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132自販機のお釣り事件04

 純架、藪野先輩、角谷先輩、俺、日向、その他野次馬は、自販機の前に到着した。見るからに古い機種だ。西日が強く差し込み、自販機の前面に反射している。


 純架はポケットから財布を取り出し、実際に100円2枚を入れてみせた。


「あれ、何だこれ。壊れてるのかな? 投入金額の表示が薄過ぎる。夕日と相まってランプが非常に見づらいね」


 130円の缶コーヒーを選び、ボタンを押した。


「おっ、この自販機、ルーレット付きだ。同じ数字が四つ並ぶともう一本、みたいだね。リール回転中は無音だから気づかない人も多そうだな」


 取出し口に缶コーヒーが転がり落ちる。


「表示が薄いけど、この角度なら何とか分かるかな。1、1、1……もったいぶって……9。外れたね」


 缶コーヒーを受け取り口から取り出す。熱いのだろう、ポケットに突っ込みながら、純架は唐突に言った。


「なるほど、謎は解けました」


 藪野先輩と角谷先輩が同時にハモった。


「どういうことだ?」


 純架は踵を返し、俺たちに正面を向ける。


「話は簡単です。藪野先輩と角谷先輩の前に、もう一人誰か、別の客がこの自販機を利用したんです。そして何か商品を購入し、お釣りを受け取った。その際、ルーレットが四つ揃った――つまり飲み物がもう一本『当たった』んです」


 俺たちは絶句した。純架が続ける。


「しかし残念ながら、その人は自分の幸運に気づかず、その場を立ち去ってしまいました。恐らく藪野先輩同様、音楽でも聴いていたんでしょう。そこへ、スマホの曲に耽溺しながら藪野先輩が現れた。日差しや薄い表示のせいで『当たった』状態に気づかず、200円を投入した藪野先輩は、缶コーヒーのボタンを押す。200円は入ったままで、ルーレットの当選品としての缶コーヒーを手に入れました」


 藪野先輩がうめいた。


「何だと……!」


「その後角谷先輩が来て、200円が入ったままの自販機に100円を追加し、100円丁度のミネラルウォーターを購入しました。何しろ200円です。恐らく全てのランプが点灯していたことでしょう。しかし角谷先輩は視力が低く、また藪野先輩同様の理由で、そのことを察知できませんでした」


 角谷先輩が感嘆している。


「ああ、そうかもしれない」


「お釣りが出ないと分かりきっていた角谷先輩は、後ろも見ずにその場を立ち去り、200円の残金の存在に気づかなかった。後は、それを眺めていた藪野先輩が、お釣り口に70円がないことを確認して、短絡的・発作的に角谷先輩に追いついて呼び止め、口論に至った……というわけです」


 胸に手を当てた。


「以上がこの事件の全貌ですよ、皆さん」


 藪野先輩は晩秋にもかかわらず大量の汗をかいていた。そりゃそうだろう。角谷先輩に言いがかりをつけたのだから。


 苦し紛れに言った。


「じゃあ、じゃあ俺の200円はどうなったんだ?」


 純架は気の毒そうに眉毛を落とした。


「多分その後来た別の客が持ち去ったのでしょう。今となってはその人を捕まえることはできませんが。藪野先輩は勘違いせず、夕日が眩しかろうが液晶画面が薄かろうが、ちゃんと確認して、200円を取り戻していれば、何ということはなかったのです」


