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099消えたトロフィー事件04

 俺たちは二手に分かれた。明日に迫った白鷺祭に向け、『肩叩きリラクゼーション・スペース』の準備をおろそかにはできない。結局俺と純架の二人で職員室を訪れることとなった。残りは今頃お客を歓迎する飾りつけなどに忙しいだろう。


 職員室で応対してくれたのは北上(きたがみ)先生だった。1年2組担任の英語教師であり、日向の叔父(おじ)である。苗字が違うのは彼が婿養子(むこようし)だからだ。


「うちの夜間の警備なら、専門の会社に依頼しているぞ。あれ、何て言ったっけかな……。そうそう、アルコムだ」


 純架は一歩踏み込んだ。


「その警備会社アルコムの警備員の方にお話をうかがいたいのですが」


 北上先生は二つ返事でオーケーした。


「いいだろう。午後5時に当番の警備員が入るから、警備室で会うといい。私が話を通しておくよ」


「ありがとうございます」


 案外話は(なめ)らかに進む。俺たちは部室に戻って準備の輪に加わった。紙の花を黒板に貼り付けたり、看板を描いたりする。そうした雑事をこなすうち、午後5時はあっという間にやってきた。


 純架は今度は俺と英二を誘って教室を出た。あまり大人数で行くのも気が引け、女子四名は留守番となった。


「あんまり遅くなるようだったら私たち先帰っちゃうよ」


 奈緒の警告にうなずき、純架は足早(あしばや)に教室を後にした。




「夜の警備体制?」


 警備室は新校舎2階にあり、仮眠用の畳と数台の液晶モニター、何やらごてごてした機器が雑然と配置されていた。その中でアルコムの警備員、向井五郎(むかい・ごろう)さんは俺たち相手に目を丸くし、ついで苦笑した。人懐(ひとなつ)っこい笑顔だ。髪はすっかりはげ上がり禿頭(とくとう)に近い。目尻はしわだらけで老いを感じさせるが、背はそれほど曲がっておらず、どうやら還暦(かんれき)辺りの年齢らしかった。


「はい、僕らはそれが知りたいんです。仕事前にお邪魔して申し訳ありませんが」


 純架の熱心な態度に、向井さんは「ひょっとして……」と声を低めた。


「例の白鷺トロフィーの盗難事案に関してかい?」


「はい、その通りです」


 向井さんは慎重になった。


「あれは私にも分からないんだ。確かに警備していたんだが……」


「どうでしょう。トロフィーが盗まれたその日、夜中に誰かが侵入してきたって話はないんですか?」


 向井さんは咳払いして態勢を整えた。


「この学校の出入り口には防犯カメラと赤外線センサーが設置されている。校門をよじ登ったり、塀を乗り越えたりしたら、たちどころにセンサーが侵入者の存在を検知しアラームを鳴らすんだ。そしてその不届き者の姿はカメラに撮影される。これを潜り抜けることは絶対できないはずだ」


 お茶の入った湯飲みを傾け、(のど)(うるお)いを取り戻す。


「火曜日の午後六時から水曜日の朝六時、つまり我々の勤務時間で、なおかつトロフィーが姿を消したこの時間帯に、校門を通過した不審者は一人もいない。トロフィーの盗難届けがあって、一応録画映像を全てチェックしてみたけど、やはり誰も映っちゃいなかったんだ」


 俺は戦慄(せんりつ)した。犯人はどうやって学校に忍び込んだのだろう?


 英二が尋ねる。


「生徒会室の防犯状況はどうなっていたんですか?」


 向井さんは肩をすくめた。


「さすがに全ての場所にカメラやセンサーを置くほどこちらも余裕はないんだ。一学期に『生徒連続突き落とし』事件があったろう?」


 英二と結城に出会った事件だ。純架が解決に導いたんだっけ。


「あれで急遽(きゅうきょ)新旧各棟(かくとう)の各階段に防犯カメラを設置することになってね。何なら元々別の場所に配備してあったものをあそこに移し変えたりしたんだ。おかげで階段以外の場所は警備が手薄になってしまった」


