第4話 王都到着
森の暗がりを抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
「おぉ……!」
思わず声が漏れる。眼前には、灰色の石造りで築かれた巨大な城郭が、山のように連なっていた。
城郭のさらにその上――遠く霞む空を背にして、真っ白な城が神殿のようにそびえ立っていた。城郭の外周には幅広い堀がぐるりと囲み、水面が陽光を弾いて銀に煌めいている。
そして、城郭の正面には、巨大な鋼鉄の城門とそれに繋がる石造りの橋が架けられていた。
その橋の上には荷車や馬車の列が幾重にも連なって長蛇の列をなし、その周囲には野営が散在し、その間では屋台や露店が立ち並んでいる。この距離からでも、その露店の客引きの声や焼き物の匂いが漂ってくる。
まるで祭のようで……そこには日常と非日常が入り混じる熱気が渦巻いていた。
「……これが、城郭都市ってやつか」
まさに、“Theファンタジー世界”だ。ゲームやラノベの世界に放り込まれたかのような感覚と、ビルとはまた違った歴史を感じさせる現実離れした巨大構造物の迫力に、俺はただ唖然とその光景を見つめる。
「どうした、王都が珍しいのか? 来たことなかったか」
「……はい、なんか感動しました」
俺の返答に、グレゴリーさんはやれやれ、と言った感じで笑みを浮かべる。
「すごい人の数ですけど、いつもですか?」
まるでコミケかフェス会場みたいだ。
異世界でもこんなに人口密度が高いところがあるなんて。
「いや、今日は特別多い。”神選の祝祭”だからな。外から大勢商人たちが集まってきてんのさ。そりゃ関所も大混乱よ」
「”神選の祝祭”……?」
「おいおい、この国の国教も忘れてるときたか。こりゃ教えがいがある。女神アリシア。この世界を作ったとされる原初にして唯一の神さ」
「女神アリシア……」
その名前にピンとはこない。どこかで聞いたこともないな……。
「そう。その女神アリシア様をあがめる、年一の祭りってわけさ。それと同時に、五歳の年になる子は各地の神殿で洗礼を受け、生まれ持った”生得魔法”を鑑定するのさ」
「なるほど……」
「ま、生得魔法を持って生まれる確率はそんなに高くはないがな。俺も持ってねえ。……というか、お前さんだってやっただろ! ったく、最近の若いのはそういうのも無頓着か!?」
ステータスにあった生得魔法ってのはそういうことか。
もしかしてユニークなスキルだったりするんだろうか。
すると、馬車は正門前の長い列に加わることなく、スーッとその横を通り過ぎていく。
「あれ……?」
すると、御者台の方からユーナさんが声を上げる。
「ライカ、悪いけど先に寄り道するわ」
「え?」
「”神選の祝祭”期間中だから、検問が強化されてるのよ。今は通行証がなければ子供一人入れないわ。私たちと一緒じゃないと門前払い」
「そうなんですか……」
「私たち、この先の教会に用があるから、それが済んでから王都に行きましょう。それでもいい?」
「もちろんです」
俺にルートを決める権限などない。
危なかった、それも知らずに王都についていたら、門前払いで途方に暮れるところだった。つくづくついてるなあ。
そうして、馬車は正門前の行列を迂回していく。
そのまましばらく馬車は進み、ぐるっと城郭の周りをまわり王都を超えると、しばらく行ったところに教会が現れる。
「お、見えてきた」
さっきの城郭に比べればくすんだ色をしており、明らかに長年使われていないような見た目だった。窓は板で打ち付けられ、崩れかけた鐘楼が不気味にそびえている。
「あそこでユーナさんの顧客と待ち合わせしてんのさ。”荷物”を受け取ったら、それを王都に運ぶ」
「荷物……。こんな廃墟みたいなところで受け取るんですね」
それは明らかに取引の場としては不釣り合いなように見えた。
なんとも怪しい……というのが率直な感想だった。まあ、ユーナさんたちに限ってそんなことはないんだろうけど。
「まあ、今回限りだな。何度も使えば足が付く」
「え?」
「あ――っと、いや、まあ忘れろ。とにかく、ここで回収したらあとは王都に行くだけよ。黙って乗っとけ!」
え、ええ……。
な、なんか恐ろしいこと口にしたような気がしますけど……!?
だが、今はそれを深追いしたところで意味はない。
異世界なんて何もかもが分からないんだ。この世界の常識かもしれないし、うん。
そう自分を納得させ、とりあえず気にしないことにした。
そうして馬車は廃教会の裏手に着けると、みな馬車から降りる。
「さて、さっさと受け取りますか」
「ポレオ、【探知】」
「あいよ――中に三人。半径100メートルは誰もいないっす」
「連絡のあった人数通りね。よし、じゃあいきましょう。ポレオとトーマスはついてきて。グレゴリーはライカを見ておいて」
「任せときな」
そうして、三人は教会の中へと入っていく。
「さてと。王都につきゃあ、お別れだな」
「そうですね。何か手伝えることがあればいいんですが」
さすがにここまでしてもらって、何もしないのは気が引ける。
「はっ、特にねえよ。まあ、ユーナさんが荷物受け取ったら、それの積み込みくらいはしてもらうか」
「はい!」
そうして、俺たちは少しの間遠くを眺め待っていた。
のどかな風景。平野だ。日本じゃなかなか拝めない景色。
遠くに見える城郭は、本当に異世界を感じさせる。あそこにいけば、俺の物語の始まりだ。
すると、ざっざっと歩く音が聞こえる。
「――おっ、意外に早かったな。どれどれ、どんなも――」
――瞬間。
俺の目の前が、真っ赤に染まる。
「えっ――」
それが、グレゴリーさんの血であると気づいたのは、その直後だった。
グレゴリーさんは目を見開き、険しい表情で前のめりに倒れこむ。
その身体は、どこからともなく振り下ろされた”何か”によって、左腕を切り離されていた。
「なっ……なっ……!?」
あまりの急転直下に、言葉も出てこない。
思考が停止し、ただただ眼前に広がる光景に感覚がマヒしていく。
「ポレオの【探知】に……引っ掛からなかった……はず……! どこ……から……!」
「君に言う必要はないよ」
そして、その背中に深々と剣が突き立てられる。
「ガアアア! ……逃げ……ろっ……ッ!」
絶望に染まった目が、俺の目を見る。
その言葉を聞いた次の瞬間。
胴体を二分するように、横一閃が走った。




