102消えたトロフィー事件07
「だっておかしいじゃないか。周防先輩はスマホをなくしたんだよ。で、火曜日の放課後に生徒会室にそれが落ちてたのを確認したって、さっき言ってたよね? 生徒会室を周防先輩が使ったのは、その前の月曜日なんだよ。もしスマホの落とし場所として生徒会室が怪しいって気づいたら、月曜日にUターンして取りに戻るか、火曜日の早朝に鍵を借りて探しに行くはずじゃないか。スマホは貴重品なんだからね。それを周防先輩は、なぜ火曜日の放課後になるまで放っておいたんだろう?」
「単に気がつかなかっただけじゃないのか」
「……まあ、その線もあるけどさ」
純架は一人物思いに沈む。
「何にせよ火曜日の放課後、生徒会室の鍵はかかっていて、翌水曜の早朝まで使用するものもなく職員室に保管されていた。この記録帳によると、それは絶対間違いないね。となると、犯人は合鍵を持っていたか、それか窓から入って窓から出たか」
俺たちの会話に聞き耳を立てていたらしく、それまで机に向かって作業していた宮古先生が割って入ってきた。
「おい桐木、合鍵は考えにくいんじゃないか? そんなもんいつ作るんだって話だし。仮に作ろうとしても、鍵の業者だって未成年の怪しい依頼はいぶかしむだろう。不可能だ、合鍵なんてものは」
「宮古先生……」
「窓もそうだ。生徒会も教師も、ちゃんと窓の鍵がかかってるかどうか入念にチェックしてから退室してる。開けっ放しは考えられないな。第一、窓から出て行ったら、窓の鍵は開いたまま放置されることになるんだぞ」
「まあそうですが……。そういえば水曜日の早朝、最初にトロフィーの紛失を見出したのは誰ですか?」
「周防と淡木だったな」
「淡木?」
「2年1組の生徒会員だ」
「ああ、思い出しました。水曜の早朝、周防生徒会長と一緒にトロフィー紛失を確認した方ですね。安田先生がおっしゃってました。今どこに?」
「さあな。自分のクラスじゃないか?」
純架は一礼して早速出て行った。俺も後に続く。
2年1組の出し物は実験物の展示だった。空気砲と紙飛行機の実演と解説を行なっている。
「お、桐木だ」
懐かしい声は2年3組の海藤千春先輩のものだった。相変わらずきつい目をしている。その背後についているのは2年2組の山岸文乃先輩だ。二人は『血の涙』事件の犯人である。どうやらここの開催物を見物に来ていたらしかった。
純架が目礼した。
「お久しぶりです」
海藤先輩は鼻で笑った。
「ふん、どうせ嫌な奴に出会ったとか考えてるくせに」
「そんなことはありませんよ」
「どうだか」
ふとそっぽを向く。
「……別に桐木がいいんなら、だけどさ」
「はい?」
「一緒に見て回ってやってもいいんだぜ」
俺は耳まで赤くなった海藤先輩を眺めて、一つの事実に衝突した。この人、純架に惚れてるんじゃないか?