 英二が身を乗り出す。


「じゃあ生徒会室も……」


 向井さんは首を振った。


「でも、生徒会室は鍵もかかってるし、廊下を映す監視カメラと僕ら警備員の見回りとでカバーしている。こちらも不審なことは生じなかったよ」


「そうですか……」


 英二は分かりやすく落胆(らくたん)した。純架は向井さんに頭を下げた。


「お忙しいところ、ありがとうございました」




 その後、俺たち『探偵同好会』は飾りつけとリハーサルに没頭した。まどかの治癒効果は絶大なものがあり、施術(しじゅつ)された者は肩の軽さを実感した。


「これはお客さんにもウケると思うよ」


 奈緒は楽観的に語った。実際、俺も肩叩きを体験し、見違えるように具合が良くなるのを体感して自信を深めていた。


 純架はしかし、一人浮かない顔で催し物にも集中できていなかった。奈緒が見とがめる。


「ちょっと桐木君、だらしないよ。明日は桐木君にも手伝ってもらうんだから、しっかりしてよね」


「ああ、ごめん、飯田さん。ちょっと事件のことで頭が一杯で、他のことに手をつけられないんだ。……これからはちゃんとするよ」


「本当? 全く……」


 俺は折り紙の(つな)を窓に貼り付けながら、奈緒の様子を盗み見た。


 俺は彼女に告白したのだ。しかし奈緒はあれ以来特に俺への態度を改めたりはしなかった。今でも友達同士、仲間同士として気楽に接してきている。まあそれでいいと言ったのは俺の方だし、別に構わないんだが、しかしその分彼女が勉強に精励(せいれい)しているようには見られない。明け透けな性格の奈緒なのに、その本心は多重の雲に(まぎ)れて(よう)として掴みどころがなかった。


 まあそこら辺も好きなんだけどな。




 翌日、青い天蓋(てんがい)(まぶ)しいほどに輝いていた。俺と純架は『第40回渋山台高校白鷺祭』と書かれた白い縦看板を見ながら校門を通過する。ダンボールを貼り合わせた上に茶色い塗装を施した『樹の大門』が、トンネルの入り口のように(そび)え立っていた。そこも潜り抜けると、焼きそば屋やたこ焼き屋の屋台が左右に展開する大通りが目に入ってくる。昇降口に入ると店舗案内の張り紙が目を()き、化粧(けしょう)された廊下はいつもより(はな)やかだった。


 1年3組はすでに準備万端。久川考案の『ダーツ喫茶』はその開店を今や遅しと待ち構えていた。クラスメイトも普段より緊張し、胸を高鳴らせているようだ。


 開会式は体育館で行なわれた。渋山台高校の全生徒の注目を浴びて、先生や先輩が壇上で意気込みを述べる。初日は生徒・先生のみで楽しみ、二日目の最終日は一般のお客さん方も参加する。稼いだ金は全て学校の(ふところ)に入るので、各チームはアンケートとそれで手に入る白鷺トロフィーを目標としていた。それが盗まれてなくなっていることも知らずに……。


 壇上(だんじょう)に生徒会長の周防先輩が立った。相変わらず知的な太っちょといった印象だ。


「白鷺祭は今年で第40回目を迎えました。この渋山台高校が開校したまさにその年、偉大な先達者たちが生徒の力を発揮し世に知らしめようとしたのが始まりです。どうか皆さん、白鷺祭の精神を汚さぬように。心から楽しんでまいりましょう」


 周防会長は何か思うところがあるのか、やや不機嫌だった。やはり白鷺トロフィーが手元にないことが不満なのだろうか?


 ともあれ(うたげ)はその幕を開けた。




 我ら『探偵同好会』の『肩叩きリラクゼーション・スペース』を宣伝するために、チラシ配りは欠かせない。俺と純架が客に対応している間、奈緒と結城はその古典的活動にいそしむべく、紙束を手に一階へ下りていった。広告は『肩叩きでリラックス!』との文句の脇に、部室の場所が示されている。シンプルイズベストとはこのことだ。


 一方日向は新聞部に顔を出し、英二は俺たちのサポートに回る。


 俺は窓から街の遠景を両目に映した。時刻は午前10時半。


「しかし、開店したはいいものの……お客なんて本当に来るかな?」


 何せ旧棟の3階だ。昇降口からはかなり遠い。肩を叩いてもらうためだけに、わざわざ来てくれるだろうか。

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