「なんてこった……」


 一方、無罪が確定した角谷先輩は憤懣ふんまんやるかたない。火でも吹きそうな鋭い眼光で藪野先輩を貫いた。


「おい、俺に謝れよ。お前の愚行に付き合わされて、肩までどつかれて、こっちは迷惑千万なんだ。まさかまだ抗弁する気じゃあるまいな?」


 藪野先輩は舌打ちした。しかしばつの悪さはいかんともしがたく、やがて渋々と頭を下げた。苛立ちを込めて謝罪する。


「俺が悪かったよ。すまんな」


 角谷先輩はようやく頬を緩めた。


「分かればいいんだ」


 ペットボトルを開け、旨そうに水を飲む。快心の笑みだった。


「じゃあな。ご苦労だったな、桐木」


 そうしてその場を去っていく。藪野先輩は屈辱に青ざめ、拳を震わせていた。彼の視線を避けるように、野次馬たちが散っていく。その中で、藪野先輩は日向に目をとめた。


「おい、お前確か新聞部だったよな。学園祭で俺に取材してきた……ええと」


「辰野日向です」


「そうだった」


 怒りを抑制する、無理で引きった笑い。


「辰野、まさか今の一件、新聞の記事にしないよな? 俺を笑いものにはしないよな?」


 被害妄想もはなはだしい。しかし日向はすごまれて怯えているようだ。


「それは……」


 そこに純架が声を挟んだ。


「ご安心ください、藪野先輩。彼女は『探偵同好会』の大事な一員です。この件は同好会案件として、内密に処理させていただきます」


 俺は目を見張った。「『探偵同好会』の大事な一員」と、純架がはっきりそう言ったのだ。これには日向も瞠目した。


「桐木さん……」


 藪野先輩が「ふん」とそっぽを向いてこの場を離れていく。彼の姿が角の向こうに消えた後、純架は日向の前に立った。咳払いをする。


「辰野さん、僕が悪かったよ。まさか君があんなに嫌がるなんて思わなかったんだ。ごめん」


 照れくさそうに頬を掻いた。


「これからも『探偵同好会』として頑張っていこう。会長命令は撤回だ。改めて、よろしくお願いするよ」


 日向の純架を見上げる両目に、みるみる涙が溜まっていく。顔をくしゃくしゃにして、彼女は再び泣き出した。もっともその意味は先ほどと正反対だったが。


「桐木さん……!」


 純架の胸に額を預ける。


「桐木さぁん!」


 純架はぎこちなく微笑み、号泣する日向の肩を優しく叩いた。


 俺はその光景を眺めながら苦笑する。不器用な奴だな、と。




 翌日昼、俺と純架は新聞部の部長、五代先輩と会っていた。もちろん日向にはこっそりと気づかれないように、である。


「そうか、辰野は『探偵同好会』に残ることを望んだんだな」


 五代部長は髪をかき回した。やや残念そうな、しかし爽快感に満ちた相貌だ。純架は点頭した。


「はい、五代先輩。でも、だからといって彼女を責めないでください。これは僕の意志でもありますから」


 俺は純架の横顔を見つめる。新聞部部長はふっと笑った。


「分かった。じゃあ今までどおり、掛け持ちということでまとめよう」


「ありがとうございます」


「これからも辰野をよろしく頼む」


「こちらこそです。辰野さんの新聞部での活躍を楽しみにしています」


 二人は固く握手した。




 こうして『探偵同好会』はいつもの雰囲気を取り戻した。放課後の部室では全メンバーが揃い、各々のときを過ごしている。


 純架は「ラジオ体操第7!」と叫んで、俺の写真が貼り付けられた抱き枕にマウントポジションでパンチを打ち込んでいた。


 そんなラジオ体操はない。つか、勝手に人を殴るな。


 そんな会長にタオルを差し出したのは日向だ。


「精が出ますね」


「ありがとう、辰野さん」


 もらったタオルで額を拭う。汗をかくほど真剣な純架は、やっぱり残念な純架だった。


 奈緒がその光景にほくそ笑む。


「日向ちゃんが出て行ったときはどうなるかと思ったけど……。何だかうまくいったみたいね。平和が一番よ、やっぱり」


 俺は同意した。


「純架にしては上出来だよな」


 英二が結城に肩を揉まれながらつぶやく。


「純架と辰野、この際だから付き合えばいいのにな」


 奈緒は手をひらひらと振った。


「桐木君のことだから、それはないわ」


 幽霊のまどかがぶうたれている。


「やれやれ、何かあたしだけ取り残された気がするんやけど。楼路と奈緒、英二と結城、そして純架と日向。あぶれてるのあたしだけやないか」


 俺は口端を持ち上げた。


「幽霊が細かいこと気にしない、気にしない」


 それは忘れられない風景。全員揃った大切さに、しかしそのときは気づけない、在りし日の輝かしい一場面……。

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