純架は気づいたか気づいてないか、ごく冷静に返事した。
「いえ、ありがたいのですが、今は事件の捜査中ですので」
海藤先輩は舌打ちした。
「何だ、そうか。それなら先に言え」
ばつが悪そうに山岸先輩の腕を掴んで引っ張る。
「よそ行こう、よそ」
「痛いよ、千春ちゃん。じゃあね、二人とも」
彼女らは教室を出て行った。さして気にもとめず、純架は室内の人間に淡木先輩の居場所を聞き込んだ。
「淡木ちゃんなら囲碁将棋部にいるはずよ」
このありがたい情報を胸に、俺たちは旧校舎2階の教室へ移動した。囲碁将棋部は普段は部室棟で活動しているが、白鷺祭では教室を割り当てられるのだ。
果たして淡木先輩はいた。ごく普通の平々凡々とした女子で、3年生と対局中だった。
「私に用? 何?」
クラスメイトに呼ばれて座を外した淡木先輩は、純架の元まで歩み寄った。純架は自己紹介した。
「あなたが淡木先輩ですね。僕は桐木、こちらは朱雀君です。お話をうかがってもよろしいでしょうか?」
「うん、どうぞ」
「水曜日の早朝、周防先輩と一緒に生徒会室へ行きましたよね?」
「うん、行ったわ」
「その日の朝に生徒会の会合でもあったからですか?」
「そうよ。生徒会の展示物である『樹の大門』の製作だとか配布物の確認だとか、用件があったから」
純架はいたずらっぽい目をした。
「周防先輩が淡木先輩と一緒に登校したのはどういった理由からですか?」
「それは……」
淡木先輩は頬を赤らめた。
「周防先輩に誘われたから」
純架はにやりと笑った。
「周防先輩と仲がよろしいようですね」
淡木先輩は指先を突き合わせた。
「やだ、仲がいいなんて、そんな……。ただの先輩後輩よ」
いじらしく頬を染めている。俺は隠し事が下手なこの先輩に好感を抱いた。純架が質問を重ねる。
「確認しますが、生徒会室の鍵は完全に閉まっていたんですね?」
淡木先輩は記憶を探るように宙を見つめた。やがて口を開く。
「そうよ。周防先輩が私に開けさせたの」
ん? どういうことだ? これには純架も同じ疑問を抱いたらしい。
「というと?」
「周防先輩と私は駅で落ち合って二人で登校したの。そのまま職員室へ行き先輩が鍵を借りたわ。でも先輩、生徒会室の前まで来ると、なぜか私に鍵を渡して『開けてくれ』と頼んできたの。何でそんな真似をしたのか分からなかったけど、私は素直に『はい』と答えてドアの鍵を開けたわ」
「鍵はかかっていたんですか? 何かおかしなところはありませんでしたか?」
「普通よ。きちんと施錠されているものを開けただけ。異常は見当たらなかったわ」
「そうですか。それで中に入り、戸棚から白鷺トロフィーがなくなっているのを目撃したわけですね」
「ええ。先輩が『トロフィーがない!』って叫んで……。私が慌てて見てみたら、確かにトロフィーが綺麗さっぱり消えていたの」
純架は手帳にメモを取り続ける。
「それから?」
淡木先輩は脳内の引き出しを開けるのに時間をかけた。
「そのときに限って、なぜか周防先輩は私に窓の鍵をチェックするようお願いしてきたの」
「ほう」
「トロフィーが盗まれたと気づいて、犯人の逃走路を調べようとしたのかしら。ともかく私は言われた通りに動いて、窓が全部閉まって鍵がかかっていることを確認したわ。その後、私は周防先輩の指示で職員室の先生に盗難を知らせに行ったの。そして安田先生を連れて戻って、改めてトロフィーの消失を見てもらったわ」
「戸棚のガラス戸は閉まっていたんですよね?」
「そうよ」
純架はしょげ返っていた。
「聞きたいことは以上です。ありがとうございました。どうぞ対局を再開なさってください」
純架と俺は部室へ帰還することにした。
「淡木先輩が嘘を言っていない限り、生徒会室は完全な密室だったわけだ。ドアも窓もね。窓から入って窓から出たの線も消えることになるね」
「お手上げか?」
「もう少し頑張ってみるよ。だいたい、水曜日の早朝に限って、なんで周防先輩は淡木先輩に生徒会室の鍵を開けさせたんだろう? なんで窓の鍵を点検するよう命じたんだろう? 怪しいじゃないか」
「まあ、確かにな。周防先輩を疑ってるのか?」
「そりゃそうさ」
ちょうど開催時間の終了と共に、旧校舎1年5組に到着した。英二の警備担当だったはずの高山さんと福井さんが、『本日の営業は終了しました』と書かれた画用紙をドアに貼り付けている。
俺は「お疲れ様です」と声をかけた。二人はサングラスの向こうから好意的な眼差しを返してくる。
「ええ、お疲れ様です」




