第3話 馬車旅は美女と一緒
「危ないところだったね、君。こんなところで何をしていたの?」
女性は剣を鞘にしまいながら言う。
そういえば、この人の言っていることがわかる……これが【異言語理解】ってことか?
オークの雄たけびはわからなかったってことは、ある程度意味をなした言語じゃないとだめってことか。本当に自動翻訳みたいだ。
「えーっと……自分でも訳が分からずといいますか……」
なんて答えたものか……。
軽装な鎧に剣……どう考えてもここは異世界だ。
仮に俺が、異世界転移してきました! 何て言ってもこの人からしたら意味が解らないだろうな。変に警戒させてしまうかもしれない。
何を言うべきか迷っていると、困っていた俺を察してか女性はニコッと笑みを浮かべる。
「なにそれ? でも、丸腰でこんなところに来たら危ないよ? 近くの村の子……でもなさそうだし。誰かに連れてこられたのかな?」
「いや……というか、気が付いたら居たというか……」
「ふうん……?」
女性はなにやら怪しむような表情で見る。どこか俺を値踏みしているような視線だ。
ですよねえ……。でも、この世界のこと何も知らないし……何か言ったところで墓穴を掘るだけだしなあ……。
だが、こんな森に人が通る可能性何ておそらく稀なことだ、この機会を逃してはいけない……返答は慎重にしないと。
すると、女性は予想外に納得する。
「まあ、言いたくないこともあるわよね! お姉さんわかるわかる。君、名前は?」
「……ライカです」
「ライカ? 変わった名前だね。それに、その服装。珍しいね」
女性は俺の制服をつまんでみて、ツーっとなぞる。
「へえ、いい生地ね。かなり高級……ウール……に似てるけどちょっと独特。初めてみるわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、ちょっと見たことないわね」
確かに異世界に制服なんてないか。
もしかして俺ってとんでもない奇怪な格好してるのでは!? 早く着替えたくなってきた……。
「――なるほどね。そっかそっか。とにかく、君は迷子ってことね」
「まあそうなりますかね……」
怪しさ満点だとは思いつつも、俺はとにかく当たり障りのないことを言うしかない。
変にこの世界のことを突っ込まれたら、怪しまれておいていかれてしまう。それだけはまずい……!
すると、その女性は俺を見て何やらニヤリと笑みを零し、ふーんとつぶやくと、ちらっと後方に視線をやる。
その視線の先を見ると、馬車のようなものが木々の向こうに見えた。あれがこの人の馬車なのかな……?
「――よし、ここに置いていったら君、死んじゃいそうだし。お姉さんが一肌脱ぎましょう。王都がすぐ近くだから、そこまで送ってあげる。そこからは好きにするといいわ」
「え!? い、いいんですか!?」
「ええもちろん。善行は積んでおくと運気が上がるからね~。商売繁盛するってわけ」
そう言って、女性は俺に向かってウィンクする。
やった、願ってもない……! 俺ってもしかしてめっちゃついてるのでは!?
ここに置いていかれたら確実に死んでた……。
なんていい人なんだ……しかも、こんな美人と旅できるとか、これぞ異世界転移だよな!!
それに、王都! そこまで行ければ、きっと俺の異世界無双スローライフが始められる。いよいよ物語が動き出しそうだ。
「私、ユーナ。行商人よ」
「え、ユーナさんて商人なんですか……?」
「ん? そうだけど、何か?」
「い、いえいえ! よろしくお願いします……!」
行商人であのステータス……だと? じゃあ俺は一体どんだけ弱いんだ……。本当に異世界転移かよ、すでにテンプレ逸脱してるんですけど……。
「よろしく。さあ、お姉さんと王都まで楽しもう~」
「はい!」
とはいえ、美人なお姉さんと旅というのはお決まりだ。逃す手はない。
俺はわくわくのままユーナさんの後についていくのだった。
◇ ◇ ◇
さあ、ユーナさんと楽しい旅を!
「よろしくなあ、兄ちゃん! 俺ぁグレゴリーってんだ」
ガタゴトと揺れる馬車の中、俺の横に座る髭面でガタイの良い男は、大きな手を俺に差し出す。
「…………よろしくお願いします」
俺はその手とがっちりと握手する。めちゃくちゃ硬い。仕事人の手だ。
でも……思ってた旅と違うな……。
馬車の中にはいくつかの木箱が並び、その隙間を縫うように三人の男が座っていた。全員が武装しており、その眼光は鋭い。
「あっちの横に大きいのがトーマスで、その横の縦に長いのがポレオだ」
「ど、どうも……」
二人は特に声は発さず、軽く首を縦に振る。
せっかく異世界恒例の美少女との長閑な馬車旅が始まると思ったら、薄暗い荷台で暑苦しい男達に囲まれて揺られるとは……。お尻が痛い。
「なんか元気がねえなあ?」
「いえいえ! えっと、行商人……なんですよね?」
「そうさ! こんな荷物を運ぶ馬車に乗ってんだぜ? 他に何だってんだよ!」
ガハハ! と笑い、グレゴリーさんは俺の背中をドンと叩く。
陽キャだぁ……怖い。
「そうですね、あはは……」
ステータスを見たところ、グレゴリーさんのパラメータは俺の4倍ほどだった。ほかの二人もだいたい3~4倍くらいで、もしかするとこの世界の平均はそれくらいなのかもしれない。そうだとすると、あのユーナさんのステータスは規格外もいいところだ。
「自由にしてくれていいが……荷物には触るんじゃねえぜ? 貴重なモンだからな、壊れたりしたらとんでもねえ」
