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121能面の男事件07

 それは疑いようもない真率(しんそつ)の響きを帯びた、愛の告白だった。


「……好きだ、結城」


 その様子に熊谷の顔が三度(みたび)変貌する。


「ん、ん、んん、んんん!」


 上下の歯を無様に合わせて耳障りな音を発した。瞳は黒々とし、狂人の輝きを帯びる。拳銃を握った手が四方にぶれた。


「もういい、死になさい、英二君!」


 唾を撒き散らして叫び、引き金にかけた指に力がこもる。やばい、英二が撃たれる! 俺はその瞬間を嫌い、目をつぶって体を強張らせた。


 心臓まで届く轟音が響き渡った。銃声だ。硝煙(しょうえん)の匂いが鼻腔に張り付いてくる。


 俺はゆっくり、恐る恐る目を開けた。そこには英二の亡き(がら)が――


 なかった。


「結城!」


 絶叫する英二の盾となり、結城が凶弾をその肩に撃ち込まれていた。メイドはご主人様をかばったのだ。英二と結城はもろとも倒れた。


 俺はかっとなり、後先考えず熊谷に掴みかかった。


「よくもやりやがったな!」


 呆然としていた能面は、俺の拳打をあごに食らって転倒した。漆原が俺に銃口を向ける。そのとき、ドアが蹴破られ、大勢の黒服たちが室内に殺到してきた。


「うわっ!」


 漆原が純架に取り押さえられる。英二の護衛たちは熊谷も縛り上げ、ここに騒乱は収まった。


 純架が俺と英二に声をかけてきた。


「英二君! 楼路君! 遅くなって済まない」


 地面に血だまりができている。結城の出血によるものだ。英二はうつ伏せに寝かせた結城の傷口にハンカチを当てていた。


「大丈夫だ、結城。弾は急所を外れている」


 結城は泣いていたが、痛みからではなかった。


「英二様……。私を心配なさるのですか。こんな真似をした、私を……」


 英二は真面目に答える。


「さっきの俺の告白は嘘じゃない。お前は俺にとってメイド以上の……大切な、一人の女の子だ」


「英二様……!」


 英二は屈みこみ、結城と唇を重ね合った。時間にして数秒。さすがに照れたのか、英二はそっぽを向いて咳払いした。


「続きはまた今度だ。安静にしてろ」


 結城は夢見るような目つきだ。


「はい……!」


 純架は俺にこっそり耳打ちした。


「スマホで聞いていたけど、まさか菅野さんが裏切るとはね。でも一件落着かな?」


 胸に手を当てる。


「以上がこの事件の全貌だよ、楼路君」


「今回は俺たちの出番はなかったけどな」




 熊谷も漆原も警察に突き出され、誘拐や銃刀法所持違反や殺人未遂などで逮捕された。ここに、英二を狙い続けた『能面の男』は獄に繋がれたのである。


 純架の録音した通信記録は最後の最後まで取っておくことにし、結城は黒服たちの応急処置後、すぐ地縛霊の白石まどかに治療を受けた。まどかは「便利屋やないんやけどな」と不平を漏らすも、結城の浅くない傷を渾身(こんしん)の力で治癒(ちゆ)させた。今や傷は撃たれた痕跡(こんせき)すら残さず完治している。


 英二の強い抗議もあり、彼の父・三宮剛は結城の母・菅野幸恵にキスをしようとしたことを認め、結城に謝罪した。ただ、階段を踏み外して転落しようとした幸恵を、剛は抱きとめようとしたのだとし、彼女の死が事故であることは間違いないと話した。また、結城の祖母・久美についても、改めて誠意を尽くすという。


 結城は謝罪を受け入れ、お互いは罪を相殺した。




「英二様、お茶が入りました」


「ありがとう、結城」


 事件の後、俺たちは何事もなかったかのように再び部室でくっちゃべっていた。外は生憎(あいにく)の雨で肌寒いが、英二と結城の関係はより熱く、より深まったように見える。少なくとも英二が日向に色目を使うことはなくなった。どうやら彼らは恋愛関係に(おちい)ったらしい。


 純架はそんな二人を横目に、最近買ったというMDプレイヤーを自慢していた。


 MDは百円ショップでも既に取り扱いをやめている。時代遅れもはなはだしい。


「雨降って地固まる、だね。『能面の男』熊谷はともかく、漆原は諦めて自供しているようだし、まずは良かったかな。英二君と菅野さんにとっては二人の関係の大事な一歩になるだろうし、何が幸いするか分からないよね、この世の中は」


「運命の気まぐれ、って奴か」


「『ターミネーター』だよね、まさしく。まあ結局なるようにしかならないんだよ、どう頑張ったってね。運命なんてのは、後で過去を振り返ったときに都合よく納得するための道具なんだよ。でも、僕は運命話、大好きだけどね」

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