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127迷子のえいじ事件03

 敷島さんは上下のまつ毛を叩き合わせる。


「たどころさん、ですか?」


 ぶしつけな俺たちの唐突な質問にも、敷島さんは真面目に考えてくれる。いい人だ。


「いえ、存じ上げませんが」


 結城は怒りのやり場を失ってどうにも煮え切らない。


「どういうことでしょう?」


 俺は率直に尋ねた。


「敷島さん、俺らはこのえいじ君の両親を捜しているんです。そしてこの子が持っていた地図の中で、あなたの家が矢印で指示されていたんです。何か心当たりはありませんか?」


 敷島さんは漂う薄闇の下で地図を凝視する。


「いや、僕にもさっぱり分かりません。何で僕の家を指示しているのか、その理由も皆目見当がつきません。何かのいたずらじゃないでしょうか」




 敷島家を辞した俺たちは、夕闇の中今後を検討した。


「すっかり暗くなってきたな。もう警察に任せた方がいい。これ以上はお巡りさんの仕事だ。俺たちじゃどうにもできないよ」


 えいじの反発は即座だった。


「おまわりさん、だめ! ぼく、パパとママにおこられる!」


 奈緒が溜め息をついた。


「そんなこと言ってもしょうがないでしょう」


 俺に困り果てた瞳を向ける。


「えいじ君、幼児虐待の両親から言い聞かされているのよ。警察に行くな、ってね。困ったわ」


「許せんな……」


 しかし俺はすっかり弱りきっていた。ともかくこのままでは日没を迎えてしまう。俺たちにも家があるのだ。


「それじゃ仕方ない。ともかく今後どうすればいいか、純架に考えてもらおう」


 俺はスマホの電池残量を気にしながら純架に電話した。


『あなたがおかけになった電話番号は、現在使われておりません。五兆ください』


 請求金額が桁外れになっている。俺は丁重に無視した。


「なあ純架、聞いてくれよ……」


 俺は敷島さんとの会見の一部始終を話した。


『へえ、敷島さんは親じゃない上に、何にも知らなかったんだ』


「どうすればいいか、もう考えられん。お前の思うベストな選択を教えてくれ。従うから」


 純架は10秒ほど押し黙った。そして切り出す。


『えいじ君は鍵を持っていたんだよね。それはどうなんだい?』


 結城がえいじのバッグから鍵を取り出した。


「これですね。何の変哲もないように見えますが」


『番号が書いてないかい?』


「はい、17番とあります」


『それ、どこかのロッカーの鍵かもしれないね。多分地図に載ってる駅とかにあるものだと思う』


 俺は素っ頓狂な声を出した。


「へ? 何でそうなるんだ?」


 純架は言いにくそうに語り始めた。


『えいじ君の実の両親、たどころ夫妻は、自分たちでえいじ君を育てることを放棄したんじゃないかと考えられる。そこで子供のいない家として、自分たちが考える条件に適した敷島家に目を付けた。だからそこに引き取られることを願って、えいじ君に矢印付きの地図を持たせたんだ。自力か他力か、その子が辿り着くことを願ってね』


 放棄? えいじを?


『たどころ夫妻は昼に最後の一家団欒いっかだんらんを楽しむと、地図にある適当な場所にえいじ君を置き去りにして、その行方をくらました。あるいはもう自殺しているかもしれない』


「おいおい、まじかよ!」


『そこで鍵だ。恐らくえいじ君を育てる上での必要な書類やお金をロッカーに預け、その鍵をえいじ君に持たせたんだ。敷島さんに中身が渡るようにね。自分たちの幼児虐待について、さすがに思うところがあったんだろう。最後の優しさを発揮した、というわけさ』


 奈緒は顔面蒼白だ。


「そんな……」


 結城ははらわた煮えくり返っているらしい。


「あまりに身勝手過ぎます。散々えいじさんを暴行した挙句、敷島さん夫妻の立場をまるで考慮しないで、全部押し付けて自分たちは逃げるなんて……」


 俺は歯噛みした。


「まだ間に合うかもしれない。児童虐待するような自分勝手な奴らが、そうおいそれと自殺なんかするもんか。きっと今ものうのうと生きているに違いない、えいじをほったらかして。『田所』の苗字の家に片っ端から電話をかけて、絶対に突き止めてやる」


 純架はいたわるように優しく言った。


『ともかくもう暗い。えいじ君は嫌がるかもしれないが、警察に預けて保護してもらうんだ。そうしたら君たちももう帰りたまえ。我ら「探偵同好会」の総力を挙げて、明日から活動しよう。5兆飛んで300円も、そのとき払ってもらうから』


 払わねえよ。


 俺たちは通話を切ると、地図を参照しながら、とっぷり暮れた街道を交番目指して歩いていった。


「おまわりさん、やだ!」


 建物が見えてきたあたりで、えいじが駄々をこねて立ち止まる。何度手を引いても頑強に抵抗した。俺は仕方なしにえいじを抱き上げ、無理矢理先に進むことにした。


「パパとママ、どこ?」


 再び泣き出したえいじをなだめつつ、俺たちはお巡りさんの待機場所のドアを開けた。


「どうなさいましたか?」


 紺の制服を着た警官二名が、各々作業の手を止めて俺たちを迎え入れた。


「迷子の子供を連れてきました。実は……」


 一部始終を語り聞かせる。警官たちは熱心にうなずいていた。


「なるほど、ありがとうございます。ご苦労様です」


 代表で俺の住所を書類に書く。そうして、えいじとの別れの時は来た。


 奈緒がえいじの頭を撫でる。


「じゃあね、えいじ君。短い間だったけど、お姉ちゃんたちとはもうさよならだよ」


「おねえちゃん……?」


 言われた意味が理解できなかったらしい。結城が鞄を肩にかけ直す。


「行きましょう、二人とも。さすがに遅くなりすぎました」


「そうだな」


 俺はえいじの背中を軽く叩いた。えいじは再び俺の脛を蹴りつけた。


「やれやれ、最後までそれかよ。まあ、元気なのはいいこった。その元気でこれからも頑張っていけよ、えいじ。じゃあな」


 俺たち三人は交番を出た。ついてこようとするえいじ。お巡りさんがえいじを慌てて引きとめ、抱き上げる。


 えいじはこちらへ向かって堰を切ったように泣き喚いた。


「おねえちゃん! おねえちゃん!」


 奈緒と結城が苦しそうに振り向き、えいじを見つめる。だが俺たちにできるのはここまでだ。


「行きましょう、朱雀さん、飯田さん」


 結城がうながし、俺たちは後ろ髪引かれる思いで帰宅の途についた。




 たっぷり遊び、たっぷり迷子の相手をしたので、結構疲れていたのだろう。俺は思った以上に熟睡してしまい、翌朝は起きるのが辛かった。


 寝惚け頭で一階の食堂に赴き、お袋が作った出来立ての朝食に手をつける。味噌汁をすすりながら、リモコンでテレビをつけた。


 一発で眠気が飛んだ。


 朝のニュース番組で『夫婦自殺 借金苦か』とのテロップと共に、田所良典(29)田所ほのか(31)の死が報じられていたのだ。森で首を吊っていたところを、散歩中の男性が発見したとのことだった。

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