのだ。殺人鬼の全身が、停止画像のように固着した。


「そ、その声は……その姿は……」


「もうやめようや、清水先生」


 清水先生の額に汗が水玉模様を作り出す。


「白石……! 馬鹿な、殺したのに! 山の奥深くに埋めたのに……! げ、幻覚か?」


 まどかは微笑した。透き通るようで、悲しみに満ちた、そんな瞳。


「清水先生、ずっとあたしのこと覚えていてくれたんやな。どんな感情でかは知らんけど……。怖がらなくていいんやで、あたしは幽霊なんやから」


 まどかが一歩恩師に近づく。清水先生は錯乱した。


「く、来るな!」


 まどかは歩みを止めない。教師は全力で包丁を振り回した。しかし全てまどかの体を透き通って当たらない。


「ひっ、近づくな! 近づくな!」


「今覚醒剤を抜いたげる」


 まどかは清水先生の目の前に立つと、相手を抱きしめるように腕を回した。清水は恐怖に引きつった顔で硬直する。


「ひいぃっ!」


 しかしその顔は、次第次第に落ち着きを取り戻していった。目から異常な光が取り除かれ、四肢は弛緩して硬直から解放される。


「あ……?」


 かつての教え子は無邪気に笑った。


「あたしの治癒能力や。気分が良くなってきたやろ、清水先生」


 そういえば清水先生の腕にあった注射痕も、いつの間にか塞がっていた。その手から、とうとう包丁が取り落とされる。


「し、白石……」


 まどかは名残惜しそうに体を離した。正気を取り戻した清水はまじまじとまどかを見やる。


「なんで、白石……お前、本当に幽霊なのか……?」


 殺人事件の被害者は、しかし加害者に笑顔を振りまいた。


「あたし、地縛霊なんや。この教室に縛り付けられて、未だ成仏できんかった。その理由が今、やっと分かったわ。あたし、先生に言い残したことがあったんや」


 俺たちは固唾を飲んで見守る。その中で、まどかは堂々と気後れなく発言した。


「あたし、清水京太郎先生のことが、好きやったんや。そう、美音子よりももっともっと、大好きやったんや」


 清水先生がまどかを凝視する。まどかの目尻に涙が浮かんだ。気丈にもそれを振り払う。


「でも美音子と大親友やったから、よう言い出せんかった。美音子は清水先生の彼女やし。清水先生は、遊びであたしを抱きしめたんやろうけど、あたしは本気で嬉しかったなあ」


「白石……」


「あたし、恨んでないで。それだけは分かっといてな、先生」


 清水先生は身じろぎ一つできないままだ。まどかは両腕を頭上に伸ばして大きく身を反った。


「……ああ、すっきりした。あたし、これでようやく天国へ行ける」


 俺たちの元にやってきて、純架と結城、それぞれの負傷箇所を撫でた。傷がたちどころに塞がる。

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