「……わかりました。これ、ちなみに何を運んでるんですか?」
「そりゃ言えねえよ」
そう言って、グレゴリーさんはじっと俺を見る。
「で……すよね!」
とりあえず、変な問題を起こさないためにも詳細を聞くのはやめておこう……。変なこと言ったら急に真顔になって馬車から蹴落とされそうだし……。
「にしても、こんな山奥に放り出されるなんて、兄ちゃんも災難だったな。なんでこの森にいたかわからねえって?」
「まあ……」
「ほんとかあ~?」
「……」
すると、グレゴリーさんはくっくっく! と笑って俺の背中を叩く。
「冗談だよ冗談! この世界で生きてりゃあ、そんなことは日常茶飯事さ。魔術か生得魔法で記憶でも消されたか……認識でも阻害されてるか。何でもありだからなあ。まあ、服以外の身ぐるみはがされて、山奥に放置されるなんざ嫌がらせいがいの何物でもねえな! 人畜無害な顔して、何したんだよおめえ!」
実際問題、これだけあまりにも”普通”なステータスで転移してる時点で、誰かに恨まれているのは確定かもしれない。
「まあでも、少なくとも裏社会の人間の仕業じゃあねえな」
「そういうもんですか?」
「おう。こんな回りくどいことはしねえよ。やつらなら、魔物の巣に捨てるか、窯にぶち込むか、魔術で消して終わりよ」
「えぇ……」
異世界こわ……。確かにそうか、森にあんな魔物がいるんだ、そこら中に熊がいるようなもんだよな。まじで注意しよう……。
「この馬車って、今王都に向かってるんですよね?」
「あぁ。王都ガルム=ニクス! 直行便よ」
王都についてからが本番だ。金もないし、こういう時は冒険者ギルドに入って、簡単な依頼から経験を積むのが定石だろう。それこそまさに異世界ライフだ。
「にしても、兄ちゃん貴族か何かか? 結構上等な服来てるじゃねえか」
「あーっと……む、村の工芸品でして……」
「ほう?」
グレゴリーさんは肩眉をあげ、不思議そうに俺の制服に触る。
「こりゃなかなか上等なもんだな。まあ、この服を売りゃあそれなりの額にはなるだろうさ。それで当面は生きていけるだろ」
なるほど、確かにこれ売れるのか。
持ち物が他に何一つないのが残念過ぎるけど、制服なんて来てても悪目立ちするだけだろうし、売ってしまってこの世界の服を着た方がよさそうだ。
最初に拾ってくれたのが行商人のユーナさんだったからよかったものの、これが山賊とか人身売買をやってる組織とかだったら詰んでたな。
「だったら、それを元手に冒険者でも始めようかな」
「いいねえ! 若いもんは体が資本だからな! ――そうだ、それなら、これ持っとけ」
そういって、グレゴリーは古びた木箱から一つ鞘に入ったナイフを取り出す。
長さ的には肘から指先くらいのものだ。
「ミスリルのナイフだ。持ち主が死んじまってからここで埃被ってんだ。こんな細えのに、その耐久力はピカイチ! さすがミスリルってもんだ」
「い、いいんですか!? 高価なものじゃ……」
「あぁ!? 遠慮すんじゃねえよ! 丸腰じゃ冒険者もくそもねえだろ。ユーナさんが助けた兄ちゃんが早速死んでみろ、ユーナさんの顔に泥塗るだろうが」
「な、なるほど……」
独特な理論だが、わからなくはない。
「冒険者ライフを送りたいってんなら、武器の一つくらい持っとけ! 手ぶらでギルドなんていきゃ、門前払いで舐められるぜ。それに、王都って言ってもスラムもあれば悪い輩もいるからな。護身用に丸裸よりはいいだろ」
「ありがとうございます……!」
俺は感激してそのナイフを抱き寄せる。
茶色い革の鞘に収まっており、持ち手が鈍い銀の輝きを放っている。
武器をもらった、という事実だけでなんとも言えない感情が沸き上がってくる。まさに自由という感じだ。
「抱くんじゃなくて、こうすんだよ」
グレゴリーは俺の手からナイフを取り戻すと、ベルト部分を伸ばして俺の腰に装着する。
「――うし、こんなもんだ」
「おぉ、ありがとうございます……! すごいですね!」
「そ、そうか? 珍しい奴だな。今日日、護身用の武器も持たずに都市外に外出するやつの方が珍しいぜ?」
そうして、馬車は街道を進み、道中襲ってきた数体の魔物をユーナさんやグレゴリーさんが狩る。マジであのままあそこいたら速攻死んでたなと、あらためてこの出会いに感謝する。彼らの目的はよく分かってはいないが、それでもあのまま死ぬよりはマシだろう。
陽が暮れ始めると一行は野営の準備に取り掛かった。
そして、焚火を囲む形で、俺たちは夕食にありつく。
まるでキャンプみたいだ。まあ、やったことないんだけど。
ユーナさんは焼いたボアの肉にかじりつく。
「明日の昼前には森を抜けるわ。そうしたら、王都であなたを降ろす」
「ありがとうございます」
「気にしないで」
凄い良い人たちで良かった。
いきなりいハードなスタートかと思ったけど、なんとかなりそうだ。
俺はもらった古びた布切れを被り、木の幹にもたれて眠る。
そうして、異世界一日目の夜が更ける。
異世界の空は、日本で見るものよりも数倍綺麗に見えた。
夜を明かし翌日、出口などないと思われた森から抜け出した。
目の前に広がるのは、広大な平地とその真ん中に見える巨大な城郭都市。それは、まさにファンタジーのような景色だった。
これが――王都。
俺の異世界生活は、ここから始まるんだ……!
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