第5話 【回帰】
何……が……起きた……?
人が……斬られた……?
倒れこむグレゴリーさん越しに、剣を握る人影が見える。
人体が破壊される――そんな衝撃的で猟奇的な光景なんて、映画やアニメ、マンガなんかでしか見たことがなかった。まさか、そんなことが現実に有りえるなんて。
脳が、この目の前の光景がリアルだと理解するまでに時間がかかり、俺はグレゴリーさんの言葉を理解できず、ただ立ち尽くしていた。
その時、教会から激しい爆発音が響く。
「!?」
「待ち伏せ……! 皆殺しとはやってくれるわね!」
後方で、ユーナさんの叫ぶ声が聞こえ、遅れて剣戟の音。
戦いが始まったのだ。前も後ろも囲まれた。逃げ場何てない。
なんだ……一体……なんでこんな急に……!!
さっきまであんなに楽しく……笑っていたのに……!
異世界に転移し、無双だスローライフだと浮かれていた心が、一気に現実に引き戻される。異世界にも、現実はあるのだ。いや。ここがもう――俺の現実なのだ。
祭りのような雰囲気が一変、ドロッと重く黒い何かが、俺の肩から一気にのしかかる。
視界が揺れ、キーンと耳鳴りがする。頭が痛い……。
「さて、ユーナ・ミレムは教会の方か」
そんな、この地獄とは対照的な爽やかな声がぼんやりと耳に届く。
グレゴリーさんを斬った男はにこやかにこちらへ歩いてくる。
目にかかるくらいの青髪に端正な顔立ち。二十代くらいだろうか。
白い軽めの鎧を身にまとい、柄の黒い剣を握っている。
まるで慣れっこだと言わんばかりの手つきで、刃に付いた血をさっと振り払う。
見るからに主人公のような、強そうな出で立ち。
それよりもむしろ、俺はその明るさの方に戦慄した。
たった今人を切り殺したところだというのに、まるで素振りをしただけだと言わんばかりの変化のなさ。喜んでいるわけでも、興奮しているわけでもない……ただ、自然体だった。
「な……なんだよ急に…………! 誰だよ……お前……!」
明らかに動揺している俺を見ても全く意に返さず、男は穏やかに口を開く。
「おや、僕を知らないか。まあ、僕もまだまだということか」
「知らねえよ……突然こんなこと……なんで急にグレゴリーさんを……!」
「それが騎士の仕事だからね」
騎士……!?
こんなところで……いやまて、なんで俺たちが騎士に攻撃されてるんだ……!?
「君たちは殲滅対象さ」
「は――?」
不穏なワードが聞こえる。
殲滅対象……? 誰が……? 何を言ってるんだ……。
「殲滅対象って……ただの行商人だぞ!?」
「面白い冗談だね。君たちは少々力を持ち過ぎた。この国を混乱させる闇商会稼業を見過ごすわけにはいかない。君たちには今日ここで死んでもらうよ」
「闇……商会稼業……? はあ……?」
おいおいおい……まじか……? 嘘だろ……ユーナさんたちが……!?
「”蜘蛛姫”ユーナ・ミレム。450万ゴールド、大禍級の賞金首。立派な極悪人だろ?」
「賞――」
賞金首……!? なんか少し怪しいとは思ってたけど……異世界一発目に出会う美人が悪人とは思わないだろうが! 助けてくれたし!
でも俺はそんなこと知らなかったし……待て、てことは俺のことなんか勘違いされてる!? どういうことだよくそ……意味わからねえ……! なんで俺が……!
混乱と恐怖が脳内をぐるぐると駆け巡る。
俺のステータスの三倍はあったグレゴリーさんが、抵抗する間もなく殺された。
つまりこいつの強さはそれ以上……もしかするとニーナさんと同等くらいはあるのかもしれない。
俺は【解析】を発動する。
男の周囲に浮かんだサークルが、奴のステータスを開示する。
いったいどんな――
力:<測定範囲外>
俊敏:<測定範囲外>
魔力:<測定範囲外>
技巧:<測定範囲外>
生得魔法:<情報規制>
「は……はあ……!?」
測定範囲外――!?
なんだよそれ……まさか、俺の【解析】でも確認できないレベルってことなのか……? 俺の10倍はあるユーナさんでさえ【解析】でパラメータを測定出来たのに、まさかこいつ……それ以上の力を……?
規格外――。
途方もないレベルの差に、俺は愕然とする。こいつは……遥か高み……俺の認識外の強さ……。本来転移してきた俺があるべき姿だろ……っ!
瞬間、俺の視界が一瞬フラッシュし、まるで頭に何かが激突したかのような衝撃が走る。
「ぐっ……!?」
な、なんだ……!?
「おっと、手癖が悪いな。僕のステータスを盗み見ようとするとは、舐められたものだね」
「なっ……!?」
なんだこいつ、俺が【解析】を発動していたのに気がついたのか!?
どうやって……なんだ……なんなんだこいつ……!?
「生得魔法が【解析】とは、そこを蜘蛛姫にかわれたのかな。さて、君の生得魔法は一つだけか、それとも二重生得者か」
「意味……わかんねえよ……」
何を言っているかわからないが、とにかくこいつはヤバいということだけは理解した。
男は俺のことを憐れむでもなく、淡々と告げる。
「指令は殲滅。まだ若いが、そこに情はない。大人しく死んでもらうよ」
死があまりに軽い世界。これが、異世界……。
「どうしてこんなこと……!」
「国の為さ。この国を守るのが僕の役目であり、使命だ。悪は滅ぼす、それだけさ」
「くそっ……こんなところで……! 冗談じゃ――」
瞬間、俺が言葉を言い終える間もなく。
眼前には血しぶきが舞い、そのしぶき越しには表情一つ変えない青髪の男――剣聖の姿が見える。
なんだ――斬ら――れた――……?
左の肩に、重い衝撃を感じる。どうやら斜めに切られたらしい。相手の攻撃の予備動作など、まったく見えなかった。
すべてがスローに見えてくる。こんな現象を体験するのは二度目だ。
これは……死――――。
地面へと崩れ落ちる中、男は静かに名を告げる。
「僕は剣聖――アルトレス・バルフレア。悪いが、君と話している暇はないんだ」
こいつ……。
く……そ……いてえ……。……寒い……息が……。
そして、俺の視界は真っ暗になる。
俺は――また失敗したのか――。
――【回帰】、発動。
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